第574話 ピンチはチャンス

 テロ行為を防ぐのは難しい。狙う側はどこでも自由に場所を選べ、守る側が全てをカバーするのは不可能だ。

 今回襲撃が行われたのは旧グラースト領だが、狙うつもりになれば他の領地でも襲撃は可能だ。


 新王都へ通じる全ての街道を一分の隙も無く警備するなんて人員的に不可能だ。

 それに、粉砕の魔道具を使った攻撃は、昨年の『巣立ちの儀』の襲撃辺りから使われ始めた新しい襲撃方法だけに、守る側として対策が十分に出来上がっていないのだ。


 騎士団に協力し始めてから今日までに反貴族派の計画や拠点をいくつも潰し、多くの構成員を捕らえ、優位に事を運んでいるつもりだったが、一度の襲撃で形勢を引っくり返された感じだ。

 バルドゥーイン殿下とアンブリス騎士団長が話し合った結果、旧グラースト領の襲撃現場には二名の調査員を送ることとなった。


 襲撃から新王都に知らせが届くまでに数日、更にこれから数日かけて大量の人員を送り込んだところで、逃亡した襲撃犯を捕らえるのは難しい。

 それよりも今は、間近に迫った新王都での『巣立ちの儀』の警備に全力を注ぐべきだという判断だ。


「アンブリス、何か対策は無いのか?」

「今年の『巣立ちの儀』に参加する貴族の子息の名簿はございますが、全員の居場所は把握できておりません。こちらから注意を促すことすら難しい状態ですので、無事に新王都に到着してくれるのを祈るしかありません」

「そうか、これからは警備のあり方そのものを変えていかねばならんのだな」

「おっしゃる通りです」


 具体的には、粉砕の魔道具の製造や所持に法律で制限を設けたり、魔導車の強度を上げる、街道の巡回を増やすといった対策が考えられるが、どれほど効果があるかは疑問だ。

 魔道具に法的な規制を設けても、既に反貴族派は自前の魔道具工房を所有していた。


 魔導車の強度を上げても、粉砕の魔道具の威力が上がればイタチごっこになるだろう。

 そして、土属性の魔術を使えば、魔道具の埋設にはさして時間も掛からないから、巡回を増やしても完全には取り締まれないだろう。


「ニャンゴの協力を得て、今年は無事に『巣立ちの儀』を迎えられると思っていたのだがな……」

「バルドゥーイン殿下、これを好機ととらえましょう」

「好機だと?」

「そうです、危機こそ好機です」


 ピンチはチャンス、発想の転換だが、俺の言葉を聞いたバルドゥーイン殿下は怪訝そうな表情を浮かべている。


「ニャンゴ、どういう意味か説明してくれ」

「はい、粉砕の魔道具を使った襲撃は、これまでの警備体制では防げません。全ての街道をカバーするような人員は、王国騎士団にも各領地の騎士団にも居ません」

「それは分かっているし、それが問題なのに、どうして好機と言えるのだ?」

「殿下、人員不足と聞いて何か思い出しませんか?」

「人員不足……都外の捜索か!」

「そうです。そして、都外の捜索はどのようにして進められていますか?」

「騎士候補生を使って……住民の協力だな!」

「その通りです。粉砕の魔道具を使った攻撃を食い止めるには、不審な行動をする者たちを見て、知らせてくれる国民の存在が不可欠です」


 ようやく俺の言う好機の意味に気付き始めたのか、バルドゥーイン殿下はいつものように好奇心旺盛な表情に戻った。


「自分は貴族の皆さんがどのような人物なのか詳しくありませんが、グロブラス伯爵やグラースト侯爵のように後ろ暗い噂のある人物は他にもいらっしゃるのではありませんか?」

