第571話 都落ちする者たち

 ニャンゴがツェザール第二師団長と大聖堂を訪れていた頃、四人の男を乗せた馬車が新王都から西へと向かう街道を進んでいた。

 街道の両側に植えられたヒューレィの街路樹は、もう八分咲きで甘い香りを漂わせている。


『巣立ちの儀』が行われる春分の日を間近に控えた春本番の長閑な風景だが、馬車の中はピリピリと張り詰めていた。

 四人は新王都で騒動を起こそうと画策していた反貴族派の幹部だ。


 昨日まで幹部は五人居たのだが、一人は自爆によって命を絶った。

 都外での街宣活動を下っ端に指示していた男は、四人とは別ルートで新王都を出て、ほとぼりが冷めた頃に合流する予定だった。


 ただし、騎士団に捕らえられそうになった時には自爆するように指示し、納得させておいた。

 自分達に掛けられた容疑は、ただ騒ぎを起こした事だけでなく、王族殺害への関わりも疑われている。


 昨年の襲撃の際に行われた第一王子暗殺には、反貴族派の幹部五人は直接は関わっていないが、襲撃事態を主導しているのだから関係を追及されないはずがない。

 捕らえられれば激烈な取り調べを受けるのは確実で、それこそ死んだ方がマシと思える拷問を受けただろう。


 自爆のための準備は、楽に死ぬための準備だった。

 指示役の男が自爆した時、四人は新王都を出る準備を進めていて、遠くから聞こえて来た爆発音で仲間の最期を知った。


「くそっ、騎士団の野郎共め……」


 仲間の無残な最期を思い出して犬人の男が小声で悪態をついたが、それに反応する者は居ない。

 騎士団への反感は今更始まった事ではないが、これまでは自分の所にまで捕縛の手が伸びてくるとは思っていなかった。


 今回の騎士団による取り締まり活動は、四人の予想を上回っていた。

 昨年の襲撃が貴族社会を揺さぶるという意味では成功しただけに、今年は警備が強化されると予想して立ち回って来たはずだが、騎士団の対応は更に上回ってきたのだ。


『巣立ちの儀』の本番に備えて、四人も準備を本格化させようと思っていた矢先、騎士団に次々と拠点を暴かれ、計画を潰されてきた。

 計画のニ、三割が頓挫しても、十分に襲撃を行えるはずだったが。騎士団は予想を遥かに上回るペースで反貴族派のアジトを摘発し始めた。


「今になって思えば、ずっと黒い悪魔に空から監視されてたに違いない」


 ニャンゴに空から監視されているのに気付いたのは、幌馬車の荷台で腕組をして目を閉じている白虎人のダグだ。

 自爆した指示役の男と会うために、孤児院から巡礼者用の宿舎に戻る途中で、偶然空から降りて来たニャンゴを目撃したのだ。


 ニャンゴは宿舎の屋根に降り立つと、屋根の下へと視線を向けていた。

 どうやって探っているのかまでは分からなかったが、探っている相手はこれから会おうとしている指示役の男だと直感した。


 同時に、自分のところまで騎士団の手が迫っていることに気付いたダグは、孤児院へ戻って宿舎への伝言を託し、そのまま第三街区の店へと向かった。

 ダグは大聖堂から戻ってきた指示役の男へニャンゴに尾行されていると告げ、自爆の支度をさせて別ルートで逃げるように指示した。


「騎士団へ連れていかれれば、死ぬよりも苦しい責めを延々と受けることになる。だが、粉砕の魔道具を使えば痛みを感じる間もなく死ねる」


 ダグも、まさか幹部に対して自爆要員の猫人に向かって言うセリフを告げるとは思ってもみなかった。

 ただし、逃げきれれば自爆する必要は無いと、慰めにもならない僅かな可能性も言い添えておいた。


「ダグ、これからどうすんだ!」

「一旦、潜伏してから立て直す」

「どこに潜伏するつもりだ」

「言っただろう、旧グラースト侯爵領だ」


 新王都の教会関係者には、真逆の方向の旧王都へ行くと伝言を残している。

 その程度の嘘で騎士団を完全に騙せるとも思っていないが、何もしないよりはマシだろう。


 行き先の旧グラースト侯爵領は、領主のバルケラムが貧しい領民を金で釣って狩りの獲物に仕立てるという非道な行為を働いていたために取り潰しとなった。

 今は新しい領主を選定している最中で、グラースト侯爵を摘発するのに功績を残したニャンゴ・エルメールに与えて、王家に縛り付けようと画策しているという話もあるらしい。


「ちょっと変わった魔法が使えるだけの猫人ごときが領地を持つ貴族になるなんて、そんなふざけた話を許せる訳が無いだろう。今のうちに引っ掻き回して混乱させてやる」


 ダグは笑みすら浮かべて旧グラースト領での計画を練り始めたが、犬人の男は浮かない表情を浮かべている。


「新王都の騒動はどうするんだ?」

「残った連中に、好きにやれと言ってきたんだろう? 金で目が曇った連中が実行するだろう」

「去年の半分、いや四分の一も騒ぎを起こせないんじゃないか?」

「だとしてもだ。百発中、九十九発を防がれたとしても、残りの一発で大きな目標を倒せれば、こちらの勝ちだ」


 そんなに上手くいくものかと、犬人の男は否定的な考えを抱いている。

 ダグには四分の一と言ったが、実際にはその半分以下しか襲撃の準備は終わっていなかった。


 しかも自分達幹部が抜けて、下っ端だけで活用できるのかは疑問だ。

 もう一つ付け加えるとすれば、『巣立ちの儀』の本番までには、更に摘発が進む可能性が高い。


 実質的に反貴族派が存在感をアピールできるほどの騒ぎは起こらないだろう。


「心配するな、金なら有る」


 教会の売店で扱う品物を取り仕切っていたダグは、多くの利益を懐に入れていて、それが反貴族派の活動資金となっている。

 犬人の男も恩恵に預かっているが、同時にそろそろ潮時かと思い始めている。


 これまでは、ダグの指示を下っ端に伝えるだけで、自分が表に出ることは無かったし、自分が摘発される危険性を感じることも無かった。

 今回、初めて自分が摘発される可能性を感じ、反貴族派として活動することが恐ろしいと感じ始めていた。


「潜伏するってことは、当分の間は活動を控えるのか?」

「表立った行動は控えるが、裏工作は続けるぞ」


 表立った行動を控えるのは良いとして、裏工作だけで金を稼ぎ続けられるか犬人の男は疑問を感じ始めていた。

 御者台にすわっている熊人の男と鹿人の男の表情も冴えない。


 三人ともダグの才能は認めているものの、馬車が進む道の先に明るい材料を見出せなくなっていた。

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