第444話 不意の来訪 後編(オラシオ)

 ザカリアスが手合わせを申し出た時、てっきりニャンゴは断ると思った。

 ニャンゴの魔法が凄いのは知っているし、実際に戦っている姿も目にしている。


 だけど、武術の手合わせになったら、ニャンゴとザカリアスでは体格が違い過ぎて勝負になるとは思えない。

 それなのに、ニャンゴは恐れる様子も躊躇う素振りも見せずに手合わせを承諾すると、棒を選び始めたのだ。


「ニャ、ニャンゴ、本当にザカリアスと手合わせをするの?」

「やるぞ、パーティーの仲間以外と手合わせをする機会は少ないからな」

「手合わせって、魔法を使ってやるんでしょ?」

「いいや、武術の手合わせの時には基本的に使わないぞ。まぁ、今日は防具を作るのには使わせてもらうけどな。よし、これにしよう」


 ニャンゴは自分の背丈よりも少し長い棒を選ぶと、二度三度と素振りをくれて確かめた。


「ザカリアス、聞いての通り防具以外に魔法は使用しないつもりだけど、もし身体強化も使ってやりたいなら俺も合わせるけど……」

「いえ、さすがに身体強化まで使うとやり過ぎちまうので、それで結構です」

「武器はそれで良いの?」

「えっ、武器……ですか?」

「うん、両手剣を使うタイプなのかと思ったんだけど」


 ザカリアスは、はっとしたような表情を浮かべて、直後に笑顔になった。


「あぁ、確かに……でも、俺は騎士なんでこれでいきますよ」

「じゃあ、始めようか」

「えぇ、手加減しませんよ」

「しなくていいよ、見えないだろうけど防具は万全だから」


 ニャンゴが手にした棒で自分の胴体を叩くと、コツンと固い音がした。

 僕の目には何も見えないけど、本当にニャンゴは防具を装備しているようだ。


 格闘場の中央で向かい合うと、訓練生の中でも体格の良いザカリアスと猫人のニャンゴでは大人と子供以上に差を感じる。

 背丈だけでなく、手足の太さが違いすぎる。


 集まって来た他の訓練生たちも、二人の体格差を見てざわめき始めた。


「おいおい、いくらなんでも無理だろう」

「あいつ、エルメール卿と顔見知りみたいだけど、マジでやる気なのか?」

「でも、不落のエルメール卿だぞ、守りは万全なんだろう」


 みんな好き勝手なことを囁き合っているけど、ニャンゴもザカリアスも聞こえていないようだ。

 準備が整ったと見て、審判役のルベーロが開始の合図をした。


「始め!」


 ニャンゴは棒を中段に構え、ザカリアスは盾をいつもよりも低めに、そして片手剣は……どう構えるか迷っているように見えた。

 先に動き始めたのはニャンゴの方で、ザカリアスの盾を持っていない右手側へと回り込むようにゆっくりと足を運び始める。


「かなり鍛えている……」


 僕の隣でトーレが口にした通り、ゆっくりと回り込みながらもニャンゴの腰から上は微動だにしていない。

 武術の鍛練を積んだ人でなければ出来ない足の運びと姿勢だ。


