第572話 世間知らず

 魔力の発現には個人差がある。

 両親や祖父母から資質を受け継ぎ、生まれた時から魔力に恵まれている者もいれば、後天的に大きな魔力を扱えるようになる者もいる。


『巣立ちの儀』の際に披露される魔法や、ギルドへの登録の際に測定する値で資質が判断されがちだが、その後に大きく成長する者もいる。

 ニャンゴやフォークスのように魔物の心臓を生で食して、強制的に魔力値を引き上げることも出来るし、魔法の修練を積むことで扱える魔力は増える。


 ただ、最初に魔力値が小さいと判断された者は、魔法以外の手段で生活の糧を得る方法を探るので、飛躍的に魔力値を伸ばす者は少ない。

 それに、授かった属性によっては魔法を使う機会が少なくなる。


 土属性ならば畑を耕すのに使ったりもするし、火や水といった属性は生活の中で使う機会も多いが、風属性は使う場面が限定されてしまう。

 魔力値を伸ばすのには、持っている魔力が尽きるほど魔法を使うのが有効だが、使う機会が少なければ必然的に魔力値は増えていかない。


 セルゲーノという牛人の男は、農家の四男として生まれた。

 体は同い年の少年たちよりも大きかったが、『巣立ちの儀』を受けた頃の魔力値は小さかった。


 セルゲーノが育った村は、堆肥を入れてもようやく芋が育てられる痩せた土地で、村全体が貧しかった。

 土地が痩せているから鹿などの野生の獣も少なく、そのおかげか魔物が出没することも稀だった。


 貧しいけれど、ある意味平和……そんな村もセルゲーノにとっては暮らしにくい場所でしかなかった。

 体が大きいから腹が減る、腹は減るが満腹になるほどは食えない、食えないから力が出ない。


 ひょろりと背丈ばかりが伸びたセルゲーノは、いつも空きっ腹と不満を抱えていた。

 獣や魔物の多い土地ならば、冒険者としての仕事もあるだろうが、生まれ育った村の周囲では冒険者では食っていけない。


 街に行くにも金が掛かるし、街に行っても上手くやっていける自信が無い。

 鬱々とした日々を送っていたセルゲーノの村に、ファティマ教の関係者を名乗る男が訪れたのは運命だったのかもしれない。


 男は痩せた土地でも育つ穀物の種や乾燥に強い野菜の苗を配りながら、色々な話をしていった。

 その中には、王族や貴族が暮らす王都の話もあった。


 国中の人、物、金が集まる王都の賑わいは、話に聞くだけでも心躍るものだったが、その繁栄は多くの貧しい人の犠牲によって成り立っているのだと聞かされた。

 男は、そうした世の中の歪みを正すために働いていると話し、手伝ってくれる者を探していると言った。


 セルゲーノは迷わず手を挙げて、生まれ育った村を後にする。

 ファティマ教の関係者を名乗る男は、セルゲーノに飯を食わせてくれた。


 村に居たころの二倍、三倍の量の飯を生まれて初めて満腹になるまで食べたセルゲーノは、本当に世の中は歪んでいるのだと実感した。

 男は新王都へと向かう道筋で、どれほど王族や貴族が貧しい者達を搾取しているのか語って聞かせた。


 セルゲーノと同じように故郷の村を出て来た者達は、王家直轄領の西隣、ジャルマーニ侯爵領に到着する頃にはすっかり洗脳されていたが本人たちは気付いていない。

 セルゲーノ達は山の中にあるアジトで、銀色の筒を使った訓練を受けさせられた。


 横暴な貴族が捕縛の手を伸ばして来た時のための自衛訓練だと聞かされた。

 初めて魔銃を手にした時は恐ろしかったが、魔法を攻撃の手段として使えることにセルゲーノは快感を覚えた。


 そして、撃てば撃つほどセルゲーノの魔力値は増えていった。

 セルゲーノは、アジトで訓練の指導を行っていた元冒険者だという男に見出され、風属性魔法の手ほどきも受けた。


 訓練を終えて新王都へ向かう頃、セルゲーノは若手のリーダーに指名された。

 セルゲーノ達の役目は、ファティマ教の総本山ミリグレアム大聖堂で行われる『巣立ちの儀』で騒ぎを起こすことだ。


 なぜファティマ教の関係者がファティマ教の儀式を妨げるのかと問うと、教会内部にも腐敗が進んでいて、金持ち相手の儀式は見せしめのために邪魔をするのだと聞かされた。

 セルゲーノは仲間七人と共に、新王都第三街区にある宿へと連れていかれた。


 そこはファティマ教の巡礼者のための宿だそうで、決行当日まで巡礼者として過ごすように言われた。

 宿に着いた翌日から、他の巡礼者と共に毎日大聖堂へ向かう。


 道を覚え、当日騒動を起こした後に、バラバラでも逃げ戻って来られるようにするためだ。

 新王都の街は、セルゲーノが生まれ育った街とは別世界だった。


 街中が人と物と活気で溢れ返っていた。


「不公平だな……」


 大聖堂からの帰り道、仲間のだれかが呟いた言葉にセルゲーノも頷いた。

 新王都に着いてから三日目、セルゲーノ達を連れてきた男が宿の部屋を訪れた。


「計画が中止になるかもしれない」

「なんでだ」

「折角ここまで来たのに、今更中止はないだろう!」

「落ち着け……騎士団の目が光っている」


 男はセルゲーノ達を制して、現状の説明を始めた。

 王国騎士団とエルメール卿が手を組んで摘発を進めていることや、捕縛の手が伸びて幹部が一時的に新王都を離れていることなどを話して聞かせた。


 話を聞き終えたセルゲーノは、男に訊ねてみた。


「そのエルなんとかっていう空飛ぶニャンコロをぶっ倒せばいいのか?」

「馬鹿言うな! 返り討ちにされるだけだ!」

「たかだかニャンコロ一匹だろう」

「そのニャンコロに、いったい何人の仲間が殺され、捕らえられたと思ってるんだ。間違っても手を出そうなんて思うなよ」


 男は中止の可能性を伝えたが、決行する可能性も残されているから大聖堂通いを続けるように命じて帰っていった。

 男が帰った後、セルゲーノは仲間を集めて相談を始めた。


「なぁ、俺達でエルなんとかって奴を退治しないか?」

「いいな、やってやろうぜ」

「いや、俺達じゃ無理だろう」

「そうだよ、これまでにも仲間が何人も殺されてるんだろう?」

「だから作戦を立ててやるんだよ。例えば、子供を人質を取るとか」

「そんなの悪党のやることだろう」

「馬鹿、貧しい者たちを食い物にしてる連中のガキなんて、どうなったって構うもんか!」

「声がデカいぞ。壁の薄い安宿なんだから気を付けろ」


 セルゲーノを含めた八人は全員が貧しい農村の出身で、誰もニャンゴ・エルメールの名前を知らなかった。

 王都以外の領地でも大きな街に暮らす人ならば、黒猫人の騎士と王女殿下の恋物語を耳にする機会があるだろうが、貧しい農村までは届いていない。


 セルゲーノ達は、空を飛び攻撃してくる黒猫人という情報しかない相手に、どう立ち向かうか作戦を練り始めた。

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