第441話 王家の現状
国王陛下の話によれば、隣国エストーレがオリハルコンの鉱床を発見したのは、どうやら本当のことらしい。
ただし、鉱床があるのは地下深くだそうで、採掘は困難を極めているようだ。
「地下深くというのは、どの程度なのでしょうか?」
「地上からダンジョンの最下層までの深さの倍以上という話だ」
「えぇぇ……そんなに深くにあるものをどうやって見つけたんですか?」
「森の中に、地下深くへと通じる地割れがあったそうで、どれほどの深さがあるのか確かめに入った冒険者が不思議な輝きの石を見つけ、持ち帰って鑑定したところオリハルコンだったらしい」
エストーレの森には、オリハルコンが見つかった所以外にも幾つもの地割れがあるそうで、内部からは宝石の原石などが見つかることがあるらしい。
そのため、冒険者が一攫千金を夢見て地割れの底を目指すそうだ。
ダンジョンの深さの倍とは眉唾物だが、火山の噴火や地殻変動などでダンジョンが沈んだ事を考えれば、オリハルコンの鉱床も元々の位置よりも沈んでいるのかもしれない。
シュレンドル王国のダンジョンが人工の都市である一方、エストーレの地割れはさながら天然のダンジョンのような感じらしい。
どうやら、俺がエストーレの森で見たのは、オリハルコンの鉱床がある深さまで続いている地割れを利用して、採掘を行っている現場だったのだろう。
「オリハルコンの鉱床があると思われる深さまで到達したら、土属性の魔法が使える者が周囲を探知して採掘を試みているようだ」
「これまでに、どの程度の量のオリハルコンが採掘されたのでしょうか?」
「正確な量は分からないが、長剣一本打てるか打てないか程度だという噂だ」
「随分と大掛かりな採掘が行われているように見えましたが、その程度しか集まっていないのですか」
「これも噂だが、オリハルコンの鉱床は糸のように細いらしい」
さすがに糸のようだというのは比喩だとしても、簡単に見つからない程度には細いのだろう。
それに加えて、別の問題が採掘の妨げとなっているらしい。
「下手に掘ると熱水が噴き出してくるそうだ」
「それって、温泉ってことですか?」
「温泉ではなく、熱泉と呼ぶ方が正しいだろう」
地熱によって温められた地下水は、噴き出す時には高温になっているらしい。
のんびり浸かって日頃の疲れを癒すどころか、噴き出した蒸気をまともに浴びた作業員は命を落としたそうだ。
「そうした状況を踏まえて、エルメール卿の所持しているアーティファクトとオリハルコン、どちらが価値が高いと思うかね?」
「うーん……難しいですね。素材としての希少性は勿論オリハルコンですが、このアーティファクトに使われている技術は、それこそ百年先、二百年先の未来の技術であると言っても過言ではないです。シュレンドル王国の発展のみを追及するのであれば、アーティファクトの技術は秘匿すべきです。例えオリハルコンとでも、安易に交換はしない方が良い気がします」
今の時代の人間に、スマホの内部構造を解析できるとは思えないが、どんな時代にも天才と称される人物が現れる。
常人とは違った閃きによって、一気に解析を推し進める可能性はゼロではない。
「それと、これはまだ仮説なんですが、固定化の魔法陣にはオリハルコンが使われている可能性があります」
「なんだと……それは本当か?」
「いえ、あくまでも仮説なので、本当にオリハルコン製なのかは分かっていません」
固定化の魔法陣が、魔力を注がれない状態でも発動を続けているおかげで、多くのアーティファクトが作動する状態で見つかっていることを説明した。
「なるほど、確かにオリハルコンである可能性はありそうだな。だとすると……その固定化の魔法陣を大量に確保出来れば、オリハルコンを確保できるのか?」
確かに、前世の日本で暮らしていた頃も、都市鉱山なんて言葉を耳にした。
廃棄されるOA機器などから希少金属を取り出すという考えだが、オリンピックのメダルと作るなんて話は聞いたが、実際に事業化しているという話は知らない。
ただ、俺が知らなかっただけで、実際には都市鉱山が可動していたのかもしれない。
「正直に申し上げて、固定化の魔法陣は紙のように薄く作られていましたので、それだけでオリハルコンを確保するのは難しいと思われます」
「そうか……なかなか思うようにはいかぬものだな」
「ただ、本当に固定化の魔法陣がオリハルコンで作られているのであれば、他の品物にも使われている可能性はあります。劣化して壊れてしまったアーティファクトなどを鑑定すれば、より多くのオリハルコンを回収できるかもしれません」