「そうだな、あまり大きな声では言えないが、王家が対応に苦慮している家は確かに存在する」

「それでも、噂の根拠が明白にならないと王家であっても処罰を下すのは難しいのですよね?」

「その通りだ。あらぬ疑いを掛ければ、最悪内戦の引き金になりかねない」


 シュレンドル王国では貴族に対して、王国の法律の範囲内ではあるが、各自の領地の自治権が認められている。

 それを王家が強権で侵害するような事を繰り返せば、貴族からの反発を招きかねない。


 そのため、王家が強権を発動するには確固たる証拠が必要になる。

 グロブラス領で反貴族派が勢力を拡大させていても、王家がなかなか手出しできなかったのは、そうした事情が絡んでいるからだ。


「王家が忠告しても改めない貴族であっても、自分や家族の身に危険が降り掛かるかもしれない……となれば、民衆に対する考えや態度が変わるのではありませんか?」

「なるほど、反貴族派の襲撃を利用するのだな?」


 バルドゥーイン殿下は、少し腹黒そうな笑みを浮かべてみせた。


「おっしゃる通りです。粉砕の魔道具による襲撃を防ぐには住民の協力は不可欠で、住民に協力してもらう為には、住民の声に耳を傾ける必要があります」

「なるほど、横暴な領地経営を続けるなら、いずれ反貴族派の襲撃を受けることになる。少しは住民の声を聞けと釘を刺すのだな?」

「はい、その通りです」

「なるほど、確かに好機だな。これまでなら密偵を忍び込ませ、証拠を掴んでからでなければ、強い口調での叱責はできなかったからな」

「そうですか……ですが、今回も厳しい叱責は控えられた方がよろしいとかと」

「そうだな、反貴族派に負けて考えを曲げなければならなくなった……そんな風に思わせない工夫が必要か」


 反貴族派の標的にされるような貴族は、王国の法に背いたり、法の抜け道を探したりして私腹を肥やそうとしている連中だ。

 当然、王家に対する敬意も薄いだろうし、そんな貴族が王族から叱責されれば間違いなく逆恨みするだろう。


 反貴族派の問題が解決しても、新たな内乱の種を撒いてしまったら意味がない。


「難しいな。そもそも問題を抱えている貴族は、民衆からの支持を失っている者たちだ。そんな連中が民衆から好感を取り戻すのは容易ではないぞ」

「殿下、その答えも都外の捜索にありますよ」

「だが、『巣立ちの儀』はどこの領地でも行われているぞ」

「『巣立ちの儀』を開催するのではなく、民衆から要望を聞き、実現可能なものを実施する。もっと言うなら、費用が掛からず、それでいて効果が高い要望から実現するのです」


 そもそも民衆の反発を招いている貴族たちは、住民に対して寄り添って来なかった者だ。

 住民に対して何かをやれと言われても、お金や労力をかけることを喜ばないだろう。


「都外で『巣立ちの儀』を開催する切っ掛けを作ったのは騎士候補生たちです。正騎士とは違って高い給金は払っていませんよね? そして、『巣立ちの儀』を開催するのは教会ですから、直接的に王家の財布は痛みません」

「なるほど、確かに費用をかけず最も効果的な対策をしていると言えるな」

「そして、こうした事例を見つけ出すためには住民の要望に良く耳を傾ける必要があります。適当な思い付きで対策を行っても、お金をかけた割には住民の満足を得られなかったりします」

「ふむ、金を出したくなければ、住民の声を聞かねばならぬ……相乗効果だな」

「まぁ、上手くいけば……の話ですけど」

「ふははは……確かにそうだ。どんな計画でも事前に話し合っている時には上手くいくものだからな」


 今年も『巣立ちの儀』が行われる春分の日の夜には、王城で貴族たちを集めた祝賀パーティーが開かれるそうだ。

 当然、今回の襲撃で亡くなったチェザーレス子爵夫人と令嬢への哀悼の意が示され、襲撃の話が出るだろう。


 バルドゥーイン殿下は、その席で反貴族派対策として住民の協力を得る方策について話をするそうだ。


「『巣立ちの儀』の当日までの警備には役に立たないだろうが、『巣立ちの儀』が無事に終わればそれで良いというものではないし、逆に仮に襲撃が行われたとしても王国が無くなる訳ではない。よりよい未来を迎えるために、反貴族派の連中を大いに利用させてもらおう」


 反貴族派との戦いは『巣立ちの儀』が終わった後も続いていくし、仮に今活動している反貴族派を全て取り締まり、解散させられても、貴族たちが悪政を続けている限りは新たな不満分子が生まれるだろう。

 王国の未来は、貴族達の意識改革にかかっているような気がする。

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