第580話 騎士団長からの呼び出し(オラシオ)

※ 今回はオラシオ目線の話です。


 都外での『巣立ちの儀』も無事に終わり、教会に司教様を送り、会場の撤収作業を終え、騎士訓練場へ戻った頃には日が暮れていた。

 別々の会場に散っていた、ルベーロ、ザカリアス、トーレとも合流して、食堂で夕食を共にした後は、部屋に戻って報告書の作成に追われた。


 報告書の作成は、殆どルベーロがやってくれたのだが、僕らも何もしない訳にはいかない。

 それぞれの会場の状況や問題点などを出し合い、来年以降の開催に向けての改善案を考えた。


 報告書を書き終えると消灯時間が迫っていて、みんなで大慌てでシャワーを浴びる羽目になった。


「これで明日が休みじゃないのが辛いな」

「ザカリアス、それは言わない約束だぞ」

「すまねぇ、ルベーロ。あと一日頑張るか」


『巣立ちの儀』は無事に終わったが、明日は昨年の襲撃によって命を落とした人々への追悼式典が行われる。

 僕らも市内の警備に駆り出されるから、休みがもらえるのは明後日以降だ。


 急いで体を拭いて、消灯時間ギリギリにベッドに潜り込んだと思ったら、あっと言う間に朝が来てしまう。

 誰かに時間を盗まれているのではないかと思ってしまうほど、一瞬で朝が来てしまうようなのだ。


 急いで着替えて、ベッドメイクを済ませて、廊下に整列して寮長の点呼を受ける。

 服装が乱れていたり、部屋が乱雑だったりすると、その場で腕立て伏せの罰が下るのだ。


 点呼を受けたら食堂に移動して朝食、今日は市内の警備なので、全員革鎧を装備して校庭に集合となる。

 改めて点呼が行われ、教官の訓示を受けた後で、割り振られた地域の巡回に向かう。


「ルベーロ、ザカリアス、オラシオ、トーレ、お前らは残れ」


 同期のみんなが巡回に出掛けていく中、僕らだけが教官に呼び止められた。


「一列横隊、傾注!」


 教官の前に横並びになり、姿勢を正す。


「騎士候補四回生第九班に命令を下す。本日の警備任務終了後、式典用の制服に着替え、王国騎士団に出頭せよ。アンブリス・エスカランテ騎士団長直々の出頭命令だ、恐らく都外での『巣立ちの儀』に関する諮問だろうが、くれぐれも失礼の無いように気を引き締めろ!」

「はっ、了解であります!」


 騎士候補生が騎士団長から直接呼び出されるなんて異例の事態だ。

 今日の持ち場に向かう道中、ザカリアスがルベーロに訊ねた。


「おい、ルベーロ、どうすんだよ」

「どうするも何も、聞かれたことに率直に答えるしかないだろう」

「だが、下手な事を言ったらマズいだろう」

「そうは言っても、何を聞かれるのか想定して、受け答えの練習をする時間なんて無いぞ」

「それもそうか……」

「それに、付け焼刃の練習でオラシオやザカリアスが対応出来るのか?」

「俺は無理だ、オラシオは?」

「僕も無理……」

「だったら、練習とか対応策とか諦めるしかないだろう。提案書は褒められたんだから、叱責されたりはしないはずだ。実際の様子とかを現場の人間から聞き取る目的だと思うから大丈夫だろう。ただし、言葉使いだけは気をつけろよ」


