第581話 慰労会 - 前編(オラシオ)

 ドアがノックされると、それまで寛いでいたニャンゴがサッと席を立ち、僕らにも立ち上がるように手で促した。

 僕らが慌てて立ち上がったところでドアが開き、白虎人の若い男性が姿を現した。


 王国騎士の制服ではないが、高そうな服装なので身分の高い人なのは間違いないだろう。

 白虎人の男性の後ろからは、僕らより少し年上に見えるチーター人の男性と、僕らより年下に見える獅子人の女性が続き、その後からアンブリス・エスカランテ騎士団長が入ってきた。


 つまり、この三人は騎士団長よりも身分の高い人ということになる。


「待たせたかね、エルメール卿」

「いえ、自分らも来たばかりです。バルドゥーイン殿下」

「それは良かった。いやぁ、出掛けようと思ったら、親父殿が私も連れていけと言い出してね。置いてくるのに手間取ったよ」


 僕らは遠くから眺めることしか出来ないので、風貌を見る機会は無いけれど、王族全員の名前は覚えさせられる。

 目の前にいる白虎人の男性は、シュレンドル王国第二王子バルドゥーイン殿下だ。


 となると、チーター人の男性と獅子人の女性も王族と考えるべきなのだろう。


「親父殿まで出席したら、みんなが気軽に話せなくなってしまうからね」

「殿下、その心配は無用です」

「ほう、そうなのかい?」

「殿下がいらした時点で、みんな固まってますよ」


 ニャンゴの言う通り、僕らは王族を目の前にしてガチガチに固まっている。

 というか、どうしてニャンゴはいつも通りに話せてるの。


「いやいや、俺やファビアンは王位に就くことは無いし、そんなに固くなる必要はないぞ」

「そうそう、兄上の言う通り、楽にしてくれたまえ」


 初めて間近で接する王族の方々は気さくに話し掛けてくれるが、訓練所では王族に対しては決して失礼を働かないように厳しく教えられる。

 失礼な言動なんかしたら、帰った後でどんな罰を受けるか分かったものではない。


「立ったままでは話も出来ないな、さぁ座ろう」


 一番奥の席にはバルドゥーイン殿下が座り、ルベーロの向い側にファビアン殿下、その隣にはエスカランテ騎士団長が座った。

 僕の真向かいはニャンゴだから安心だけど、その隣には獅子人の女性がピッタリと寄り添っている。


 どうやら、この方が噂のエルメリーヌ姫殿下なのだろう。


「アンブリス、始めてくれ」

「かしこまりました。それでは慰労会を始めさせていただきます。今宵の集いは、『巣立ちの儀』の開催にあたって特に功績の大きかった者を招いております」


 そこで言葉を切った騎士団長は、僕らの顔を一人ずつ確かめるように見回した。

 それだけで、精一杯伸ばしている背筋がさらに伸びた気がする。


「まずは、皆様もよく御存じのエルメール卿。今回は上空からアーティファクトを活用して撮影を行い、幾つもの反貴族派のアジトを発見してくれました。また、下水道からの襲撃も予測し、未然に防ぐ切っ掛けを作ってくれました。もしエルメール卿の協力が無かったら、昨年以上に悲惨な状況が引き起こされていたかもしれません」

「私も警備の責任者として報告書を読ませてもらっているが、ニャンゴがいなかったらと考えると背筋が寒くなるような思いだよ」


 僕ら騎士候補生には、そうした騎士団の業務内容までは知らされていないので、改めてニャンゴの凄さを知ると同時に誇らしい気持ちになった。


「自分は、昨年のような事態を繰り返さないためにも、出来ることをやっただけです。それに、反貴族派の主犯格と思われるダグトゥーレを取り逃がしてしまったことが、本当に悔しいです」

「いやいや、あれはエルメール卿の追跡があったからこそ辿り着いたのだし、『巣立ちの儀』の当日前に新王都から退去させられたのだから大手柄だ。この先、何処に潜伏するか分からないが、ファティマ教への干渉は大きく減るはずだ」

「そうあってもらいたいですね。もう猫人が自爆するのは見たくないです」


 ニャンゴが沈痛な表情を浮かべたのは、コリントが死亡した一件だろう。

 通常、僕ら騎士候補生が騎士団に協力している時に死亡した場合、正騎士としての叙任を受けたものとして葬儀が行われるが、コリントの場合は経緯を考慮して候補生扱いのままで葬儀が行われたそうだ。


