第578話 舞踏会

『巣立ちの儀』が行われた後、王城では舞踏会が行われるのが恒例となっている。

 昨年は、反貴族派による襲撃が行われた関係で、日程にも変更があったし、晩餐会という形で開催されたが、今年は例年通りの形に戻された。


『巣立ちの儀』の後に舞踏会が開催されるのは、儀式を受けた子供たちの縁談が本格化するからだ。

 ダンスや立食を楽しみ、互いの人となりを知り、その上で縁談が進められる。


 王族や貴族の家を結び付ける縁談なので、本人の意向よりも政治的な意図が優先されるとはいえ、絶望的に相性が悪い場合には別の相手が検討される。

 舞踏会に先立ち、控えの間に集まった貴族たちは、顔見知り同士で会話を交わしながら、互いの腹を探り合う。


 戦いは、ダンスよりも先に始まっているのだ。

 そんな控えの間の一角に、一昨年『巣立ちの儀』を受けた三人の少年が集まっていた。


 モンタルボ侯爵の長男オベイラス、チェバリアス侯爵の次男バルミーロ、バレンスエラ伯爵の長男アルコス、彼らは学院のクラスメイトでもある。

 高位貴族の子息とあって、身に着けている服も新王都の最新流行のもので、第三街区で暮らす一般市民の平均月収よりも高価な逸品だ。


 平民から見たら、何と贅沢で無駄な出費と思うかもしれないが、家の未来を左右する良縁を得るためには必要な経費なのだ。

 今日の日のために仕立てた服に身を包んだ三人は、仲の良いクラスメイトではあるが、縁談に関してはライバル関係でもある。


「オベイラス、アルコス、僕は猫が嫌いなんだ」

「奇遇だな、バルミーロ」

「僕も嫌いだよ、特に黒猫がね」


 大袈裟に顔を歪めてみせたアルコスを見て、オベイラスとバルミーロはくすくすと笑い声を立てた。


「なぁ、オベイラス、アルコス、僕らは言うなればライバルの関係だけど、協力できることは有ると思うんだよ」

「本当に奇遇だな、バルミーロ。僕もそう思っていた所だよ」

「猫に躾をする気かい? 二人ともお優しいんだね」

「アルコス、これはシュレンドル王国貴族としての務めだよ」


 三人が将来の伴侶に望んでいるのは、シュレンドル王国第五王女エルメリーヌ姫だ。

 昨年『巣立ちの儀』を受けたエルメリーヌ姫は、類まれなる光属性魔法の使い手として、最近では『シュレンドルの聖女』と呼ばれている。


 新王都の学院の生徒ではあるが、王立診療所での実習を重ね、治癒魔法の腕に磨きをかけている。

『巣立ちの儀』から一年、いくたの貴族が縁組を申し込んでいるが、色良い返事を貰えた者はまだいない。


 そのエルメリーヌ姫のお相手として世間で噂されているのが、黒猫人の名誉騎士ニャンゴ・エルメールだ。

 多数の死傷者を出した襲撃に巻き込まれたエルメリーヌ姫を掠り傷一つ負わせることなく守り抜いた黒猫人の英雄譚は、芝居となって各地で上演され好評を博している。


 ただし、世間での噂とは裏腹に、貴族の間では身分差が大きすぎるので、縁談の対象にはならないという見方が根強い。

 名誉騎士にはシュレンドル王国の貴族としての身分を与えられているが、オベイラスたち三人の実家に比べると遥かに下位の位置付けになる。


 オベイラスたちから見れば、名誉騎士は平民と同列なのだ。

 実際、舞踏会の会場も上位貴族と男爵以下で分けられている。


 当初は、一つの会場では人数が多すぎるという理由で会場が分けられたのだが、今では身分の線引きとなっているのが実情だ。

 上位貴族が下位貴族の会場に向かうのは自由だが、下位貴族は上位貴族の招待が無いと会場を移動してはならないというのが暗黙のルールとなっている。


「だから、無知な黒猫が上位貴族の会場に紛れ込もうとしたら、教育してやろうと思うのだよ」

「さすがだな、バルミーロ。君はシュレンドル王国貴族の鑑だよ」

「そんなに持ち上げたって、姫の心はゆずらないよ、オベイラス」

「望むところだ」


 教育などと言っているが、要するに家格による身分差を利用して、強力なライバルを排除したいだけなのだ。