 ルベーロは、大抵の事態には備えておくのだが、今回の呼び出しは流石に予想の範囲を超えていたようで、珍しくなるようにしかならないと開き直っている。

 確かに騎士団長直々の呼び出しなんて想像できないから、ぶっつけ本番で対応するしかないのだが……正直不安で一杯だ。


 今日は、国王陛下が『祈りの日』と定め、襲撃による犠牲者を悼み、祈りを捧げて過ごすように通達を出したからか、街を行き交う人の数は普段の半分以下だった。

 おかげで旅行者に道を聞かれた程度で、何事も無く一日を過ごせたのだが、担当地区を巡回していても呼び出しの件が頭から離れなかった。


「急いで戻って着替えるぞ」


 担当地区の騎士の詰所に事情を話し、少し早めに巡回を切り上げさせてもらって、急いで訓練所へ戻った。

 昼間は開き直っているように見えたルベーロだが、今は僕らと同じように慌てているように感じる。


 帰所の報告をしてから、急いで革鎧の埃を落として片付け、水浴びをして着替えた。


「ルベーロ、オラシオ、ザカリアス、トーレ、騎士団長からの命令に従い、騎士団に出頭致します」

「よろしい、外出を許可する。今夜に限っては門限を免除するから、騎士団長からの質問には丁寧に答えるように」

「はっ、了解しました!」


 外出許可を貰って寮を出ると、巡回から戻ってきたウラードたちと出会った。


「ザカリアス、どこに行くんだ?」

「騎士団からの出頭命令だ」

「何やらかしたんだよ?」

「分からん、行ってみてのお楽しみだ」


 どうやらザカリアスも腹を決めたようで、いつもの調子が戻っているように見えた。

 逆に開き直ったかのように見えたルベーロは、いつもよりも前のめりになっているように見える。


 早足になるルベーロに合わせて、僕らも足を速めて騎士団へと向かった。


「騎士候補四回生第九班、騎士団長の命令に従って出頭いたしました」


 ルベーロが緊張しきった様子で受付に出頭の報告をしたのだが、返ってきたのは意外な言葉だった。


「よろしい、上の食堂に向かいなさい」

「えっ、食堂でありますか?」

「あぁ、食堂の場所はね……」


 騎士団の施設は、第一街区と第二街区に跨っている。

 王国騎士には貴族の身分が与えられるので、正騎士の宿舎などは第一街区に作られている。


 食堂も第一街区と第二街区のそれぞれにあって、僕らが案内されたのは第一街区の食堂だった。


「ルベーロ、俺達が入って良いものなのか?」

「行けと言われたら行くしかないだろう、ザカリアス」

「まぁ、そうだな……」


 受付で教えられた通路を進み、階段を上がっていくと、当然ながら正騎士の人達とすれ違う。

 その度に僕らは、しゃっちょこばった敬礼をして、苦笑いされながら敬礼を返してもらった。


「本当に、ここか?」

「受付で聞けば分かるだろう」


 ザカリアスが首を捻るのも当然で、指示された場所にあった建物は、僕らがイメージする食堂とは掛け離れた豪華な造りだった。


「騎士候補生の皆さんですね、伺っております」


 内部の作りも、訓練所の食堂とは大違いで、高級なレストランにしか見えなかった。

 案内してくれている人に、当り前の疑問をぶつけてみた。


「あの……正騎士の皆さんは、毎日こちらで食事されているのですか?」

「えぇ、そうですよ。皆さんも正騎士に任命されれば、こちらで過ごされるようになります」


 確かに、高級レストランにしか見えない作りなのだが、テーブルを囲んでいる人の殆どが僕らよりも体格の良い人。


「こちらのお部屋になります。名札の席に座ってお待ち下さい」


 案内されたのは、大きなテーブルが置かれた個室で、テーブルには九人分の食器が並べられていた。

 一番奥の主賓の席から見渡せるように、左右に四人ずつ座る形だ。


 僕らは主賓から向かって右側に並ぶ形で、主賓から近い順に、ルベーロ、ザカリアス、僕、トーレの順で名札が置かれていた。

 一方で反対側は、僕の向かいの席に名札が置かれているだけで、他の四つの席には名札が置かれていなかった。


「テーブルセットしてあるだけで、騎士団長が来て終わりじゃないのか?」

「どれ……」


 ルベーロの言葉を確かめるためにザカリアスがテーブルの向こうに回り込んだのだが、名札に書かれている文字を読んで首を傾げた。


「どうしたの、ザカリアス」

「ここにはエルメール卿が座るらしい」

「えっ、ニャンゴが来るの?」

「あぁ、そうみたいだが……だとしたら、騎士団長の他にも人が来るのか?」


 首を捻りながらザカリアスが席に戻ると、程なくしてドアがノックされた。


「失礼いたします。エルメール卿、こちらのお部屋です」

「どうもありがとう」


 給仕さんに案内されて来たのは、ニャンゴだった。


「よう、みんなお疲れ様。大活躍だったみたいだね」

「ニャンゴも騎士団長に呼び出されたの?」

「おぅ、慰労会だって聞いてるぞ」

「えっ、そうなの? 僕らは都外で行った『巣立ちの儀』に関する諮問だと思ってたんだけど……」

「まぁ、それも聞かれると思うけど、俺は慰労会だって騎士団長本人から言われたぞ」

「そうなんだ……ニャンゴ、他に誰が来るのかな?」

「さぁ、たぶん師団長じゃないか」


 ニャンゴが向かいの席に座って話し始めたおかげで、だいぶ緊張が解れてきたのだが、程なくして現れた他の参加者の顔ぶれを知って僕らは言葉を失ってしまった。

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