 対するザカリアスは、いつもなら歯を剥き出しにしそうな嬉々とした表情で立ち会うのに渋い表情を浮かべている。

 相手が名誉騎士だからというよりも、思っていた以上にニャンゴが小柄なのでやり難さを感じているようだ。


 訓練生の中にはルベーロのように小柄な者もいるが、ニャンゴほど小さくはない。

 ニャンゴとザカリアスの位置が入れ替わるように回り終えた時には、二人の距離は半分ほどに縮まっていた。


 その直後、先に仕掛けたのもニャンゴだった。

 それまでのゆっくりとした足の運びから一転、速度を上げて回り込みながら一気に距離を詰めていった。


 小さな体を更に屈めて、ニャンゴ自身が一本の棒になったように突っ込んでいく。

 対するザカリアスも、盾を低く構えつつ片手剣を振り上げた。


 棒と片手剣、どちらが先に届くのかと皆が息を飲んだ瞬間、ニャンゴは急激に右に飛んだ。

 ザカリアスは独楽のように体を回し、更に慌てたように体を回した直後、喉元に棒を突き付けられて棒立ちになった。


「参りました……」

「おぉぉぉ……」


 ザカリアスが敗北を認めると、集まっていた訓練生からはどよめきが起こった。

 たぶん、ザカリアスが手を抜くとか、ニャンゴが叩きのめされると思っていたんだろう。


 正直に言うと、僕も少し思ってしまっていた。

 でも、ニャンゴの動きは本物だったし、ザカリアスも手を抜いていたようには見えなかった。


「どうだ、オラシオ。俺もなかなかだろう」

「凄いよ、ニャンゴ。でも……」


 どうして……という僕の疑問にはザカリアスが答えてくれた。


「ヤバい……完全に見失った。盾の影に入られて、見えたと思った時にはもう遅かった」


 ザカリアスが剣を握っている側に回り込み始めた時から、ニャンゴの作戦は始まっていたようだ。

 急に左に飛んだニャンゴを追いかけてザカリアスも体を回したけど、それでも盾の影に入られ、慌てて更に体を回した時には勝負は決していたそうだ。


「ザカリアス、俺みたいに小さい相手と手合わせする機会は無いんじゃない?」

「はい、その通りです。というか、失礼ながら俺に立ち向かってくる猫人と出会ったのも初めてです」

「でも、両手剣だったら結果は違ってたかもね」

「そうかもしれませんけど、盾と片手剣を選んだのは自分なので、やっぱり自分の負けですよ」


 猫人としての体の小ささと俊敏さを活かした戦いは、僕が想像していたよりも遥かに洗練されていて、しかも強かった。

 それに比べて、僕の戦い方は……。


「ニャンゴ、僕も素早さに磨きを掛けて……」

「馬鹿言うな。そんなのオラシオらしくないだろう」

「えっ、でも……」

「でもじゃない、オラシオは俺みたいな小細工をするんじゃなく、その体格を活かして堂々と戦えばいいんだよ。いいか、オラシオは戦いとか武術とか無縁に育ってきて、ここにいる皆よりも一番遅れて学び始めたんだ。ザカリアスにあしらわれたって何も恥ずかしくなんかないんだぞ」

