第569話 教会関係者

 騎士団の施設に戻って一連の状況を説明すると、騎士団長は渋い表情を浮かべてみせた。

 どうやら、指示役の男が立ち寄った第三街区の店や、ミリグレアム大聖堂に隣接する巡礼者用の宿舎などは、ファティマ教と関係が深いらしい。


「エルメール卿は、ファティマ教会が孤児院を営んでいるのは知っているかな?」

「話には聞いたことがありますが、実際に訪れたことはありません」


 ファティマ教は信者からの寄付を使って孤児院の運営も行っているそうだ。

 贅沢な暮らしは出来ないが、読書き計算などの基本的な知識や、周囲の人間に対する感謝の心などを教え込まれるので、孤児院出身者の中からは社会に貢献する人物なども出ているらしい。


 元々ファティマ教に対して興味が無かったが、ファティマ教では禁忌とされている魔物の心臓を生で食べる行為で魔力が増えると知り、更に興味を失ったので、この辺りの事情は知らなかった。

 アツーカ村にも小さな教会はあったが、孤児院は無かった。

 

 村で親を亡くした子供は親戚の家に預けられるか、親戚がいない場合には村長が預かることになっていたからだ。


「第三街区の店や、巡礼者向けの宿舎や売店は、ファティマ教の孤児院で育った人たちが運営しているんですか?」

「その通りだ。外部の人間もいるが、基本的には孤児院の出身者が全ての仕事を担っているらしい」

「でも、調べられない訳ではないですよね?」


 昨年の『巣立ちの儀』の時に、ミリグレアム大聖堂のファティマ像の裏側に粉砕の魔道具が仕掛けられていたのを発見した。

 その後、一緒にいた第六王子ファビアン殿下の指示で、大聖堂周辺は徹底的に捜索が行われたはずだ。


「施設に不審物が置かれているかもしれない……といった理由か、教会関係者が襲撃に関わっているという確たる証拠があるならば捜索や摘発も可能だ」

「証拠も無しにで教会関係者を拘束するのは難しいのですね?」


 シュレンドル王国の各地から巡礼者が訪れているように、ファティマ教は世間に対して大きな影響力を持っている。

 例え王家であっても、ファティマ教と敵対するような状況は好ましくないのだろう。


「エルメール卿の話を聞く限りでは、その番頭なる人物が鍵を握っていそうだな」

「はい、たぶん宿舎の屋根に下りた時に、そいつに姿を見られたのだと思います」


 指示役の男によって、俺の存在がバレたとは考え難い。

 恐らく、番頭なる人物が宿舎の屋根に下りた俺を見て、報告に来た指示役の男が尾行されていると気付いたのだろう。


 俺に気付いた番頭は、巡礼者の宿舎に戻るのを止めて第三街区の店に向かい、それを孤児院の子供に伝えさせた。

 指示役の男とは第三街区の店で合流して、尾行されている事を伝えたのだろう。


「それにしても、指示役の男は幹部の中でも上の方だと思ったのですが、あんなにあっさりと自爆するものなんですね」

「恐らく、捕まれば騎士団で厳しい尋問を受けると聞かされたのだろう」


 厳しい尋問と騎士団長は言ったが、こちらの世界では容疑者の人権は考慮されないから、拷問と呼んだ方が相応しいような取り調べが行われる。

 それこそ、死んだ方がマシだと思うぐらい厳しい取り調べを受け、更には処刑されてしまうならば、俺を道連れに自爆した方が苦痛は少なくて済むと考えたのかもしれない。


 自爆した指示役の男は、身分証などの身許を証明する品物を持っていなかったし、アジトで殺されていた若い男達も身分証を持っていなかった。

 身許不明の死体にすることで、組織に追及の手がおよばないようにしたのだろう。


「遺体がバラバラになってしまったので、容疑者の顔を見せて追及することも出来ませんね」

「まぁ、教会関係者は正攻法では捕らえるのは難しいな」

「ですが、番頭なる人物は、間違いなく我々の知らない何かを握っているのは間違いありませんよ」

「そうだな、野放しにするつもりは無いし、正攻法以外にも方法はある」


