第568話 黒幕の影

 都外のアジトから下っ端三人を連れて第三街区まで来た指示役らしい男は、第三街区にある商店を出て移動を始めた。

 こちらの存在を気付かれないように、太陽を背にした位置から監視を続ける。


 指示役と思われる犬人の男は、第三街区の目抜き通りに入り、雑踏の人の流れに乗って第二街区へ通じる南門へと向かっていた。

 ここはミリグレアム大聖堂の裏手にある門で、多くの巡礼者が利用する門でもある。


 今も門の前には検問待ちの行列が出来ていて、指示役の男は大人しく行列に並んだようだ。

 俺は新王都に来ると、空を飛んで城壁を飛び越えてしまうか、貴族用の入口を使うので行列に並んだことが無いのだが、見ていると意外に列は早く進んでいる。


 それはつまり、チェックが甘い証拠でもある。

 新王都の門を通過するには、冒険者ギルドや商工ギルドが発行するカードなどで身元を証明しなければならない。


 ただし、田舎の農民などはギルドに登録する必要も無いので、身分証となるカードを持っていない人もいる。

 そうした人が巡礼に出る場合、ファティマ教が身元を保証する紹介状を発行しているそうだ。


 紹介状には偽造防止の特殊な仕組みが施されているそうで、南門の行列が早く進むのは、紹介状の偽造の判定が簡単に行えるからだろう。

 指示役の男の順番が近付いてきたので、また集音マイクを使って声を拾ってみる。


「お疲れ様です」

「おぉ、これから店かい?」

「ええ、打ち合わせがありまして」

「この時期は忙しそうだな」

「おかげさまで店は繁盛してますが、私の給金が一向に上がらないのは何ででしょうかね」

「ははっ、そいつは俺に聞かれても分からないな」


 驚いたことに、指示役と思われる人間は、門で検問を担当している兵士と顔見知りのようだ。

 会話の内容からすると、指示役の男は頻繁に門を出入りしていて、兵士は男が何の仕事をしているか知っているようだ。


「あれっ? さっき第三街区に入る時には巡礼者みたいな格好をしていたのに、ここでは普通の格好で顔馴染みって変じゃないか?」


 さっき指示役の男は確かに巡礼者風の格好をしていたし、連れていた下っ端三人も同じような格好をしていた。

 単純に新王都へ潜り込むための変装なのかと思っていたが、それだけではないのかもしれない。


 検問所を出た男は、まっすぐミリグレアム大聖堂へと向かって歩いて行く。

 まさか、教会の関係者なのだろうか。


「御苦労様です……」


 指示役の男は大聖堂の敷地へ入ると、巡礼者と挨拶を交わしながら歩き、大聖堂の入口を通り過ぎて別棟の建物へ入っていった。


「あれって確か、巡礼者のための宿舎だったような……」


 ファティマ教の総本山であるミリグレアム大聖堂には、シュレンドル王国の各地から巡礼者が訪れる。

 巡礼者の中には裕福な者もいるが、多くは一生に一度の旅をして訪れる者達だ。


 例えるならば、江戸時代のお伊勢参りみたいなものだろうか。

 そうした裕福ではない巡礼者のために、ファティマ教は安く泊まれる宿舎を用意している。


 俺は内部までは入ったことはないが、男女別に分けられた大きな部屋に、三段式のベッドが所狭しと並べられているそうだ。

 利用者は小銭以外の貴重品を受付に預けて一夜を過ごすらしい。


 建物の中に入ってしまったので姿は見えないが、指示役の男は入口を入って少し歩いたところで誰かと話を始めた。

 もう少し位置関係が把握できるように、高度を下げて建物の屋根に降りた。


「お疲れ様。番頭さんはいらっしゃるかな?」

「お疲れ様です。今ちょっと院の方へ行くといって出て行かれましたが、じきに戻ると思いますよ」

「なら、奥で待たせてもらうよ」

「はい、どうぞ……」


 どうやら指示役の男は、ここでも顔馴染みのようだ。

