第435話 レンボルトの推測

※ 今回はレンボルト先生目線の話になります。


 エルメール卿がディスクと呼んでいる円盤、円盤の記録を取り出す再生機、記録映像を映し出すモニターと呼ばれる映写板、そして魔力を充填する充魔力器。

 私はそれらの品物と共に地上の学院に戻り、円盤に記録された内容を研究するための環境整備を行うこととなった。


 正直に言えば、どのようにして映像を記録し、どのようにして再生しているのかを調べたいのだが、技術格差が大きすぎるから今は無理だとエルメール卿から言われてしまった。

 確かに、その指摘は正しいと思う。


 情報が記録された円盤を眺めても、同心円状の溝らしきものが刻まれているが、目を凝らしてようやく溝が刻まれているのが分かるだけで、原理は全く分からない。

 原理は全く分からないのだが、この小さな薄い円盤の中には膨大な情報が収納されているのは確かなのだ。


 エルメール卿の手によって再生された映像は、調査隊全員を驚愕させた。

 まるで、映写板の中に人が入っているかのように、あるいは映写板という窓から違う世界を覗いているかのように、鮮明な絵と音を目の当たりにさせられた。


 エルメール卿曰く、円盤には沢山の種類があって、文化、芸術、娯楽、教育、記録など、当時の生活や技術を知る手掛かりが詰まっているらしい。

 まずは、円盤の中身を研究し、ある程度の知識を身に付けてからでないと、映写板や再生機などの再現は難しいようだ。


 そうした現状を調査隊を代表して、ユゴー学院長に報告した。

 エルメール卿に教わった手順に従って、映写板と再生機を使って円盤の中身を再生すると、ユゴー学院長も同席していたクブルッチ教授も言葉を失っていた。


「なんという鮮明さだ……」

「学院長、この中に人が入っているかのようですよ」


 百科事典も記録としては重要だが、動く絵の方が遥かに衝撃が大きい。

 当然、円盤の中身を研究する部署が作られることになり、私はその主任を務めることになった。


 本来、新王都の学院に所属している私に対する任命権は旧王都の学院長には無いのだが、今は縄張り争いなどをやっている場合ではない。

 研究が一日遅れれば、シュレンドル王国の発展が一日遅れるのだ。


 この歴史的な発見に立ち会った者には、全力で取り組む義務があるように感じている。


「それにしても……レンボルト君、エルメール卿とは何者なのかね?」


 ユゴー学院長の疑問は当然だと思うが、それを私に聞かれても困る。


「さぁ、何者なのでしょうね」

「レンボルト君は、エルメール卿との付き合いは長いのではないのかね?」

「長いと言っても一年程度ですよ」

「初めて会った時から、あんな感じだってのかね?」

「そうですねぇ……変わった発想の持ち主でしたが、当時は田舎の少年という感じでしたよ」


 空属性魔法で空気を魔法陣の形に固めて、刻印魔法を使っていると聞いてリクエストを出した経緯を語って聞かせた。


「中空構造の魔法陣を重ねて組み合わせて、従来に無かった効果を生み出す……なるほど、我々には無かった発想だな」

「ですが、当時のエルメール卿は知っている魔法陣は三つか四つだけでしたし、ダンジョンに関して詳しい知識を持っているようには見えませんでした」

「ふむ……では、一体どこからアーティファクトに関する知識を手に入れたのだろう?」

「それは私にも分かりませんが、明らかに知っていた……いや、使ったことがあるように見えました」


 エルメール卿がアーティファクト同士を連携させる手順を観察していたのだが、画面に表示される文字を読めるのではないかと思うほど、迷いなく作業を進めていた。

 連携が上手くいった時の喜び方を見ると、当て推量で作業を進めていたようにも見えるが、それにしても我々が持ちえない知識があるのは間違いない。


 映写板や再生機だけでなく、洗濯機や冷蔵庫など我々の使っているものとは形が異なる先史時代の魔道具であっても、どのような用途であるか正確に見分けていた。

 まるで、その時代に暮らしていたかのように。


「まさか、先史時代から時間の壁を飛び越えで現代に現れたとか……」

「いいえ、その可能性は低いかと」

「どうしてかね?」

「まだ全てを確認した訳ではありませんが、この時代には尻尾を持つ獣人の姿がありません」


 映写板に映し出されているエルメール卿がアイドルと呼んでいた少女達の中には、頭頂部付近に耳や角を持つ者、長短に関わらず尾を持つ者は一人もいない。

