第445話 咆哮
新王都を昼過ぎに出発して、旧王都には日が傾く前に戻って来られた。
昨日の早朝に出発して、国王陛下と面談して、オラシオの顔を見に行って……一泊二日にしては中身が濃すぎでしょ。
昨日の今日でダンジョンの様子に変化があるとは思えないけど、王族のプレッシャーに晒されているよりも発掘作業に関わっていた方が気楽だ。
新王都の城門に突っ込みそうになった教訓から、旧王都には高い位置で戻って来られるように調整した。
旧王都の上空五十メートルぐらいに到着して、空属性魔法で作ったボードに乗ったままギルドの前にゆっくりと降下する。
地上まで、あと十メートルほどまで降りた時、その音が突然ダンジョンの縦穴から響いてきた。
「グォォォォォ……」
風の音のようにも聞えたが、今日は強い風は吹いていないし、ダンジョン内部からこんな音が聞こえたことは無い。
ただ、生き物の声だとしたら、相当に大きな個体だと考えるべきだろう。
ダンジョンの入り口を円形に取り囲む城壁の上から、多くの人が不安そうに下を覗き込んでいる。
この様子だと、音の原因は分かっていないのだろう。
ダンジョンを覗き込む人混みの中に、ギルドのロッカーの管理人ブルゴスさんの姿があった。
「ブルゴスさん」
「えっ……おぉ、エルメール卿」
「さっきの音は何ですか?」
「分からないです。昨日の夜中から急に聞えてきたみたいで、ギルドでも情報を集めているところです」
「何かの魔物の鳴き声でしょうか?」
「いや、どうなんでしょう、これまでダンジョンの中でこれほど大きな声で鳴く魔物は確認されていません。レッサードラゴンも咆えたりしますが、こんな低い声ではないですし……もっと別の大きな魔物の可能性もあるんじゃないですかね」
長年ダンジョンに関わってきたブルゴスさんも初めて聞く音らしく、しきりに首を捻っている。
「未知の魔物が現れたとしたら、最下層の横穴からでしょうか?」
「常識的に考えたらそうなりますが、さっきの声が……」
「グォォォォォ……」
ブルゴスさんの話を遮るように、またダンジョンから音が響いてきた。
さっきはボードに乗っていたから感じなかったのかもしれないが、こうしてダンジョンを覗き込む城壁に立っていると、空気の振動まで感じられる。
不気味な低音に、集まった人々も不安そうな表情を浮かべていた。
「この声がダンジョンの最下層から響いてくるんだとしたら、相当大きな魔物じゃないですかね」
確かにブルゴスさんが言う通り、七十階層以上下から響いてくる声としては異常だろう。
もしかすると、レッサードラゴンの動きが活発化していたのは、この音が原因だったりするのだろうか。
「とりあえず、発掘現場が気になるので下に向かいます」
「エルメール卿、こんなことは私なんぞが言わなくても分かっていらっしゃるでしょうが、ダンジョンは生きて戻ることが最優先される場所です。どうか、お気をつけて」
「はい、ありがとうございます」
本当なら、今夜は地上で美味しいものを食べて、ふかふかお布団でグッスリ眠ってからダンジョンに戻る予定だったのだが、この状況ではノンビリしていられない。
ダンジョンの入り口を管理しているギルドの職員にカードを提示し、螺旋階段を駆け下ってエレベーターホールに向かった。
生憎と昇降機の籠は地下に降りてしまっていたので、使われていないエレベーターシャフトの中を空属性魔法のボードに乗って降りることにした。
ボードに乗り、念のために周囲にはシールドを張り巡らせ、三階ぐらい下と五階ぐらい下に明かりを灯して降下する。
十階、二十階、三十階と降下した辺りで、また下から声が響いてきた。
「グァァァァァ……」
地上で聞いた時よりも、閉鎖されたエレベーターシャフトの中にいるせいか体がビリビリする。
四十階、五十階、六十階を過ぎたところで、突然下側の明かりが壊された。
「ギャァァァァ……」
先程まで聞こえてきた低い声とは違い、甲高い声が落ちて行き、ドサリと何かが衝突する音が聞こえた。
たぶん、明かりの魔道具に何かの魔物が飛び付いて、そのままシャフトを落ちていったのだろう。
レッサードラゴンだったような気もするが、一瞬だったので良く分からなかった。
発掘が行われている階層まで降りたところで、またあの声が聞こえてきた。
「グォォォォォ!」
明らかに、空気を震わせる魔物の咆哮だ。
