第573話 不測の事態

『巣立ちの儀』まで五日となった夜、バルドゥーイン殿下に夕食に誘われた。

 場所は、騎士団宿舎の食堂なのだが、大食堂ではなく少人数で打ち合わせを兼ねた食事ができる個室だ。


「それで、なんでエルメリーヌ姫様がいらっしゃるのですか?」

「ニャンゴ様が会いに来てくださらないからですわ」

「エルメール卿、僕には聞いてくれないのかね?」

「はぁ、どうしてファビアン殿下がいらっしゃるのですか?」

「楽しそうだからだ」


 てっきり内密な相談でもあるのかと思ってたのに、王族に全く悪びれる様子も見せずに言われてしまっては、現状を受け入れるしかないですよね。


「エルメール卿の活躍のおかげで、我々が想定していたよりも遥かに多くの反貴族派を摘発できた。今夜は慰労を兼ねての夕食だから、リラックスして楽しんでくれ」

「ありがとうございます、バルドゥーイン殿下」


 というか、まだ無事に『巣立ちの儀』が終わった訳でもないのに気を抜くのは早いんじゃないかな。

 食事をしながら、ファビアン殿下に請われて摘発の様子を話した。


 下水道から掘られた横穴や第二街区の中にも作られていた砲撃拠点、粉砕の魔法陣を製作する工房など、これまで摘発した分だけでも昨年の規模を上回っているように感じる。


「殆どの場所の摘発にニャンゴ様は関わっていらっしゃるのですね」

「そうですね。下水道に関しては思いつきですが、他は空の上からアーティファクトを使って捜索できる強みを上手く活用できたからだと思います」


 空を飛ぶ魔法を使える者は風属性の術者の中には居るらしいが、ごく少数だし空中に静止するような使い方はできないらしい。

 なにより墜落の危険が伴うので、跳躍の補助程度に留める人が殆どのようだ。


「ニャンゴは頻繁に空を飛んでいるから、物事を平面ではなく立体として見ているのだろうな。下水道の件も会場周辺を立体的に見ているから思いついたのだろう」


 バルドゥーイン殿下の推測は当たっていると思うが、俺としては騎士団にも地下への警戒を思いついてもらいたかった。

 ただ、今回の事例が共有されれば、今後の騎士団の警備には地下の捜索も加えられるようになるのだろう。


「兄上、先程エルメール卿が話していたダグなる人物が反貴族派の黒幕なのでしょうか?」

「さて、黒幕かどうかは分からないが、反貴族派の内部で重要な役割を果たしていたのは事実だろう」

「今は旧王都に潜伏しているのですか?」

「分からん。東門を通って都外へ出たのは確認できたが、その先の足取りは不明だ。旧王都とも連絡を取り合っているが、街に入ったという情報は得られていない」


 俺達が捕らえ損ねたダグなる教会関係者の行方は、依然として不明のままだ。

 当然追跡が行われたが、旧王都に向かったという情報以外、何の手掛かりも無い状態らしい。


「旧王都に拠点を構えているニャンゴの目にはどう映っている?」

「たぶんですが、旧王都には向かっていない気がします」

「理由は?」

「ダンジョンの崩落以後、旧王都でも反貴族派の摘発が行われ、身分証の確認などが厳しくなりました。そうした情報は当然反貴族派にも伝わっているでしょうし、ダグという人物は顔が広いようですから、旧王都では発見されるリスクの方が大きいでしょう」


