第436話 恐れていた手紙
ダンジョンの内部の様子は、日を追うごとに変化を続けている。
新区画の発掘調査のために居住区が作られ、通路が整備され、屋台を出す人が増え、ネズミに襲われ……状況によって一時的に停滞しても、全体としては発展に動いている。
そして今度は、連絡通路と同じ階の昇降機の周辺が賑わい始めている。
こちらは、更に下の階層で増え始めている魔物の討伐を生業とする冒険者のための施設だ。
新区画の発掘調査を安全に行うためには、更に下の階層で増え始めた魔物の討伐は欠かせない。
そのため、ギルドでは魔石の買い取り価格を従来よりも引き上げる措置を行ったそうだ。
魔石は魔物の心臓の近くにある器官に出来る魔力の塊で、当然魔物を討伐しなければ取り出せない。
買い取りの価格が上昇すれば、小売りの価格にも影響が出るが、そもそも小売りの価格が上昇を続けているらしい。
その理由は、俺達が可動するアーティファクトを発見したことにあるらしい。
今後、更に様々なアーティファクトが発見されれば、現在使われている魔道具の他にも様々な魔道具が使われるようになるのは間違いない。
その時に、魔力を供給するための魔石が足りなくなるのでは……という見方が広がっているようなのだ。
その結果として、投機的に魔石を買い込む者が現れて、価格の上昇が続いているそうだ。
魔石はダンジョンにいる魔物だけが持っている訳ではなく、地上にいる魔物の体内にも蓄積されている。
ただ、ダンジョンにいる魔物の魔石の方が、同じ大きさでも含まれる魔力の量は多いそうだ。
俺がダンジョンの中で魔法を使うと威力が上がってしまうのと同じように、おそらく空気中の魔素が多いために魔物の魔石も凝縮された形になっているのだろう。
一般の魔石も値段が上がっているが、ダンジョン産の魔石は更に値段が上がっていて、結果として多くの冒険者が再びダンジョンに潜るようになったようだ。
人が集まるところには需要が生まれる。
これまでは新区画の近くに集まっていた屋台が、昇降機の近くにも出店されるようになった。
討伐を終えて、良い稼ぎがあった連中を目当てに、酒や簡単な肴を売っているようだ。
酒なんか地上に戻ってから飲めば良いのに……と思うのだが、稼ぎが良かった連中は昇降機を使って地上まで戻るので、階段で上る時のような危険はない。
気を緩めても良いならば、生きて戻ったと感じる一杯を少しでも早く飲みたいと思うそうだ。
飲食の屋台の他には、魔石の買い取りをする怪しげな業者もいるらしい。
旧王都はダンジョンの探索を行う人を増やすために、他の領地や街に比べて身元の確認が緩い。
いわゆるお尋ね者であっても、ダンジョン探索に貢献するならば目を瞑るというスタンスの街なのだ。
ただし、ギルドでは身元の確認が行われるので、正規の手続きによって魔石などの素材の買い取りはしてもらえない。
そうした連中を相手にするのが、民間の素材買取屋だ。
ギルドよりも安い価格で買い取り、転売して利鞘を稼いでいるのだが、ダンジョン内部での買取となると更に価格は安くなる。
地上まで戻って買い取り屋まで足を運べば、地下よりも高い値段で買い取ってもらえるだろうが、目の前に金貨を積まれていると目を奪われる者は少なくないようだ。
休みの順番が来たので、レイラと共に地上に戻ることになったのだが、ダンジョン内部の変化の早さには毎回驚かされている。
「なんだか新しい街が出来上がっていくみたいだ」
「実際、そうなんじゃないの。こっちは昇降機の穴を使って換気をしているから、煮炊きの制限も緩いみたいだし、いずれ本格的な店を構える者も現れると思うわ」
ギルドでは、現在一基しかない昇降機を二基に増やす計画を進めているらしい。
それと同時に、徒歩で上り下りする人のための階段通路の整備も始めたそうだ。
「ニャンゴ、地上に戻ったら空から写真を撮るのよね?」
「うん、写真を撮ってプリントして、カリサ婆ちゃんに手紙を添えて送るんだ」
「写真を撮る時は、私も一緒に行くからね」
「うん、分かってる」
レイラは楽しいもの、面白いものに、目が無いし固執する。
まだイブーロに居た頃に、隣国エストーレを飛行船で偵察して以来、空を飛ぶのが大好きになったらしい。
まぁ、今の時代には熱気球も存在していないので、俺以外では風属性の魔法使いのごく一部しか空を飛べないから、特別な行為であるのは間違いない。
見ろ、人がゴミのようだ……なんて、空から見下ろすと優越感を覚えちゃうのも確かだしね。
昇降機に乗って地上に戻り、ギルドでお金を下ろしてから拠点に戻ろうかと思ったんだけど、恐れていたものが届いていた。
「エルメール卿、お手紙を預かっております」
「あぁぁ……来たか……」
ギルドの職員が差し出した封筒は、この時代の物としては最上ランクの白い紙で作られていて金の縁取りがされていた。
真っ赤な封蝋に押されているのは王家の紋章だ。
「王様からの呼び出し?」
「たぶん……」
