第575話 現実を知る者、知らぬ者(ルベーロ)
※今回はオラシオと同室のルベーロ目線の話です。
『巣立ちの儀』まで、あと三日。
俺たちは、昼飯を食べる時間も無いほど忙しい日々を送っている。
コリントが命を落とした日、俺達が都外で『巣立ちの儀』を実施するために動いている事を聞きにきた同期に、頭を下げて協力を頼んだ。
俺はザカリアスみたいに武術は得意じゃないし、オラシオみたいに強い魔法も使えない。
取り柄と言えば、人の懐に飛び込んで話を聞き出したり、協力を取り付けることぐらいだ。
そのためなら、頭の一つや二つ下げることに抵抗なんて無い。
幸い、ウラードが横から援護してくれたこともあって、何組か協力を申し出てくれた。
それでも人手は足りず、最終的には同期の殆どを巻き込んでいる状態だ。
ただ、その甲斐あって、不審者の情報も日を追うごとに増えていき、騎士団による摘発に繋がる事例も出てきた。
やはり、自分達の家族が『巣立ちの儀』を受けられる、騎士団の目に留まるかもしれないというのが大きい。
実際には、騎士団からスカウトされても地獄のような訓練が待ち構えているのだが、そこまでは外部の人達は知らないから、純粋に騎士になるという夢を見ているのだろう。
そして、反貴族派が騒動を起こせば、その夢が壊されてしまうとなれば、不審者の情報提供に熱心になるのは必然的な流れだ。
自画自賛する訳じゃないが、俺とザカリアス、トーレ、オラシオの四人で考えたやり方は大正解だった。
ただし、まだ終わった訳ではない。
都外での『巣立ちの儀』を成功させ、都外で暮らす人達の生活が少しでも良くなるための道筋を付ける必要がある。
儀式を希望する人の名簿作りは、昨日で締め切りにした。
今日からは本格的に会場の設営を行う。
会場と言っても、儀式に参加する人と儀式を見守りたい人達が入れるだけの 空きスペースを作るだけだ。
ファティマ教会からは、司祭が儀式を行える最低限度の広さと控室を用意するように言われている。
北と西の会場は要望通りの広さが確保出来ていたので、あとは南と東の会場のチェックを今日中に済ませてしまいたい。
明日は、実際に会場で儀式を執り行う司祭と同行して最終確認をする予定だ。
何か問題があった場合でも対処できるように、明後日を会場設営のための予備日として空けてある。
出来れば、予備日は使わずに少し息を抜ける一日にしたいが、果たしてどうなるやら。
南の会場は、儀式を行う場所と観客を入れる場所が近すぎたので修正する必要があったが、今日中には終わらせられるだろう。
東の会場は四つの会場のなかでは一番広いので、儀式を行う場所なども余裕を持たせて設営してあった。
「うん、大丈夫だと思うけど、明日司祭様に最終確認をしてもらうから、明日も何人かは待機してくれるかな」
「了解、二班も居れば大丈夫か?」
「あぁ、十分だと思う。よろしく頼むな」
「おぅ、任せとけ」
こちらの準備は大丈夫そうなので、司祭様の明日の予定を伺いにミリグレアム大聖堂へと向かう。
都外をグルっと回ってきた形なので、朝一番から動きだしたけど、もう日が傾いてきている。
あと二日ちょっと、何も起こりませんようにと、西日の逆光で影絵のように見える大聖堂に手を合わせたのだが、願いはかなわなかった。
第二街区へ入る南門の近くで、何やら騒ぎが起こっているようだ。
「エルなんとかとかいう黒ニャンコロを呼んで来い! でないと、こいつをぶっ殺す!」
人ごみを摺り抜けるようにして前に出ると、身なりの良い羊人の女の子が巡礼者を装った男に捕らえられ、銀色の筒を突き付けられていた。
「魔銃だ! 魔銃を持ってるぞ!」
「逃げろ!」
誰かが叫んだのを切っ掛けに、通行人が一気に駆け出して、大通りの十字路には銀色の筒を携えた巡礼者風の男八人と人質の子供が取り残された。
しかも、男達にとって予想外の出来事だったらしく、八人で顔を見合わせてオロオロし始めた。
どうやら、こいつらはウラードが話していた、頭の良い悪党に利用されている善良な馬鹿たちなのだろう。
「ど、どうした、さっさとエルなんとかを呼んで来い!こいつが、どうなってもいいのか!」
リーダーらしい牛人の男が空に向かって魔銃を発射し、集まった野次馬から悲鳴が上がった。
羊人の女の子は猿轡を噛まされ、後ろ手に縛られていて、縄の端は牛人の男が握っている。
助けを求める声すら出せず、ブルブルと震えている姿を見て頭がカッと熱くなったが、こんな時こそ冷静にならないと駄目だと思い直した。
以前、騎士団の応援としてグロブラス伯爵領へ行った時、俺は判断ミスを犯して仲間を危険に晒してしまった。
