第437話 遊覧飛行

 ダンジョンの中は殆ど気温の変動が無いけれど、地上では秋が深まっていて、夜には冬の訪れを感じるほど冷え込むようになっていた。

 拠点のレイラの部屋には夏用の薄い布団しか無かったけれど、空属性魔法で温熱と風の魔法陣を組み合わせて暖房を入れていたので凍えずに済んだ。


 まぁ、そうでなくても俺の場合は自前の毛皮があるし、レイラにギューって抱きかかえられていたから寒さは感じなかっただろう……踏み踏み。


「ニャンゴ、今日は空から写真を撮るんでしょ?」

「うん、アツーカ村にいるカリサ婆ちゃんに手紙を添えて送るんだ」


 ダンジョンの中の様子やチャリオットのみんなとの集合写真も撮影した。

 昨晩、拠点に戻って来てからレイラとのツーショットも撮影したけど、これは婆ちゃんにお説教されそうなので送らないでおこう……踏み踏み。


 拠点には食料の買い置きも無いので、朝食は近くのカフェに食べに行ったのだが、途中で魚を焼く匂いに引き寄せられてしまった。


「レイラ、あっち! あっちからいい匂いがする」

「はいはい、ホントにニャンゴは匂いに弱いわね」


 匂いのする方へと歩いて行くと、乾物屋があった。

 カラカラに乾いた干し肉や干した茸などの他に魚の干物も売っていて、店の一角で定食も提供しているようだ。


 店を仕切っていたのは、川から鮭でも咥えてきそうな恰幅の良い熊人の女将さんだった。


「いらっしゃい、こっちで好きなのを選んでおくれ」


 定食は店に並んでいる干物から好きなものを選んで、テーブル脇に置かれた炭火で自分で炙って食べるスタイルで、焼き上がったらご飯を持ってきてくれるそうだ。


「ど、どれにしようかにゃ……」

「ニャンゴ、干物は逃げないわよ」

「だって、いっぱい種類があって目移りしちゃうよ」


 こっちではマックロ―と呼ばれている鰺の開きと、イワシの丸干しを二匹、それにイカの一夜干しも選んだ。


「朝から良く食べるわね」

「レイラはそれだけでいいの?」

「ご飯もあるなら、これで十分よ」


 レイラはカマスっぽい魚の開きだけみたいだ。

 やっぱり、魚よりも肉の方が良いのかにゃ。


 炭火のコンロに載せた焼き網に選んだ干物を並べていくと、すぐに香ばしい匂いが漂い始めた。

 旧王都へは川を使って海からの魚が送られてくるので、干物も鮮度の良い魚を使って作られているみたいだ。


 煙と共に立ち上ってくる匂いで、ぐぐぅぅぅ……っとお腹が鳴った。


「女将さん、ご飯くださーい!」

「はいよ! ちょっと待っててね」

「ニャンゴ、まだ早くない?」

「大丈夫、匂いだけでもご飯食べれる」

「はぁ……食いしん坊なんだから」


 熊人の女将さんは、ホカホカと湯気の立つごはんとスープを持ってきてくれた。


「にゃ、ラーシのスープ?」

「そうだよ。具は海藻だよ」


 ふわっと魚介系の出汁が香るラーシのスープは、前世の頃に飲んだお味噌汁そのものだ。

 少しとろみのある海藻も、磯の香りがしてワカメの味噌汁を思い出す。


「あぁ……うみゃい」


 目を閉じると、日本の朝の食卓が浮かんできます。

 寝坊した朝も、味噌汁だけは飲んでいけと母に言われたのを思い出して涙が滲んできた。


「遠い昔に飲んだ味なの?」

「うん……」


 レイラは、しみじみしている俺の様子から察したようだ。


「ニャンゴ……焦げるわよ」

「みゃっ! やばいやばい、熱ぅ!」


 味噌汁に気を取られて、イワシの丸干しが少し焦げてしまった。


「うにゅぅぅぅ……俺としたことが痛恨の失敗だ」

「真っ黒になった訳じゃないから大丈夫でしょ?」

「うん、でも最高の状態で味わいたかった」


 それでも気を取り直して、焼き上がったところで頭からかぶりつく。


「熱っ、でも、うみゃ! 丸干し、うみゃ! 塩加減が絶妙!」


 干物をうみゃうみゃ、ご飯をわしわし、味噌汁すすって、干物を引っくり返して、うみゃうみゃ、わしわし、うみゃわしわし。


「もぅ、美味しい魚を前にすると子供に戻っちゃうんだから……」

「マックローも脂が乗ってて、あみゃ、うみゃ! イカも味がギュッと濃縮して、ムチムチで、うみゃ!」


 ご飯とお味噌汁もお替りして、お腹ポンポンになるまで食べちゃった。

 うむ、余は満足にゃ。


「ニャンゴ、お腹が凄いことになってるわよ」

「く、苦しい……動けにゃい……」

「まったく、写真を撮りに行くんじゃないの?」

「ちょ、ちょっと休んでから……」

「はぁ、しょうがないわねぇ」


 レイラに重たいから抱えて行くのは嫌って言われちゃったので、空属性魔法で作ったボードに乗って拠点に戻った。

 日が当たり始めた物干し台に、布団を広げて寝転がる。


 空属性魔法でドーム状に周囲を囲えば、温室みたいにポカポカだ。

 へそ天で、空をゆっくりと流れていく雲を見上げる。