「お二人で盛り上がっているところ申し訳ないが、僕も譲る気はありませんよ」

「おや、まだ居たのかい、アルコス」

「すっかり君の存在を失念していたよ」

「酷いなぁ……でも、シュレンドルの聖女様は報われない者の味方だからね」

「おっと、飲み物は足りているかい、アルコス」

「アルコス、もっと強い酒の方が良いのではないか」

「酷い、協力し合おうと言ったそばからこれだものなぁ」


 三人の中では、実家の家格が一段低いので普段から弄られ役を務めているが、アルコスとてエルメリーヌ姫との縁談を諦めた訳ではない。

 現代日本風に例えるならば、世界的なアイドルと同じ学校に通うモブ男子生徒が、ワンチャン付き合えるのでは……と考えるぐらい希薄な可能性だ。


 それでも、まかり間違って縁談が成立すれば実家は侯爵に格上げされるだろうし、領地が増える可能性も高い。

 だとすれば、名乗りを上げない訳にはいかないのも貴族という生き物のサガなのだ。


 舞踏会開始の時間が近付き、三人は上位貴族の会場と下位貴族の会場を繋ぐ出入口近くに陣取った。

 ここで上位貴族の会場に紛れ込もうとする黒猫人を捕まえて、身分の差を教えてやるつもりなのだ。


 舞踏会は、王族の臨席を賜った後、静かな調べのもとで軽食と酒を楽しみ、小腹が満たされたところで男性から女性を誘う形で踊る。

 誘われた女性は、体調が優れないといった理由がなければ、誘いを断らないのがマナーとされている。


 一曲限りで女性に断わられた場合には脈無し。

 二曲目も踊ってもらえた場合には、検討の対象にはなっている。


 三曲目も同じ相手と踊るのは、互いに意中の人物であると周囲に知らせる行為となる。


「下劣な猫は、どうやら食い物に釣られているらしい」


 オベイラスの言葉通り、下位貴族の会場からは、うみゃうみゃ鳴く声が聞こえてくる。


「オベイラス、アルコス、僕らも今のうちに腹ごしらえを済ませてしまおう」


 バルミーロの提案に賛成して、三人は軽食を取りに移動した直後、チーター人の青年にエスコートされた獅子人の少女が下位貴族の会場へと移動していった。

 獅子人の少女は、声を頼りに目的の人物を探し出し、共に軽食を楽しんだ後でダンスを三曲共にした。


 更に獅子人の少女は、向こうには美味しいケーキがあるとパートナーを上位貴族の会場へと誘い込み、そちらでも立て続けに三曲ダンスを共にした。

 王族が下位貴族の会場で踊るのは異例のことで、上位貴族の会場で猫人が踊るのも異例の事態なので、二人のダンスは周囲の注目を集めた。


 オベイラスとバルミーロは、エルメリーヌ姫と踊る機会を得られたが、いずれも一曲限りで二曲目は断られてしまった。

 アルコスに至っては、疲労を理由に一曲踊ることすら出来なかった。


 三人は軽食を取りに行った判断ミスを大いに悔いたが、たとえあの場に留まっていたとしても、王族の行動を止めることなどできなかっただろう。

 この舞踏会が終わって数日後、新王都で長期に渡って上演を続けている大人気の演劇『恋の巣立ち』に舞踏会のシーンが追加され、更に人気が高まったそうだ。


 そして、舞踏会でのエルメリーヌ姫の行動をどう受け止めるかで、上位貴族と下位貴族の間に温度差が生まれていた。

 上位貴族の多くはエルメリーヌ姫の行動を『遊び』と捉え、殆どの下位貴族は『本気』と捉えていた。


 多くの上位貴族にとって、貴族の末席である名誉騎士、しかも猫人と王族が婚姻を結ぶなど有り得ない事態どころか、許しがたい事態だ。

 一方、下位貴族にとっては、この縁談が成就すれば、希望をもたらす前例になる。


 貴族の間で静かな論争が巻き起こっている一方、当事者である黒猫人の名誉騎士は、六曲も踊った意味を後から聞かされて頭を抱えていたらしい。

 曰く、ケーキに釣られたのは失敗だったけど、うみゃかったそうだ……。

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