普通の人なら喜びのあまりに涙するのかもしれないが、一癖も二癖もある王族の素顔を見た者としては素直に喜べない。
だからといって、見なかったことになど出来ないので、覚悟を決めて封を切った。
手紙の内容は、発掘調査に忙しいであろうが、時間を見つけて状況を話しに来て欲しいというものだ。
更に要約するならば、面白い話が聞きたいから、さっさと王都まで来やがれ……ということだ。
名誉騎士という地位を得て、毎年大金貨十枚を下賜されているが、貴族としては下っ端も下っ端で、王様の命令に背けるような立場ではない。
「新王都まで行くの?」
「行かなきゃいけないけど、いきなりは抜けられないから、ライオスと相談してだね」
「どうする? 下に戻る?」
「うーん……いつまでにとは書いていないから、休日を楽しんで、カリサ婆ちゃんに手紙を出して、ライオスと相談してからにする」
「そうね、そうしましょう」
手紙を鞄にしまってギルドを出て、拠点を目指して街を歩く。
地上は日が落ちて、冷たい西風が吹いていた。
「何か、温かいものが食べたいにゃ」
「ちょっと聞き込みしてみようか」
レイラは、通りを歩いて来た二人組の若い女性に声をかけた。
「ねぇ、この辺りで温かくて美味しい食事の出来るところはない?」
「温かくて美味しい……ですか?」
声を掛けられた女性達は、レイラに抱えられている俺を怪訝な表情で眺めた後、オークのモツ鍋の店を紹介してくれた。
熱々お鍋は、猫舌には天敵のような存在だけど、やっぱり冬には欠かせないよね。
紹介された店は人気店という話だったが、まだ開店直後だったらしく待たずに座れた。
「モツ鍋を二人前、それと串焼きを適当に、飲み物はエールと……ミルクをお願いね」
「へい、かしこまりましたぁ!」
酒場のマドンナだったからではないのだろうが、注文する時のレイラは迷いが無い。
パッと注文を終えたら、寛ぎモードに移行する。
「では、今回の探索も無事に済んだことを祝して……」
「乾杯」
先に運ばれてきたエールとミルクで乾杯する。
うん、ミルクも冷えてて……うみゃ。
モツ鍋が売りの店とあって、テーブルはロの字型に切り取られていて、一段低い位置に炭を入れるコンロが置かれている。
熾した炭を載せた鉄皿をコンロに据え、その上に土鍋を据えると鍋の縁が高くならず食べやすいという訳だ。
モツ鍋の具は、オークのモツとキャベツ、舞茸のような茸で、味噌仕立てなのだが色が少々赤い。
ふつふつと煮立ってくると、立ち上ってくる湯気にはトウガラシの香りが混じっていた。
「にゃんだか辛そう……」
「ニャンゴは辛いの苦手?」
「全然駄目って訳じゃないけど、極端に辛いのは……」
「見た目だけで、あまり辛くないトウガラシもあるから大丈夫じゃない?」
「だといいけどね」
串焼きはホルモン系で、どこの部位かは良く分からないけど、コリコリだったり、ムチムチだったり、触感も味も様々で楽しめた。
「そろそろ鍋も良さそうね」
レイラがよそってくれたモツ鍋のモツから食べてみる。
「ふー……ふー……熱っ、あにゃにゃ……うみゃ! でも辛っ!」
モツは下茹でしてあるらしく、恐れていたほどではないけど結構辛い。
「モツ、トロトロでうみゃ! 辛みが旨みを引き立たせてる」
「うん、これはなかなかね」
「キャベツもシャキシャキで、うみゃ! 茸も香りがあって、うみゃ!」
評判通りの味わいに、ふーふー、うみゃうみゃ、夢中になって鍋を堪能した。
締めのうどんを鍋に入れ、煮えるのを待っていたらテーブルが暗くなった。
視線を上げると、冒険者風の体格の良い男が三人、俺達のテーブルを囲んで立っていた。
「よう、姉ちゃん。そんなニャンコロじゃなくて……なんだ?」
三十代ぐらいの狼人の男がレイラに手を伸ばして来たので、空属性魔法の壁で遮った。
「せっかく気分良く食事を楽しんでるんだから、邪魔しないでくれるかな。それは、空属性魔法で作った壁だよ」
「何ぃ……」
「よせ、止めろ。空属性魔法を使う黒猫人だぞ!」
狼人は更に突っ掛かってこようとしたが、熊人の仲間が血相を変えて止めに入った。
もう一人いた鹿人の冒険者は、店の出口近くまで移動している。
不機嫌そうな顔をしていた狼人も、熊人に耳打ちされるとガラリと表情を変えた。
「し、失礼しました。その、俺達知らなくて……」
ペコペコと頭を下げてくる二人を手を振って追い払う。
お前らなんかより、そろそろ煮えるうどんの方が大事にゃんだよ。
モツと野菜の出汁をたっぷり吸ったうどんをふーふー、うみゃうみゃするとお腹がパンパンになった。
このまま、フカフカのお布団に潜り込めたら幸せなんだろうけど、俺にはまだ仕事が残っているのだ。
拠点に戻った後、布団をフカフカに仕上げて、風呂場を掃除して、レイラを洗って、レイラに洗われて、踏み踏みしてから、ようやく眠りに就きましたとさ。
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