「にゃぁ……平和だにゃ……」

「ニャンゴはホント幸せそうに生きてるわよね」

「幸せそうじゃないよ、幸せなんだ。大変な頃もあったし、危ない目にも遭ったけど、親切で優しい人達に囲まれて、すっごく幸せ」

「それは、ニャンゴが頑張ったからじゃない?」

「ううん、俺だけの力じゃ、こんなには幸せになれていないよ」

「そうやって、出世しても偉ぶらないからニャンゴの周りには人が集まって来るのよ」

「そうなのかなぁ、よく分からないや……」


 お腹いっぱいで、日差しがポカポカで、これで眠るなっていうのは猫人には無理な話だ。

 レイラにちょっかい出されていたみたいだけど、グッスリ朝寝を楽しんでしまった。


 起きたら昼になっていたけど、さすがに食事に行く気にならないので、レイラと一緒に空撮に出掛けた。


「風が殆ど無いから飛行船にしよう」

「飛行船って、エストーレに流されちゃった奴?」

「うん、でもあの日は嵐だったから流されたんで、今日は大丈夫だよ」


 空属性魔法で作ったボードに二人乗りでも大丈夫だが、飛行船の方が使う魔力は少なくて済む。

 飛行船の形を作り、気室に魔法陣を使ってヘリウムガスを満たしていく。


 俺とレイラを乗せたキャビンがフワリと浮き上がったところで、ヘリウムを発生させる魔法陣を消して気室を密閉した。

 上昇、下降、前進、方向転換などは、風の魔法陣を複数使って調整する。


「どこから撮るの?」

「うーん……とりあえず、ぐるっと回ってみるよ」


 空は雲一つない快晴、風も穏やかで絶好の空撮日和だ。

 旧王都の街並みの周囲に沿って飛行船を飛ばす。


 前世の頃に見掛けた飛行船は、推進用のプロペラの音が大きかったので、近付いて来るのが分かったけど、俺の飛行船も風の魔道具の出力を上げると音が大きくなる。

 音に気付いた人に見上げられると、飛行船も空属性魔法で作ってあるからキャビンの中も丸見えなので、お尻の下には毛布を敷いている。


 これって、下から見ると空飛ぶ絨毯ならぬ、空飛ぶ毛布に見えちゃうだろうね。


「ニャンゴ、あれが大公様のお屋敷?」

「そうだよ。あっ、真上を飛ぶと怒られそうだから迂回しよう」


 南側から近付いて、大きく東に迂回すると大公殿下の屋敷の大きさが良くわかった。


「広いわねぇ」

「うん、だって元は王城だったんでしょ?」

「そうか、それじゃあ大きいのも当然ね。でも新王都の王城とどっちが大きいの?」

「新王都の王城は空から見た事が無いから分からないけど、城の敷地に牧場があるぐらい広かったよ」

「えっ、牧場?」

「そうだよ、籠城することになったら、城の敷地内だけで食糧を確保するためって聞いた」

「なるほど、そういう意味があるのね」


 大公殿下の屋敷にも、敷地の端の方に牧場があった。

 モコモコの羊が、のんびりと草を食んでいる様子を撮影した。


 静止画を撮りながら思ったのは、空属性魔法の飛行船は動画の撮影の方が向いていそうだ。

 それと、このスマホと空属性魔法を組み合わせて使えば、軍事的な偵察も出来る。


 遥か上空から撮影すれば、気付かれずに敵の規模とか配置とかを手に取るように知ることができる。

 まぁ、今はダンジョンの発掘に専念したいし、どこの国とも戦争なんてする気はない。


 大公殿下の屋敷の北側を回って、ダンジョン側の区画に戻ってきた。

 碁盤の目のように整理された東側と違って、ダンジョンを中心として同心円状に広がる西側はゴチャゴチャしている。


 上から眺めてみても、細い路地は迷路のようだ。


「うわぁ、こっちは凄い入り組んでるのね」

「あんな細い路地に入り込んだら、絶対に迷子になるよ」

「でも、ニャンゴなら空に上がれば大丈夫でしょ?」

「まぁね。でも、それじゃあ戻って来られても、目的地に着けないかもよ」

「そんな所に行く事なんて無いんじゃない?」

「だといいけどね」


 ゴチャゴチャに入り組んだ街並みも、何枚か撮影してみた。

 街並みを北側から横切り、西側を回って南側を目指す。


「あっ、ここがいいかも」


 旧王都の南西上空から眺めると、ゴチャゴチャの街並みの向こうに、広大な大公殿下の屋敷が見えた。

 縦と横、構図を変えながら何枚もシャッターを切る。


 使わなかった写真は消せばいいし、一番良いのを選んで印刷しよう。


「どうだった、旧王都の遊覧飛行は」

「うん、普通じゃ見れない景色が面白かったわ」

「じゃあ、ちょっと遅くなったけどお昼ご飯にしようか」

「うーん……軽くお茶して、買い出しを済ませて、夜にガツンと食べない?」

「うん、それでいいよ。じゃあ、夜は……」

「もちろん、お肉よ」


 それでは、肉食系のお姉様を満足させるお店を探しに行こうかね。

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