第577話 忘れられない日(オラシオ)

※今回はオラシオ目線の話になります。


 ミリグレアム大聖堂の鐘が、高らかに打ち鳴らされている。

 雲一つ無い青空に吸い込まれていく澄んだ鐘の音を僕は新王都の南側、都外に設けられた『巣立ちの儀』の会場で聞いている。


 都外に暮らす子供にも『巣立ちの儀』を受けさせてあげたい。

 反貴族派を捜索するために都外で聞き込みを行っている時に、住民たちの要望で一番多かったのが『巣立ちの儀』への参加だった。


 幼い子供が魔法を暴発させるのを防ぐ『女神の加護』と呼ばれる封印は、赤ん坊であれば誰でも受けられるが、『巣立ちの儀』に参加するには住民としての登録が必要になる。

 そのため新王都の住民として登録されていない都外の人達は、ミリグレアム大聖堂で行われる『巣立ちの儀』には参加できなかった。


 魔法が使えるか、使えないかで、生活は大きく変わる。

 大きな魔法を使えれば、騎士見習いとして勧誘されたり、職に就ける可能性が高まる。


 逆に魔法が使えないと、選べる職も減るし、生きていくのに工夫が必要になる。

 親とすれば、自分の子どもの可能性を少しでも広げたいと思うのは当然だろう。


 目の前の会場で儀式が始まるのを待つ子供の中には、本来なら二年前に儀式を受けるはずだった子供も混ざっている。

 当初、教会側はそうした子供が儀式に参加することに難色を示したそうだ。


『巣立ちの儀』は、騎士団が勧誘を行う場でもあるので、二年も年上の子供が混じるのは不公平になると思われたらしい。

 だけどルベーロは諦めず騎士団に事情を話して、年上の子供が大きな魔法を使った場合には考慮する約束を取り付けた。


 騎士団とすれば、魔力の大きな人材は押さえておきたいし、伸び代が足りなかったら途中で振るい落とせば良いと考えたようだ。

 ルベーロが騎士団の意向を伝えて説得したおかげで、教会も年上の子供達の参加を認めてくれた。


「信徒モイセス、前へ……」

「は、はい!」


 宝玉の付いた杖を持った若い司教の前に、最初の子供が跪いた。


「女神ファティマ様の加護の下、健やかなる時を過ごし、巣立ちの時を迎えし信徒に祝福を……」


 司教が杖をかざして詠唱すると、モイセスの体は青い光に包まれた。


「属性は水! 信徒モイセス、与えられし恩恵を女神ファティマ様にご覧にいれよ」

「はい!」


 立ち上がったモイセスは、集まった観客に向かって胸を張り、両手を天に突き上げた。


「女神ファティマ様の名のもとに、水よ潤せ!」


 モイセスの頭上に、手の平に乗るほどの小さな水の球が現れた。


「おぉぉぉ……」


 観客がどよめき、モイセスは満面の笑みを浮かべ、直後に気を抜いてしまったのだろう、自分が作り出した水球を顔の上に落としてしまった。

 観客達が笑い声を上げても、モイセスは笑顔のままで、魔法を使えた喜びに浸っていた。


 生まれて初めて魔法が使えた瞬間、大人になった気がするのだ。

 大きな魔法が使えなくても、モイセスのようにちょっと失敗しても、魔法が使えた喜びは薄れたりしない。


 この会場には、貴族の子息や裕福な家の子供は参加していないけど、万が一に備えて同期や一年上の騎士訓練生が警備を行っている。

 今日は僕も革鎧を身に着けたフル装備だ。


 貧しい人達が主体とされる反貴族派が、貧しい人のための『巣立ちの儀』を邪魔するとは思えないが、ルベーロいわく油断は出来ないそうだ。

 都外での『巣立ちの儀』を僕ら騎士訓練生が中心となって開催したことで、都外に暮らす人達の騎士団を見る目が変わった。


 参加を希望する子供の登録作業を始めると、それまでのとは比較にならないほど多くの不審者に関する情報が寄せられるようになった。

 騎士団は住民の味方で、反貴族派は『巣立ちの儀』を邪魔する悪い連中……という構図が出来上がるのは反貴族派にとっては都合が悪い。


