第442話 第四の陣営
別室に移動しての国王陛下との会談を終えて、ようやく解放してもらえるかと思いきや、夕食を食べていけと言われてしまった。
また、あの三人の王子を含めた王族に囲まれるのかと思うと気が重たくなってしまったが、どうやら今晩は違うらしい。
「またクリスティアン達と一緒では気疲れするであろう、ファビアン、エルメリーヌと一緒に別室で寛ぐと良い」
「ありがとうございます……」
まぁ、王族勢揃いよりは気を使わないで済むけど、ファビアン殿下もエルメリーヌ姫も王族だから緊張はするんですよ。
国王陛下とバルドゥーイン殿下が退室すると、ファビアン殿下が席を立って俺の正面へと座った。
「ご苦労だったな、ニャンゴ。疲れただろう」
「国王陛下とこんなに近くで話をするとは思っていませんでしたので、少々気疲れしました」
「まぁ、父上はあの通り砕けた気質だから、そんなに緊張しなくても大丈夫だ。それと、俺達とはもっと砕けた感じで構わないからな」
「殿下は、相変わらずカーティス様と一緒に遊び歩いていらっしゃるのですか?」
「ふははは……それは御想像にお任せしよう」
巣立ちの儀の護衛として王都を訪れた時、ラガート子爵家の次男カーティスとファビアン殿下は懇意にされているようだったので聞いてみたのだが……どうやら、俺の想像の斜め上をいく行動をしているみたいだ。
「まぁ、王族や貴族にとって学院は社交場だからな、法律、税制、地政学、魔法など学ぶこともあるが、基本的に互いを知り、共に国を支える者としての自覚を持つのが目的だ」
王族や貴族はパーティーなどの席で顔を合わせる機会はあるが、どうしても懇意になる者は限られてしまうそうだ。
そこで、学院という入れ物に同年代の王族や貴族を集めて、互いの人となりを知る機会を設けているようだ。
将来、他国との戦争や大きな災害が起こった場合などに、相手を良く知らなければスムーズに連携して動けない。
その為に、学院での授業や行事などでグループ分けする場合には、毎回違うメンバーと組むように促されるそうだ。
アニメやラノベに登場するような、王族や大貴族と取り巻き……みたいな関係は慎むように指導されるらしい。
それでも、ファビアン殿下とカーティスのように、腐れ縁というか悪友みたいな関係になる者はいるようだ。
学院には王族、貴族以外の子供も在籍している。
王都に大きな店を持つ商家などの裕福な家庭の子供は、学業よりも王族や貴族の子供との繋がりを作ることを大きな目的としているそうだ。
その一方、一般庶民の中から優れた資質を認められて入学してくる者達は、己の才能を伸ばすことを第一の目標としている者が多いらしい。
学院で優秀な成績を修めれば、貴族や商家からスカウトされるからだ。
学院内で就職活動をしているようなものだろう。
ただし、学業優秀な者の中には、レンボルト先生のように研究に没頭して学院に残る者もいるそうだ。
「エルメリーヌ姫は、アイーダ様と同じクラスなのですか?」
「ふふっ、そうなんです。アイーダは……とても面白い子ですよ」
何だろう、アイーダは……の後の微妙な間があったな。
ラガート子爵家の娘アイーダは、上二人が兄の末っ子とあって、なかなかキツめの性格の持ち主だ。
エルメリーヌ姫には面白いと言われてるけど、たぶん何かやらかしたのだろう。
「イブーロから王都までの道中の他は、一度ラガート家に招待された時にお会いしただけですが、なかなか活発な方のようにお見受けしました」
「本当に、アイーダは騎士として訓練を受けても一流になっていたでしょう」
エルメリーヌ姫の話では、魔法の授業で周囲がドン引きするような火属性の魔法を連発したらしい。
貴族の家には、当然ごとく有能な人間が嫁入り、婿入りするので、必然的に魔力の高い子供が産まれやすい。
アイーダも貴族でなければ、騎士団からスカウトが来るほどの魔力値の持ち主だそうだ。
「アイーダったら凄い魔法を放っているのに、これじゃない……もっと速く、もっと貫通力がある魔法じゃなきゃあいつに勝てない……なんて言ってるんですよ」
「えっ……それって、もしかして俺のことですか?」
「さぁ? ですが、あの襲撃の時に私たちを庇いながら犯人を一掃した、逞しいエルメール卿の背中をアイーダも見ていましたからね」
やっぱり俺のせいなのかにゃ……てか、俺を逞しいとか言ったばかりなのに、なんで撫でまくってるのかにゃ。
また毛並み艶々の美猫になっちゃうよ。
「エ、エルメリーヌ姫と同学年の方の中には、例の襲撃事件で怪我を負った人も多かったのではありませんか?」
「そうなのです。入学後も腕に添木をしている方や杖を突いている人もいらしたので、光属性の治癒魔法で治療してさしあげました」