人質になっている女の子の安全を最優先に行動しないといけない。
騎士団の到着を待つべきなのだろうが、少しでも女の子を安心させてあげたい。
両手を広げて顔の横に挙げた状態で、野次馬の中から踏み出した。
「なぁ、あんた。エルなんとかって、ニャンゴ・エルメール卿のことか?」
「なんだ、手前は!」
「俺は、シュレンドル王国騎士団、騎士候補四回生ルベーロだ。少し話を聞かせてくれ」
「うるさい! さっさとエルなんとかを呼んで来い!」
「まぁまぁ、今知らせに行ってるから、来るまで少し待ってくれ」
たぶん知らせに行ってるとは思うが、それはどうでも良い。
少しでも話をして牛人の男の気持ちを落ち着かせたい。
「あんた、エルメール卿に何の用なんだ?」
「ぶっ殺す!」
「おいおい、穏やかじゃないね。なんでエルメール卿を殺したいんだ?」
「あいつは貧乏人の敵だ!」
「エルメール卿が貧乏人の敵だって? そんな馬鹿な、あの人こそが貧しい者、弱い者、虐げられている者の希望だぞ」
「ふざけるな! 王族や貴族に取り入って、貧乏人を虐げている張本人だろうが!」
「いやいや、無い無い、有り得ないよ。考えてみなよ、どうやって猫人が王族や貴族に取り入るのさ」
エルメール卿が世の中に知られるようになって状況が変わりつつあるようだが、それでも貴族の中には猫人を劣等種などと呼ぶ人物もいるらしい。
新王都でも、第三街区では見かけるが、第二街区では猫人を見かけるのは稀だ。
「そ、それは知らねぇけど、汚い金とか使ったんだろう」
「エルメール卿は、北の外れの貧しい山村の出身だぞ」
「嘘つけ!」
「嘘じゃないさ、俺と同室の候補生はエルメール卿の幼馴染だからな。色んな話を聞かせてもらったぞ。例えば、『巣立ちの儀』でもらった属性は空っぽと言われていた空属性で、冒険者登録した時の魔力指数は三十二しか無かったそうだぞ」
同室のオラシオから、エルメール卿の話は耳にタコができるほど聞かされている。
魔力指数がたった三十二しか無くても、腐らずに努力と工夫を続けてきたからこそ、今のエルメール卿があるのだが……。
「それみろ、魔力指数が三十二しかない猫人が、王族や貴族の手助けも無しに有名になるはずないだろう」
「王族や貴族が、どうして魔力指数三十二の猫人を手助けするのさ? 実力も無い猫人を王族や貴族が優遇するはずがない。そもそも、あんただってニャンコロって猫人を馬鹿にする言葉を使っているじゃないか。平民の間でも馬鹿にされる猫人を、どうして王族や貴族が支援するのさ? 話に無理があるよ」
「うるさい! さっさと呼んで来い!」
「エルメール卿は強いよ。ワイバーンを一撃で倒し、降り注ぐ石礫の雨を跳ね除ける力がある。だから王族や貴族から注目されているんだ。あんたの聞かされた話は、都合の悪い部分を省いたり、嘘が混ぜられている。悪いことは言わないから、武器を捨てて投降しなよ」
「うるさい! 騙されな……ぎひぃ!」
牛人の男は俺に向けて魔銃を撃った直後、体を硬直させて倒れた。
発射された炎弾は避けて……と思い掛けたが、俺の後ろには大勢の野次馬がいる。
俺が避けたら、背後の野次馬に炎弾が命中してしまう。
両手を広げて受け止め、直後に属性魔法で頭から水を被れば大丈夫だろう……と思いたい。
硬く目を閉じ、両手を大きく広げて待ち構えていたが、いつまで待っても熱気はぶつかって来なかった。
「ぎゃっ!」
「うぎぃ!」
次々に聞こえて来た悲鳴に目を開けると、巡礼者を装っていた八人の男は全員が倒れていた。
「やぁ、ルベーロ。時間稼ぎありがとう」
「エルメール卿! 全員殺したんですか?」
「いや、殺さない程度に手加減はしてあるよ。動けるようになるまでには時間が掛かると思うけど、魔銃は回収しておいて……って、ルベーロも仕事があるのか」
「いえ、大丈夫です。あとは司祭様と予定の確認をするだけですから」
「司祭様を待たせちゃマズいでしょ。後はやっておくから行って」
「良いのですか? ありがとうございます」
どうやら巡礼者を装った男達は、俺との話に夢中になって、空への注意が散漫になっていたようだ。
まぁ、注意していても結果は変わらないだろう。
魔銃で武装した八人の男に何もさせず制圧、騎士団に同じ事が出来る人は何人いるだろうか。
縄を解いてあげた羊人の女の子に抱き付かれて、オロオロしている姿は普通の猫人にしか見えないけど、俺達の目標は遥かな高みに居る。
いつか肩を並べて戦えるように、俺は俺に出来る事をしよう。
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