「ニャンゴ……」


 ニャンゴの言葉を補うように、ザカリアスが話し始めた。


「オラシオ、エルメール卿の言う通りだぞ。訓練所に入ったばかりの頃は他の誰よりも弱かったくせに、最近じゃ俺から一本取るようになったじゃないか」

「でも、さっきは……」

「言っただろう、エルメール卿に格好良いところを見せようとし過ぎなんだよ。体にガッチガチに力が入って、あれじゃ誰とやっても勝てやしねぇよ」

「そ、そんなに酷かった?」

「ですよねぇ、エルメール卿」

「あぁ……でも、巣立ちの儀の日に、吹き矢の屋台で火の魔道具を狙わせた時のオラシオを思い出して、ちょっとほっこりしたよ」

「そんなぁ……酷いよニャンゴ」


 巣立ちの儀の日に、ニャンゴと屋台巡りをしたのを思い出して懐かしかったけど、皆にゲラゲラ笑われちゃったじゃないか。


「許せ、許せ。あぁ、そうだ、手合わせの最中で悪いんだけど、ちょっと話せるか? 俺は午後には旧王都に戻りたいんだ」

「いいけど……」

「ザカリアス達も一緒に行こう」


 ニャンゴに誘われて、僕らは手合わせを切り上げて部屋に戻ることにした。

 食堂で話をしようかと誘ったんだけど、皆の部屋がいいと言われた。


「さて、さっきちょっとオラシオには話したけど、昨日は国王陛下から呼び出されてお城に行ってきた」

「例のダンジョンの……アーティファクトの件ですか?」


 情報通のルベーロが、生の話を聞けると前のめりになっている。

 でも、ルベーロだけでなく僕らだって興味津々だ。


「そう、可動するアーティファクトや先史文明時代の資料が次々に見つかっていて、今こうしている間にも発掘調査が続けられている」

「その、アーティファクトって、どんなものなんですか?」

「アーティファクトといっても、言うなれば先史文明の時代には普通に使われていた品物だから、種類は本当に多岐に渡っているんだ」


 ニャンゴは指を折りながら、どんな種類のアーティファクトが発見されたのか教えてくれた。

 同時に、ダンジョンが元は地上にあった都市で、まだまだ多くの建物や遺物が眠っている可能性が高いことも説明してくれた。


「じゃあ、先史時代の地下都市というこれまでの説は間違いだったんですか?」

「うん、そうなるね……そして、これが最初に発見した可動するアーティファクトだよ」


 ニャンゴが鞄から取り出したのは、タイルのような黒くて細長い板だった。


「こ、これが……アーティファクト?」


 ルベーロが首を捻ったのも当然で、本当にただのタイルにしか見えなかったのだが……。


「うわっ、光った!」


 ニャンゴが何やら板の横を操作すると、突然真っ黒だった面が光を放った。


「これは、先史時代の情報端末なんだ。この中には様々な情報が格納されているし、これを使って情報を取り込むことも出来る。例えば……これがダンジョンの中の様子だよ」

「え、絵が動いてる……」


 ニャンゴは、アーティファクトを使って写真という止まっている鮮明な絵や、動画という動く絵をいくつも見せてくれた。

 それだけでなく、僕ら一人ずつや一緒に写真を撮ってくれた。


 この後、訓練所の食堂で一緒に昼ご飯を食べると、ニャンゴは旧王都へ帰ると言い出した。


「ニャンゴ、今から出発しても、明日の朝出発しても一緒じゃないの?」

「何言ってんだ、今から出発すれば明るいうちに旧王都に着けるぞ」

「えぇぇ、だって旧王都までは馬でも二日ぐらい掛かるっていうよ」

「ふふん、俺は空を飛んで帰るからな。あぁ、第一街区までの出入りは国王陛下から許可してもらったから大丈夫だぞ」

「えっ、何言ってるの?」

「じゃあ、そろそろ帰るから、オラシオは焦らず一歩ずつ着実に進め、いいな?」

「う、うん……」

「じゃあな」

「えっ、えぇぇぇぇ!」


 ニヤっと笑ったニャンゴは、あっと言うまに空高くへと飛び上がると、東に向かって凄い速度で飛んで行ってしまった。


「えぇぇ……」


 食堂の外に取り残された僕らは、ポカーンと口を開けてニャンゴを見送ることしか出来なかった。


「なんつーか、相変わらず嵐みたいな人だな」


 ザカリアスの感想に、全員が揃って頷いた。


「うん、でもニャンゴらしいや」

「一歩ずつ着実に……だってよ」

「うん、焦っても駄目だって思い知ったから、一歩ずつ進むよ」

「じゃあ、格闘場に戻るか?」

「うん、頼むね、ザカリアス」


 早速、さっきの反省を活かして手合わせをしようと思ったけど、ルベーロが待ったを掛けてきた。


「駄目だ、駄目だ、午後からは今週の座学の復習と来週の予習の時間だ。サボろうとしたって駄目だぞ、ザカリアス」

「げぇ、でもエルメール卿が来たから殆ど手合わせできなかった……」

「来週末には試験があるんだぞ、また赤点食らったら、ますます手合わせの時間が減るぞ」

「ぐぅぅ……分かった」

「オラシオだって、前回はギリだったんだからな」

「分かってるよ……」


 一歩ずつ、一歩ずつ……僕はちゃんと前に進んでいるのかなぁ。

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