怪我をしていた人達にすれば、タダで治療してもらえるし、姫様からすると治療の練習台になってもらえるウインウインの関係だそうだ。
てか、最初の練習台になったのは俺だけどね。
エルメリーヌ姫は、入学直後から同級生達の治療で大活躍したから聖女様と呼ぶ者も少なくないらしい。
まぁ、当然だよね。
俺の目の古傷を最初の魔法の行使で治してしまうほどの腕前だから、学院でも桁外れの治療をしてみせたのだろう。
というか、このままエルメリーヌ姫の名声が民衆にも知れ渡って女王様になってくれた方が、あの三王子から選ぶよりも良いんじゃないか。
そんな話を冗談めかして話してみたのだが、あっさりと拒否されてしまった。
「王位に就いてしまったら、人々の治療が出来なくなってしまいます。私は学院を卒業した後は人々を癒す仕事がしたいのです」
「そうですね、姫様の魔法は多くの人を幸せにする魔法ですものね」
「はい、たくさんの人を幸せにしたいです。なので、エルメール卿が私を幸せにしてくれませんか?」
「にゃっ、そ、それは……えっと……ダンジョンの発掘もありまして……」
「でも、エルメール卿なら旧王都からでも、あっと言う間に飛んで来られますよね?」
「そ、それは……そうにゃんですけど……」
圧が……エルメリーヌ姫の圧が半端ない。
てか、ファビアン殿下、笑ってないで助けてくれても良いんじゃないの。
「ふふっ、エルメール卿からなら兄様と呼ばれても構わないぞ」
「にゃっ、冗談がすぎます」
「冗談だと思っているならば、エルメール卿は自身の価値を理解できていないのだろうな」
「えっ……どういう意味でしょうか?」
「巣立ちの儀の後に、兄たちがこぞってエルメール卿を近衛騎士に望んだのを忘れてたのかい? 父上が不落と称した防御力、ワイバーンすら一撃で倒す攻撃力、そして今回はダンジョンから可動するアーティファクトを発見した知見、それらを兼ね備えた人物などシュレンドル王国中を探したところで他にはいないぞ」
ファビアン殿下の言う通りで、確かに自覚は足りていなかった気がする。
「兄達は、アーティファクトに目を奪われているようだが、いずれエルメール卿の価値を再認識するだろう。そうなれば、巣立ちの儀の時よりも強引な勧誘があったとしても不思議ではない」
「そんな……」
真っ先に頭に浮かんだのは、眠り薬を盛られた後、飛びそうになる意識を必死に繋ぎ留めている時に見たエデュアール殿下と双子のセレスティーヌ姫の薄笑いだ。
平民の猫人なんて、ただの物としか見ていない蔑むような視線を思い出すと背筋が寒くなる。
「父上は、王位を争う兄達の陣営にエルメール卿が加わることで、当人たちの資質を度外視して形勢が傾くことを懸念されている」
「それは、巣立ちの儀の頃からですか?」
「そうだ。父上とすれば、王家との間は繋ぎ留めておきたいが、王位継承争いに影響が出るのは避けたい。そこで、王位とは縁の無い我々が選ばれたという訳だ」
バルドゥーイン殿下は、ディオニージ殿下と同じ第二王妃オレアリーヌ様の子供だから、しきたりによって王位に就けないとしても、その傘下に加わることは望ましくない。
一方、ファビアン殿下とエルメリーヌ姫は第四王妃フロレンティア様の子供で、他に獅子人の男子はいないから、王位継承争いとは無関係だ。
ファビアン殿下、エルメリーヌ姫と懇意にしているならば、他の陣営も手を出しにくいので、王位継承争いへの影響も食い止められるというわけだ。
「まさか、例の演劇も国王陛下の思惑なのですか?」
「はははは、エルメール卿、さすがにそれは勘繰りすぎというものだ」
巣立ちの儀での俺とエルメリーヌ姫の姿をモチーフとした演劇『恋の巣立ち』は役者を増やしながら、新王都から周辺の街へと広がっているようだ。
ダンジョンのある旧王都の劇場でも、公演が行われているのを見掛けた。
あれも俺とエルメリーヌ姫の関係をアピールする国王陛下の指金なのかと思ったが、さすがに考え過ぎだったようだ。
「まぁ、私としては演劇同様の結末を迎えられるように期待しているよ」
「えっ……気恥ずかしくて見ていないのですが、どんな結末なんですか?」
「そうか、エルメール卿は見ていないのか……それでは、自分の目で確かめてみるのだね」
「か、考えておきます」
ていうか、ファビアン殿下は見に行ったのかよ。
エルメリーヌ姫は……と、視線を向けると、意味深な笑みを返されてしまった。
三馬鹿王子の陣営に取り込まれるのは論外だが、このまま二人に取り込まれて良いものなのだろうか。
お姫様と結婚なんて……いやいや、無い無い、俺は気楽な冒険者生活を楽しみたいんだよ。
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