 それなら、なおさら邪魔される心配は無いと思ったのだが、罪を騎士団に擦り付けるような妨害をされる心配があるらしい。

 僕には想像も出来ないけれど、ルベーロはそうした可能性を潰すのが俺の仕事だと言って笑っていた。


 今回、都外での『巣立ちの儀』の開催は、間違いなくルベーロの功績だ。

 提案を承認する書類には、騎士団長からの賞賛の言葉まで添えられていた。


 たぶんルベーロは、二年後の今頃には正騎士に叙任されるだろう。

 同室の贔屓目を抜きにしても、ルベーロの才能は同期の中では異彩を放っている。


 王国騎士団の仕事は、王族を守り、善良な国民を守ることだが、単純に戦えれば良いというものではない。

 戦闘能力を高めるために日頃から厳しい訓練を重ねているが、正騎士になるためには高めた戦闘力を正しく運用するための知識や判断力も必要なのだ。


 他の者とは違った視点から物事を観察し、目的を達成するために何をすべきか考えて実行する。

 ルベーロは、知識、思考、判断力の全てに優れていると、今回の提案で示してみせた。


 僕は同室の仲間として、その恩恵のおこぼれに預かっただけだ。

 ルベーロは確実に正騎士に選ばれるだろうが、僕は今のままでは全然足りない。


 あと二年の間に、もっともっと成長しなければならない。

 そんな事をぼんやりと考えていたら、突然会場に強い風が吹き抜けた。


 何事かと意識を会場に戻すと、騎士団の審査官が手を挙げていた。

 魔法を披露する場にいた羊人の少年は、くしゃっと顔を歪めると、両手で顔を覆って肩を震わせ始めた。


 新しい騎士候補生の誕生だ。

 三年前の『巣立ちの儀』の情景が頭に浮かぶ。


 儀式を受けた直後、胸の中から湧き上がってきたものを思いっきり空に放ったら、その瞬間から僕の人生は変わった。

 ニャンゴに連れ回されて屋台巡りをするまでは、夢の中にいるようだった。


 きっと、あの少年も訳も分からないままに訓練所へと入り、地獄のような訓練に直面して現実に戻って来る事になるのだろう。

 頑張れ、きっと君も苦楽を共にする素晴らしい仲間に出会えるはずだから。


 恐れていた反貴族派による襲撃も無く、都外で初めて行われた『巣立ちの儀』は滞りなく完了した。

 後は司教様を教会まで送り、会場を片付ければ終わりだ。


 訓練生集合の合図に従って集まろうとしたら、『巣立ちの儀』を見物していた人達に行く手を阻まれてしまった。


「どうもありがとう、お兄さんのおかげで、うちの子も無事に儀式を受けられました」

「うちの子もだよ、本当にありがとう」

「お兄さんが最初に私らの話を聞いて、儀式を受けられるように掛け合ってくれたんだろう」

「一生懸命、名簿を作ってくれたのを見てたよ、ありがとう」


 儀式に参加した子供やその両親などが、僕を囲んで口々にお礼を言って握手を求めてきた。

 今日は同期のみんなと同じ革鎧を着込んでいるのに、僕を覚えていて、見つけてくれたのだ。


 コリントが亡くなった翌日、鹿人の男性に絡まれた時も住民の皆さんが庇ってくれた。

 僕らの取り組みが間違っていなかったと実感して、涙が溢れそうになったけど、今日は子供達の門出を祝う日だから、ぐっと奥歯を噛み締めて堪えた。


「皆さんのお役に立てて良かったです。ご協力ありがとうございました」


 姿勢を正して頭を下げると、拍手が沸き起こった。


「立派な騎士様になって下さいね」

「お兄さんみたいな人にこそ、騎士様になってもらいたいよ」

「頑張ってね」

「ありがとうございます、ありがとうございます」


 頑張ろう、まだまだ全然未熟な僕だけど、応援してくれた皆さんの期待に応えられるように、努力を重ねて立派な騎士になろう。

 今年の『巣立ちの儀』も、僕にとって忘れられない一日になった。

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