 これまでに発見されている写真集に写っている人物も同様だと伝えると、ユゴー学院長とクブルッチ教授は映写板を確認した後で頷きあっていた。


「この時代の者でないとすると、いったい何者なのかね?」

「生まれ変わり……もしくは、女神ファティマ様の御使い……」


 自分で口にしても荒唐無稽な話だとは思うが、そうでもなければエルメール卿の行動は説明できない。


「本人は何と言っているのかね?」

「情報源は冒険者の秘密だそうです」

「そう言われてしまっては、我々では追及できないな」


 初めて出会った時には少し風変りな田舎の少年だったが、今では王族が手許に置きたがる名誉騎士様だ。

 本人は畏まった接し方を好まないから忘れがちになるが、れっきとした貴族様なのだ。


「エルメール卿の出自は気になりますが、我々に対して協力的なのは間違いありませんし、彼の知識を失うのは研究にとって大きな痛手となります。今は先に進むことを考えましょう」

「そうだな、その通りだ。まずは、発掘調査と研究だ」

「そのためには、魔力の供給体制を整える必要があると考えます」


 殆どのアーティファクトは魔力によって動き、その中でも今回揃えた映写板と再生機は、どうにか魔力の充填が可能な物であると説明した。


「ですがエルメール卿がおっしゃるには、魔力の供給さえ可能になれば、もっと大きな映写板を使い、もっと迫力のある音で映像を楽しめるそうです」


 建物二の倉庫で発見されている大型の映写板の大きさを伝えると、学院長もクブルッチ教授も身を乗り出すように興味を示した。


「では、この時代には魔導線を通して膨大な魔力が供給されていたのだな?」

「そういう事になりますね。どこで、どのような方法で魔力が取り出されていたのか分かりませんが、その鍵もエルメール卿が握っていらっしゃるのかもしれませんね」

「エルメール卿が? どうしてだね?」


 首を傾げた学院長の隣で、クブルッチ教授がポンっと手を叩いた。


「そうか、空属性魔法か」

「そうです、空属性魔法こそが魔力供給の鍵になると私は考えています」


 我々が魔法を使う時には、自分の体内にある魔力か魔物から取り出した魔石に含まれている魔力を使うしかないが、エルメール卿だけは例外だ。

 空気中に漂っている魔素を集めて、刻印魔法を発動させている。


 そのため、自身に魔力回復の魔法陣を発動させれば、魔力切れを考えることなく魔法を使い続けられるらしい。

 魔法として消費され、空気中に漂っている魔素を集めて回収する。


 どんな手順を踏めば魔素を魔力に還元できるのか分からないが、空属性魔法で刻印魔法を発動させる原理こそが、大量の魔力を供給する仕組みの鍵を握っていると睨んでいる。


「なるほど、空気中の魔素を活用する方法が分かれば、水や地中に含まれている魔素を回収する方法も見つかるかもしれんな」

「はい、学院長のおっしゃる通り、空気中の魔素以外のものを使っている可能性もありますし、あるいはそちらの方が効率良く回収できるのかもしれません。ただ、我々が一番参考にしやすいのはエルメール卿の魔法の使い方だと思います」

「そうだな、今後アーティファクトの研究が進み、再現、普及となれば魔力の供給は必ず問題となるだろう。そちらの研究も進めさせることにしよう」


 アーティファクトに関する研究には、学院関係者だけでなく魔道具商会にも協力を求めるらしい。

 魔道具商会としても、これまで発見されていなかった実動するアーティファクトが見つかったことで、新しい技術をいち早く取り入れようという思いがあるようだ。


 ただし、学院での研究成果に関しては、基礎となる技術を特定の商会が独占するようなことが起こらないように、一般にも広く公開されるらしい。

 魔道具商会は公開された技術を基にして、いかに独自の工夫を加えられるかを競うことになる。


 それでも、これまでに考えられなかった技術が、これから山のように出てくるはずだから、魔道具は一気に十年、二十年分ぐらいの進化を遂げるだろう。

 エルメール卿から中空構造の魔法陣を組み合わせるアイデアを聞いた時には、とんでもない技術革新が起こると興奮したものだ。


 まさか一年ほどで、そのアイデアも霞んでしまうほどの発見がなされるとは思ってもいなかった。

 エルメール卿の行くところに新発見あり……やはり女神ファティマ様の御使いなのかもしれない。

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