 番頭さんと呼ばれているぐらいだから、相手は商家の重要人物なのか、それとも単なる愛称なのだろうか。


 指示役の男は宿舎の関係者のようで、奥へと歩いていく間にも出会った人と世間話を交わしていた。

 ただ、さきほどの店で別の男と話していた時のように、何かを企んでいるような口調ではなく、それこそどこかの商店の店員のような話しぶりだ。


 指示役の男は、店の奥の一室に腰を落ち着けると、出されたお茶を一服し始めた。


「外の店はどうですか?」

「例年通りに賑やかだよ」

「そうですか、去年あんな騒ぎがあったから、今年は巡礼者が減るかと思ったんですけどね」

「あぁ、私もそれを心配していたんだが、ファティマ様のおかげだろう」


 外の店というのは、先程指示役の男が立ち寄った店のことだろうか。

 話しぶりからすると、指示役の男は何年も新王都での巡礼者相手の商売に関わっているようだ。


 つまり、これから落ち合おうとしている反貴族派の更に上位の人物、番頭なる者も同じような商売をしているのだろうか。

 指示役の男がお茶を飲み始めて暫くすると、誰かが部屋に入ってきた。


「すみません、行き違いになっちゃったみたいです」

「えっ、番頭さん、戻って来ないのか?」

「はい、院の子供が言伝を持ってきて、こちらには戻らずに外の店に向かったそうです」

「なんだよ、ここで打ち合わせるはずだったのに……」

「はい、私も今日は出掛けないと聞いてたんですけどね」

「仕方ない、戻るとするか……」

「すみません」

「いやいや、急に気が変わるのはいつものことだから慣れてるよ」


 そう言いつつも、指示役の男の言葉には、どことなく不満そうな響きが混じっているように聞こえた。

 どうやら指示役の男は先程の店へと戻るようなので、身体強化魔法と重量軽減の魔法陣の合わせ技で一気に上空へと飛び上がった。


 建物を出た後、指示役の男が空を確かめたかどうか分からないが、俺は宿舎の屋根が遮る位置にいたから気付かれなかったはずだ。

 指示役の男は、そのまま来た道を引き返して第三街区にある店の方角へと歩いて行く。


 店まで戻る途中には、俺には全く意味の無い尾行を確認する行動を繰り返していた。

 そして、先程と同じように裏口から店に入ると、五分もせずに出て来た時には巡礼者の格好になっていた。


 番頭なる人物と話をするなら店の奥の部屋に入ってからだと思い、集音マイクを作っていなかったので、五分の間に何があったのか聞きそびれてしまった。

 巡礼者の姿になった指示役の男は、新王都東側の都外にあるアジトの方角ではなく、南門を通って第三街区を出ると、そのまま足早に南へ向かう街道を進み始めた。


「どこへ行くんだ?」


 また別のアジトに向かうのかと思いきや、指示役の男は足を速めて都外を通り抜け、更に街道を南下し始めた。


「おかしい、何か変だ」


 指示役の男の様子に違和感を覚えて、集音マイクで声を拾ってみた。


「くそっ……何で俺が……みんな黒い悪魔のせいだ……」

「しまった、気付かれてたのか!」


 上空からスロープを作って、指示役の男の前へと滑り降りた。


「止まれ! 反貴族派の容疑で拘束する!」

「ちくしょう! 手前もあの世に送ってやる!」


 行く手を遮るように街道へ降りた俺に向かって、指示役の男は怒りの表情を浮かべて走り寄って来る。

 その右手に紐のような物が握られているのを見て、慌ててシールドを展開した。


 ズドドドド……っと複数の爆発音が響き、指示役の男は肉塊と血飛沫に姿を変えて四方へ飛び散った。

 その後、騎士団へと戻って報告を入れると共に、新王都東側の都外にあるアジトへ摘発に出向いたが、プロパガンダを行っていた下っ端は全員殺害されていた。

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