 旧王都でも『巣立ちの儀』に備えて、不審な人物の取り締まりが行われていると聞いている。

 知り合いが誰も居ない人であれば紛れ込みやすいだろうが、顔の広い人物にとっては目撃されるリスクが高い。


「では、旧王都ではなく別の方角に向かったのか?」

「その可能性が高いと思われます」


 そもそも、逃げ出す際に言い残していった言葉が信じられるはずがない。


「意外に、都外辺りに潜伏している可能性は無いのかい?」

「ファビアン殿下がおっしゃる可能性も排除できませんが、都外は騎士候補生たちが頑張って捜索しています。見慣れない一団が現れば、住民が通報がすると思います」


 騎士候補生たちが、都外の住民も『巣立ちの儀』を受けられるように奔走し、その結果として住民から信頼を勝ち取った話をすると、ファビアン殿下は興味深げに聞いていた。


「都外での『巣立ちの儀』を提案した騎士候補生の一人は、ニャンゴの幼馴染だと聞いているぞ」

「ほぅ、それは将来有望ですね」

「どうなんでしょう。頑張っているとは思いますが、まだまだだと思いますよ」


 オラシオには無事に王国騎士になってもらいたいが、俺の幼馴染だからという色眼鏡をぬきにして評価してもらいたいという思いがある。

 実際、訓練所では少なからず、そうした目で見られているようだし、メリットもあるだろうがデメリットも少なくないはずだ。


「とても仲の良いご友人なのですね」

「はい、村では一番仲の良かった友達ですが、優しすぎるので心配です」


 あれっ、もしかしてエルメリーヌ姫はオラシオを近衛騎士に……なんて考えてるのかな。

 女性王族の近衛騎士になると取られちゃうって、念のためにオラシオに話しておいた方が良いな。


 王族と一緒だったからなのか、いつも通りなのか分からないが、コースのメニューはどれも素晴らしい味わいで、心行くまでうみゃうみゃさせてもらった。

 エルメリーヌ姫様の学院での生活やラガート子爵の娘アイーダの話などを聞かせてもらいながら、デザートのケーキもうみゃうみゃしていたら、個室のドアがノックされた。


「ご歓談中に失礼いたします。バルドゥーイン殿下とエルメール卿に急ぎのお知らせがございます」

「入りたまえ」

「失礼いたします」


 ドアを開けて入って来たのは二十代ぐらいの狼人の騎士だった。

 ファビアン殿下とエルメリーヌ姫が同席しているのを見て、ちょっと戸惑った表情を浮かべた。


「構わん、報告を」

「はっ! 過日、旧グラースト侯爵領内で、チェザーレス子爵ご一家を乗せた魔導車が襲撃を受け子爵夫人とご令嬢がお亡くなりなり、子爵様も重篤という知らせが届きました」

「何だと! 賊は捕らえたのか?」

「いいえ、現場の混乱に乗じて逃亡したと思われます」

「何ということだ……」


 テーブルの上で握り締められたバルドゥーイン殿下の拳がワナワナと震えている。

 その時、ある人物の存在が頭に浮かんだ。


「殿下、もしや逃亡したダグ達の仕業では……」

「うむ、十分に考えられるな。だが、確証の無い思い込みは捜査の道筋を誤る原因ともなる。今は事実を積み重ねて賊を捕らえるのが先だ」

「そうですね、失礼いたしました」

「いや、ニャンゴがそう考えるのも当然だろう。本当に嫌らしい所を突いてくる奴らだ」


 グラースト侯爵家は取り潰しが決まっていて、領内の治安維持はグラースト家の騎士団から王国騎士団への引継ぎが行われている最中らしい。

 また、グラースト家の騎士については侯爵の不祥事に関わっていなかったか身辺調査や事情聴取が行われているそうで、色々と手薄になっているようだ。


 ただ、その後の詳しい報告内容を聞いて、少し違和感を覚えた。


「殿下、これは反貴族派による襲撃なのでしょうか?」

「なにか気になるのか?」

「はい、一報を聞いた時にはダグ達の仕業かと思ったのですが、街道に埋めた粉砕の魔道具による攻撃を行った後に追撃が行われていません」

「なるほど、ラガート家の魔導車が襲われた時も、新王都の『巣立ちの儀』が襲われた時も、襲撃な何段階にもわたっていたな」

「はい、それを考えるとあっさりし過ぎているように感じますし、殿下のおっしゃる通り先入観抜きで捜査を進める必要性を感じました」

「そうだな。可能であれば増援を送りたいところだが……よし、アンブリスと打ち合わせよう。ファビアン、エルメリーヌ、すまんが食事会はここまでだ。ニャンゴ、一緒に来てくれ」

「はい」


 名残惜しそうなエルメリーヌ姫様に頬摺りされた後、チュッと鼻先にキスされてしまった。

 いやいや、バルドゥーイン殿下もファビアン殿下も、ニヤニヤしている場合じゃないですよね。

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