「おぉ、なるほど……では早速、鉱物の鑑定が行える者をダンジョンに派遣するとしよう」
これでもし、他の部品などにオリハルコンが使われていると分かれば、壊れてしまっているアーティファクトでさえも高額買い取りの対象に変わるはずだ。
ゴミがお宝になるなら、それこそ都市鉱山だろう。
話が一旦途切れた所で、メイドさんがお茶を淹れ直してくれた。
先程とは違う茶葉のようで、少し渋味が強いが、その分味わいが深いように感じられた。
「陛下、お訊ねしてもよろしいでしょうか?」
「何かな、エルメール卿」
「こちらの部屋に移ってからの話は、三人の王子殿下にはお伝えしないのでしょうか?」
「今のところは、伝えないでおくつもりだ」
そう言うと、国王陛下はバルドゥーイン殿下に視線を向けた。
「大丈夫ですよ、父上。私からディオには伝えません」
バルドゥーイン殿下とディオニージ殿下は、共に第二夫人の子供だ。
国王陛下は、ディオニージ殿下にだけ情報を流すなと警告したのだろう。
「あの……どうして三人の王子殿下には伝えないのですか?」
「エルメール卿ならば、先程の会談で気付いているのではないのかね?」
「王位継承争い……でしょうか?」
「その通りだ。アーネストが他界して以後、三人の争いは少々目に余る」
巣立ちの儀の襲撃によって、次期国王の大本命だった第一王子アーネストが暗殺され、一気に王位継承争いは混沌とした。
突然目の前に転がってきたのだから、掴み取ろうとするのは当然なのだろうが、国王という地位は生半可な気持ちで務まるものではない。
「貴重なアーティファクトを目にした途端、金や屋敷で手に入れようとする、王族の権力を笠に着て手に入れようとする……まるで話にならん。今のあ奴らにアーティファクトを自由にさせれば、エルメール卿たちが苦労して手に入れた功績が水泡と化すだろう」
国王陛下は王都の学院長からも報告を受けていて、アーティファクトの持つ価値を理解しているそうだ。
だからこそ、実際に発見し使用している俺からも意見を聞き、これからの取扱いについて考える材料とするつもりだったそうだ。
その席で、改めて三人の王子の現状を目の当たりにしたから、こうして別の場を設けたそうだ。
というか、この場を設けるのは想定されていたんじゃないかな。
「あの……」
「何かな、エルメール卿。聞きたいことがあれば、何なりと申すが良い」
「では……王家のしきたりを変えるおつもりは無いのでしょうか?」
国王は獅子人……というのが王家のしきたりだと聞いている。
このしきたりがあるからこそ、バルドゥーイン殿下は次の国王には選ばれないのだ。
「私は変えても構わないと思っているのだが、反対する者もいてな……」
ほろ苦く笑った国王陛下は、隣に座っているバルドゥーイン殿下に視線を向けた。
「えっ……バルドゥーイン殿下が反対されているのですか?」
「当然だ、しきたりが無くなったら私が次の国王にならなきゃいけなくなるんだぞ。そうなったら気軽に出歩くことも出来なくなる」
いやいや、あなた王族なんだから気楽に出歩いたら駄目でしょ。
楽し気に笑ってみせるバルドゥーイン殿下に、国王陛下も呆れているようだ。
「まぁ、というのも嘘ではないのだが、獅子人でない私が王位に座るのを快く思わない者がいるのも確かだ。それに、反貴族派の問題もある。私が王位に座れば、アーネストの暗殺を企てたのは私だと言い出す者が現れるだろう。いずれにせよ、しきたりを変えるならば、次の王が決まった時点で広く宣言する形でなければ、騒動の種となるだけだ」
俺から見れば、そうした周囲の状況まで配慮して、自分の進退を決められるバルドゥーイン殿下の方が、あの三人よりも遥かに頼りになるのだが……。
世の中のしがらみ、それも王位にまつわる事ともなれば、簡単には変えられないのだろう。
「なんなら、エルメール卿がエルメリーヌの婿として王家に入り、次の王となってみるか?」
「にゃ、にゃにをおっしゃるんですか! と、と、とんでもにゃいです。自分は気楽な冒険者として……」
「だろう? 国王なんて面倒な地位に座りたがる奴の気が知れぬよ。ふははは……」
高笑いするバルドゥーイン殿下の隣で、国王陛下は額に右手を当てて小さく首を横に振っている。
うん、心中お察しいたします。
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