第418話 次なる建物

 お掃除ニャンゴ、フルパワーで書店スペースの掃除を終え、いよいよ隣りの建物の先行調査に取り掛かることになった。

 これまで発掘を続けてきたショッピングモールを建物一、これから調査を始める家電量販店を建物二と呼称することになった。


 俺が建物二で行う先行調査には、新王都からの調査チームが同行する。

 特に調査が必要な部分を把握し、その後の本調査の予定を構築するためだ。


 建物一の入り口に作ったベースキャンプで、出発前の顔合わせをする。

 俺とレイラのコンビに同行するのは、教授と准教授、それに護衛の三名で、そのうちの准教授はレンボルト先生だった。


「よろしくお願いします、エルメール卿。いやぁ、楽しみですねぇ……どんなアーティファクトが眠っているのやら、それを自分の目で……」

「レンボルト、まだ顔合わせの挨拶も済んでいないのだ、控えろ!」

「す、すみません、教授」


 いつものごとく暴走しかけたレンボルト先生を止めたのは、いかめしい顔つきのヤギ人の教授だ。

 年齢は四十代後半ぐらい、レンボルト先生の上司のようだ。


「改めまして、新王都学院の教授でケスリングと申します。レンボルトはご存じだそうなので、こちらの護衛はハウゾと申します」

「ニャンゴ・エルメールです、よろしくお願いします。こちらはパーティーの仲間のレイラです」


 ハウゾは二十代後半ぐらいのヒョウ人の男性で、風属性の槍使いだそうだ。

 学院に雇われるだけあって、普通の冒険者よりは騎士に近いキッチリした服装をしている。


「では、行きましょう」

「その前に、一つ聞いてもいいですか?」


 質問を要求したのは、護衛のハウゾだった。


「なんでしょう?」

「その宙に浮いている明かりは、エルメール卿が魔法で作っていらっしゃるのですよね?」

「そうです。俺が空属性魔法で作っています」

「ずっと魔法を使い続けて、大丈夫なんですか?」

「光っているのは空気中に含まれる魔素によるもので、俺がやっているのは魔法陣の維持だけなので、さほど魔力は使っていません。それと、魔力回復の魔法陣も使ってますから問題ありませんよ」