昇降機の乗り場には多くの人が集まっていて、籠のないシャフトから俺が姿を現すとギョっとした表情を浮かべて身構えていた。
「あぁ、驚かせてすみません。階段を降りてくるよりも楽なもんで」
ステップを使って宙を歩きながら声を掛けると、集まっていた人達は驚きつつも納得したようだ。
「なんだ、あいつ……」
「馬鹿、あれがエルメール卿だ」
「縦穴を飛び降りて来たのか?」
「さっき下から凄い音がしたけど……」
「何かやったんだろうな」
いやいや、俺は降りてきただけで魔物は自爆だよ……なんて説明するの面倒なので、好きに言わせておくことにした。
エレベーターホールを出て発掘現場へと向かう。
昨日の朝と見た目の風景は変わっていないが、明らかに空気が張り詰めている。
通路に出店を出している人達も、せわしなく周囲を見渡して警戒しているようだ。
建物一のベースキャンプに戻る前に、居住区にあるギルドの拠点に顔を出して情報を集めることにした。
責任者のモッゾは、探すまでも無く居住区の入り口に立って周囲を見渡していた。
「モッゾさん、何の声ですか?」
「あれっ、エルメール卿は新王都に行かれたのではなかってのですか?」
「えぇ、行ってきましたよ」
「えぇぇぇ! だって、出発したのは一昨日ですよね?」
新王都までは馬を飛ばしても二日は掛かる距離なので、モッゾが驚くのも当然だろう。
「ちゃんと国王陛下にも会ってダンジョンの状況を説明してきましたよ」
「ど、どうやって新王都まで行かれたのですか?」
「ちょっと、空を飛んで行ってきました……って、その話は後にして」
「あぁ、さっきの声ですね。まだ調査中としか申し上げられません」
モッゾは表情を引き締めると、また周囲を見渡した。
「魔物の動きが活発化してるんですか?」
「いえ、むしろ動きが止まっている感じのようです」
まだモッゾのところに声の主に関する情報は届いていないそうだが、討伐を目的にダンジョンに潜っている冒険者の情報として、魔物の動きが沈静化しているという話が伝わってきているそうだ。
「これまでならば、レッサードラゴンあたりは我が物顔でダンジョンを闊歩していましたが、あの声が聞こえてきてからは用心深く行動する姿が見られたそうです」
「では、レッサードラゴンよりも強い魔物がいると考えるべきですか」
「そうですね。ただ、レッサードラゴンよりも大型の魔物となると、そんなに自由には動き回れないはずです。ここまで上がってくる大きな通路は封鎖を強化させていますし、突然襲われるような事態にはならないと思います」
未知の魔物が最下層の横穴を通って現れたのだとすると、地下鉄の車両ほどの大きさがあっても不思議ではない。
だとすると、レッサーではなく純然たる竜種という可能性もある。
「ドラゴンって、実在するんですか?」
「別の大陸の高い山にはいるそうですが、シュレンドル王国で目撃されたのは百年以上前が最後だと聞いています」
「ですよねぇ……」
アツーカ村の学校はサボってばかりだったけど、ドラゴンはおとぎ話に出て来るような存在だと聞いたような覚えがある。
というか、空を飛ぶドラゴンが地の底に現れるものなのだろうか。
「ギルドの資料だと、純然たる竜種にもいくつかの種族があるそうですし、洞窟を棲家とする種類も多いと記憶してます」
「では、そうした種類なのかもしれませんね」
「そうなんですが……」
「なにか不安でも?」
「はい、そうした竜種の中には、土を掘って進むものもいまして……」
「えっ、じゃあ最下層の横穴から出て来たとは限らないんですか?」
「分かりません。何にしても調査の結果待ちですね」
確かに、勝手な推測をしていても意味が無い。
ギルドでも情報に報奨金を設定して集めているそうなので、今はその結果を待つしかないのだろう。
「とりあえず、チャリオットの皆さんも警戒だけはしておいて下さい」
「分かりました、皆と合流して相談します」
モッゾとの話を打ち切ったところで、また咆哮が響いてきた。
断続的に空気を震わせるほどの咆哮が響いてくると、精神的な緊張の連続を強いられそうだ。
何にしても、俺一人では決められないので、発掘現場のベースキャンプへ戻ることにした。
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