 コリントは子爵家の三男なので貴族として葬られたはずだが、三年間厳しい訓練に耐えたのに、正騎士として認められなかったのは無念だろう。

 実際、同室だった者達が教官に抗議に行ったそうだが、逆に自分達の行いが、どれほど王家や騎士団を危うくしたのか、懇々と説教されたらしい。


 コリントの実家からの抗議も、同様に突っぱねられたという話だ。


「私もあのような報告は二度と聞きたくないと思っているよ。そのためには、経済的に恵まれていない人々と、どう向き合っていくのかが大切になるが、それを実践してくれたのがこの四人です」

「ふむ、一人ずつ名前を教えてもらえるか」

「ルベーロであります!」

「ザカリアスであります!」

「オ、オラシオであります!」

「トーレであります!」


 バルドゥーイン殿下から名前を聞かれ、順番に名乗ったのだけれど、最初のルベーロが思いっきり声を裏返してしまったから、後に続いた僕らまで声が裏返ってしまった。


「うっ……くっくっくっ……」

「どうした、ニャンゴ?」

「失礼しました、殿下。四人の普段の様子も知っているので、今の緊張ぶりが……うっくくく……」


 ニャンゴは肩を震わせながら笑いを堪えているけれど、僕らからすれば、いつもと変わらないニャンゴの方が普通じゃないよ。

 僕らの自己紹介が終わった所で、バルドゥーイン殿下が給仕さんに合図を出して、料理が運ばれて来た。


 騎士団に来るまでは、お腹がペコペコでどうしようと思っていたけれど、今は胃がキリキリして全然食欲が無い。

 それに、フォークやナイフ、スプーンが何本も置かれていて、どれを使って良いのかも分からない。


「オラシオ、食器は外から使うんだぞ、食べ方が分からなかったら騎士団長を手本にすればいい」

「ふははは、ワシでは手本にはならんぞ、エルメール卿」

「いやぁ、さすがに王族の方々をジッと観察する訳にもいきませんから、ここは騎士団長がビシっと手本を見せてやって下さい」

「そう言われてしまっては仕方ないな」


 最初の料理は、生ハムでフレッシュチーズとトマトを包んだもので、彩りにグリーンのソースが添えられている。

 騎士団長は一番外側に並べられているナイフとフォークを手に取ると、すっと音も立てずに半分に切り分けて口へと運んだ。


 さっそく僕らも真似をしてナイフとフォークを手にしたのだが、カチとかギッと食器が音を立ててしまった。

 全く同じ料理を全く同じ食器で食べているのに、この差は一体何なんだろう。


 どれだけ練習すれば、あんなに美しい所作で食べられるのだろうか。

 自分達のテーブルマナーのレベルの低さを痛感したものの、口に入れた料理は今まで味わったことのない美味しさだった。


 思わず叫びたくなってしまったが、王族の前なので我慢した。


「うみゃ! 生ハム、うみゃ! チーズとトマトも、うんみゃ!」


 さすがにニャンゴも今夜は静かに食事すると思っていたのに、いつもと変わらず満面の笑みを浮かべながら料理を堪能する姿に驚かされてしまった。

 騎士団長は苦笑いを浮かべているが、三人の王族は咎めるどころか笑みを浮かべている。


 特に、ニャンゴの隣に座ったエルメリーヌ姫殿下は、料理を口にする瞬間を除くと、片時もニャンゴから視線を外そうとしない。


「カボチャのポタージュ、うみゃ! 滑らかで、カボチャの甘味とミルクの濃厚さが合わさって、うみゃ!」

「うん、確かに……やはりニャンゴと食べると美味いな」

「当然ですわ、お兄様」


 いつものように騒がしいニャンゴと一緒に料理を堪能している王族兄妹を見ていたら、ガチガチに構えている自分が馬鹿らしくなってきた。


「美味いなぁ、こんなうまいスープを飲んだのは生まれて初めてだ」

「うん、僕も……」


 ザカリアスがシミジミと口にした感想に同意しながら、僕もカボチャのポタージュを堪能した。

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