 番頭なる男の追及は、ここまでなのかと思っていたが、騎士団長は凄みのある笑みを浮かべている。

 蛇の道は蛇ではないが、教会関係者が怪しい場合の対処法があるのだろう。


「どう対処されるのですか?」

「まずは、監視体制を調える。いくら図太い男であっても、騎士団の監視下では動きが取れないだろう」

「監視する理由はどうするのですか?」

「理由なんて何でも構わん。反貴族派から狙われてる可能性があるから護衛を付けるとでも言ってやろう」


 番頭なる人物が反貴族派の幹部ならば、これほどの皮肉はないだろう。


「その男の人相、風体を確認し、監視下に置くのだ。そうすれば裏で指示を出しても、エルメール卿ならば探れるのではないか?」

「なるほど」


 これまで反貴族派の連中は、神経質なまでに尾行を警戒していた。

 俺は、その上をいって追跡を行っていたが、騎士団長は大ぴらに追跡を行おうとしている。


 こちらが隠れているなら尾行を警戒する行動は意味があるが、こちらが姿を現しているなら尾行を警戒するのは不審な行動になってしまう。

 最初から姿を見せて監視していると伝えておけば、隠れて追跡したり、撒かれる心配も要らない。


「明日から、昼夜を問わず宿泊所と店を監視下に置く。エルメール卿には番頭なる人物の監視を手伝ってもらいたい」

「分かりました。騎士団長、自爆した指示役の男と第三街区の店の男と話している時に、『ダグにはしらせたのか……』といった話をしていたのですが、番頭と呼ばれている男がダグ……ラガート子爵の車列を狙った連中が話していたダグトゥーレという人物なのでしょうか?」

「さて、それは調べてみないことには分からないな。いずれにしても、動くのは明日からだ」

「そうですね。自分も使える手段は全部使って、反貴族派としての証拠を押さえてやろうと思います」

「うむ、よろしく頼む」


 今回の指示役の男の追跡では、証拠を押さえるという意識が少し欠けていた。

 遠目からでもスマホやタブレットを使って顔写真を残しておけば良かったし、空属性魔法と連動させて会話を録音しておけば良かった。


 明日からの監視任務では、スマホやタブレットもフル活用しよう。

 相手が教会関係者だとすると、ファティマ教内部の事情などには詳しいだろうが、アーティファクトがどれ程の性能を秘めているかは知らないはずだ。


 動画や音声などで確たる証拠を押さえれば、騎士団が拘束できるようになる。

 今まで、何人もの貧しい人たちを騙して、反貴族派の戦闘員として利用してきた報いは必ず受けさせてやる。


 ただ、ダグという番頭の男がダグトゥーレだとしたら、なぜ反貴族派になったのか疑問が残る。

 騎士団長の話だと、孤児院では周囲の人への感謝の気持ちを教え込まれるはずだ。


 もっとも、教え込まれたからといって、全員が実践する訳ではないだろうし、中には反発する者も居るだろう。

 新王都の孤児院は、ミリグレアム大聖堂と同じ敷地にあるらしい。


 つまり、新王都の第二街区にある訳だ。

 孤児院の子供がどの辺りまで出歩くことを許されているのか分からないが、大聖堂の敷地の外は、この国では最も裕福な平民が暮らす場所だ。


 しかも、その富は王族や貴族と繋がりを持ち、商売しているからこそ得られるものだ。

 自分達の貧しい境遇と豊かな暮らしをする人々を比べて、その格差に不満を抱いたのだろうか。


 いや、まだ番頭なる人物がダグトゥーレだと決まった訳ではない。

 先入観を持って監視するのは止めておいた方が良いのかもしれない。


「はぁ……オラシオ達は上手くやれてるかな? 教会関係者が反貴族派だとしたら、変な横槍とか入れて来ないだろうか……」


 色々と心配になる事はあるが、『巣立ちの儀』の日は着実に近づいてくる。

 まずは、目の前の問題に集中しようと決めて、その日は早めに眠ることにした。

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