第567話 追跡、また追跡

 猫人の自爆をネタにして王国騎士や騎士候補生の批判を展開していた、反貴族派と思われる人間を更に三人ほどマークした。

 最初の場所で上手くやれなかった者は、場所を変えてプロパガンダを試みるが、時間が経つほどに住民からの反発が強まって撤退を余儀なくされていた。


 五人はバラバラに行動しているようだったが、プロパガンダを諦めて向かった先は新王都東側の都外にある小屋だった。

 第三街区へ入る門からも、旧王都へ向かう街道からも離れた場所で、言い方は悪いが最底辺の人達が暮らすエリアのようだ。


 真上から観察しているとバレそうなので、北側にズレて出入口が見える位置から観察することにした。


「なんだと、手前もしくじりやがったのか!」


 五人目が戻って来た所で、小屋の近くに集音マイクを設置して音を拾っていると、中年っぽい男の怒鳴り声が聞こえてきた。


「街宣活動すら出来ないのか、この馬鹿野郎!」

「そんなこと言われても、黒い悪魔が出て来たんだから仕方ないじゃないですか」

「なんだと、黒い悪魔だと! 手前、後を付けられたりしてねぇだろうな!」

「だ、大丈夫っすよ。追い掛けて来なかったですし、途中で何度も空まで確認しましたから」

「本当だろうな、付けられてやがったら、ぶっとばすからな!」

「大丈夫っすよ……たぶん」


 いやいや、君だけでなく他の四人もバッチリ追跡してたからね。

 会話の中身からすると、追跡してきた五人の他に指示役と思われる男が居るようだ。


 更にアジトを見張っていると、一人、また一人と年齢が若そうに見える男が戻ってきては、指示役らしい男に怒鳴られていた。

 俺が数えただけでも十人ほどの人間が居るはずだが、小屋の広さは十畳ちょっとぐらいしかない。


 もしかすると地下にもスペースがあるのかもしれないが、それにしても十人以上が暮らすには狭そうだ。


「ちっ、どいつもこいつも使えねぇな……まぁいい、俺は上に報告に行くから待機してろ」

「あのぉ……飯は? もう食料が無いんすけど」

「ちっ、ついでに貰って来るから三人ばっかり付いてこい!」


 指示役とみられる狼人の男は、小屋から出て来ると周囲だけでなく空にも目を向けていたが、身体強化魔法で視力を強化してギリギリで見える距離にいる俺には気付かなかった。

 指示役と思われる男と若い男三人は、街道近くまで来た所で白い布をかぶり、ファティマ教の巡礼者に変装した。


 新王都にはファティマ教の総本山であるミリグレアム大聖堂があるので、多くの巡礼者が訪れる。

 特に朝一番の時間と昼過ぎの時間には、大聖堂へ向かおうとする巡礼者が集中して第三街区に入る門にも行列が出来る。


 反貴族派の連中は、この行列の時間を利用して新王都に入っているようだ。

 そして、新王都の中へ入ろうとする者と、中から外へ出ようとする者とでは、身元チェックの厳しさが異なるようだ。


『巣立ちの儀』を控えて、新王都の門でのチェックは厳しくなっていると聞いているが、それは普段に比べて……という話だろう。

 普段から巡礼者に対するチェックが疎かになっていれば、そこから厳しくなったとしても実際のチェックは甘いのではなかろうか。


 この前、第二街区にある商家の摘発から逃れた男も、巡礼者を装ってまんまと第三街区へと出ている。

 とは言っても、巡礼者へのチェックを更に厳しくすると、門の前に大行列が出来そうだし、人員を増やすにも限界があるだろうし、これは騎士団長に相談するしかなさそうだ。


 巡礼者を装った四人は、止められる気配すらなく第三街区へと入り込んだ。

 まぁ、追跡中の今は都合が良いのも確かだ。


「どこへ行くつもりなんだ?」 


 四人は第三街区の目抜き通りに入り込み、雑踏に紛れて進んでいく。

 勿論、四人全員に探知ビットを貼り付けているから見失う心配は無い。


 第三街区の南東辺りまで進んだところで、四人は路地へと入り込んだ。

 グルグルと道に迷っているかのように歩き回っているのは、おそらく尾行への備えだろう。


 やがて、四人は二人ずつの二組に分かれて移動を始めた。

 一方がその場に残り、もう一方は先へと進んでいく。


 やがて残っていた二人も歩き出したが、先に行った二人とは別の道を辿っている。

 アジトでの会話では、同じ場所に向かうはずだったが、途中で方針が変わったのだろうか。


 暫くすると、先に歩いていた二人が立ち止まり、そこへ別方向から来た二人が合流した。

 どうやら、これも尾行対策のようだが、俺からすると早く行ってくれと言いたくなる。


 そして、四人は合流した場所から程近い建物の敷地へと入っていった。

 四人が入ったのは、目抜き通りに面した商店の裏口のようだ。


「ここが奴の本拠地なのかな?」


 商店の表に回ってみると、そこには大勢の巡礼者の姿があった。


「えっ……これ、全員が反貴族派なのか?」


 一瞬そんな事を考えたのだが、出入りしている巡礼者は客として店を訪れているらしい。

 どうやら、ファティマ教に関係する物を扱っている店のようだ。


 俺が店の様子を確かめているうちに、四人の内の指示役と思われる人物の反応が店の奥へと移動していた。

 他の三人は、店とは別棟になっている倉庫のような建物にいるみたいだ。


 指示役の男の動きが止まったので座標を確認して、頭の上あたりを狙って空属性魔法で集音マイクを作った。


「そんなにか?」

「あぁ、見習いの一部が都外でも『巣立ちの儀』を開催するように働きかけたらしい。そのせいで騎士団への評価が去年とはまるで違う」

「自爆した理由も宣伝させたんだろうな? その騎士見習いが暴力を振るったって」

「勿論ネタに使わせたさ。ただ、奴らも対策を講じていたらしい……いや、何よりも住民の意識の変化が問題だ。このままじゃマズいぞ」

「ダグには知らせたのか?」

「いや、食い物が底を突いたから先にこっちに回って来た」


 ダグというのは、まさかダグトゥーレのことだろうか。


「なぁ、どう思う?」

「どうって……なにが?」

「今年は無理じゃないのか?」

「それは、俺達が判断することじゃないだろう」

「だが、下水道も、第二街区の商店も、工房も、船着き場まで押さえられたんだぞ」

「まぁ、確かに今のままじゃ去年の半分も騒ぎを起こせないな」

「引き時じゃないのか?」

「まぁ……そうかな」

「お前、ちょっとダグに探りを入れて来いよ」

「えっ、俺が?」

「撤退とか言わずに、どうやって挽回するのか聞いてみろよ。それで具体的な話が出てこなかったら考えようぜ」

「そうか……そうだな。具体策が無い場合は考えるか」


 どうやら、この二人は反貴族派でも中心的な役割を果たしている人物のようですし、これから最重要人物の所へ行くみたいだ。

 というか、あれだけ摘発しても、まだ戦力を残していそうなのは気になる。


 人生の晴れの日でもある『巣立ちの儀』を邪魔させないためにも、黒幕の所まで案内してもらいましょうかね。

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