「マジっすか……魔砲使いと称される攻撃魔法も際限なく使えるんですか?」

「魔法を使い続けると疲労が蓄積するので、際限なく使い続けるのは不可能ですが、魔力切れの心配は殆どありません」

「そりゃあ名誉騎士に叙任される訳ですね」


 ハウゾが納得したようなので付け足さなかったが、名誉騎士に叙任された時には、まだ魔力回復の魔法陣は使えなかったんだよね。

 つまり、あの頃よりもパワーアップしてる。


 ベースキャンプを出て、建物二へ向かう廊下に明かりの魔法陣を灯すと、ハウゾが半分呆れたような調子で声を上げた。


「はぁ……こんなに明るいんじゃ、俺の探知とか必要ありませんね」

「いいえ、ヨロイムカデやフキヤグモは天井や壁、物陰に潜んでいますから、注意は怠らないで下さい」

「了解です」


 俺も探索を始めると、つい夢中になってしまうから偉そうなことは言えないけど、護衛に気を抜かれたら意味がない。

 建物一を通り抜け、トンネルを抜けて建物二の入口に辿り着いた。


「おぉぉ、これは凄い……」

「これ全部がアーティファクトなのか……」


 入り口を潜って内部に明かりを灯すと、ケスリング教授達は言葉を失っていた。

 ハウゾに周囲の安全を確認してもらった後で、大小様々な大きさのモニターが並ぶ展示台へと近付いた。


「ここに置かれているアーティファクトは、以前お見せしたアーティファクトの表示部分を大きくしたものです」

「ここに、あの動く絵が表示されるのですか?」


 実物を見ても、実際に映像は表示されないので、ケスリング教授は信じられないようだ。


「このガラスの内側が表示部分、それと、この基板が映像を制御する部分です」


 劣化によってガラスを支えきれなくなり、崩壊したモニターを使って内部構造を説明する。


「魔導線が二本繋がっていますが、一本が動力、もう一本は恐らく映像の情報を受信するためのものだと思われます」


 改めて実物をチェックすると、電源ならぬ魔力源となる魔導線の他に、複数の魔導線が束ねられたものが刺さっている。

 おそらく、外部入力のコードなのだろう。


「それでは、保存状態の良い品物が見つかっても、これだけでは絵を見られないのですか?」

「さすがは教授ですね。おっしゃる通りだと思います」

「魔力と情報ですか……」

「こちらの太い単線が魔力だと思いますが、どの程度の強さが流れていたのかが分かりません。そして、情報線の方ですが、建物一の七階で情報を記録してあると思われる記録媒体が見つかっています」

「では、それを使えば……」

「まぁまぁ、ちょっと待って下さい」


 いつものごとく前のめりで迫ってくるレンボルト先生を、両手を上げて制した。


「残念ながら、建物一で見つかった記録媒体には固定化の魔法陣が付けられていなかったので、劣化が進んで見るからに使えない状態です。それと、映像を再生する道具も必要になります」

「そんなに必要とは……」


 ガックリと肩を落としたレンボルト先生の傍らで、ケスリング教授は顎に手を当てて考えをまとめているようだ。


「エルメール卿」

「何でしょう」

「このアーティファクトが本来の力を発揮するには、本体を動かす魔力、映像の情報が入った記録媒体、それを再生できる道具の四つが必要なのですね?」

「はい、その通りです」


 ケスリング教授も少々前のめりにモニターの様子を確かめているが、レンボルト先生よりは落ち着いていそうだ。


「エルメール卿がお持ちのアーティファクトは、なぜ単体で映像を見れるのですか?」

「それは、アーティファクトとしての性質が異なっているからです」

「性質が異なる?」

「はい、俺が持っているアーティファクトは、本来の役目は通信機だったと思われます」

「通信機……ですか?」

「はい、離れた場所にいる誰かと、音声や映像のやり取りをするための物でしょう」

「そんなことが、本当に出来るのですか?」

「アーティファクトだけでなく、大掛かりな設備が必要になるとは思いますが……」


 スマホが本来の通信機能を発揮するには、基地局とかサーバーとか巨大な設備が必要になる。

 モニターに映像を表示するどころの話ではないが、それを説明するのも面倒なので、いずれ百科事典でも解読して理解してもらおう。


 建物二の一階は、モニターなどの映像機器の他に、スマホ本体とアクセサリーの売り場となっていた。

 建物一の携帯ショップは、こちらとは通信会社が異なっていたのかもしれない。


「これは、エルメール卿がお持ちのアーティファクトと同じものですか?」

「微妙に形が違いますから、性能の異なるものが何種類も売られていたのだと思います」

「可動品は見つかるでしょうか?」

「おそらく、あのカウンターの裏側でしょう」


 ハウゾに安全を確認してもらってから、カウンター裏のスペースへ入ると中は建物一の携帯ショップとよく似た作りになっていた。


「これがアーティファクトの入っている箱です」

「これが……」

「レンボルト、不用意に触れるな」

「す、すみません、教授」


 ケスリング教授の様子を見ても、レンボルト先生の暴走ぶりは新王都に行っても健在だったようだ。

 ただ、ケスリング教授も手にしたランタンを近づけて、棚の箱を色々な方向から眺めようとしている。


 少し年齢を重ねている分だけ自制できているだけで、根っこの部分は変わらないのだろう。


「説明するのに、一つ出しましょう」


 箱を一つ棚から出して、虫に食われてボロボロになった外箱を払った。


「この魔法陣が固定化、もしくは状態維持のための魔法陣だと思われます」

「箱の素材も変わったものが使われているようですね」


 内箱は、いわゆる発泡スチロールだが、まだ外の世界では使われていない。


「触ると柔らかいので、運搬する時の衝撃を和らげるための素材なのでしょうね」

「なるほど……一体何で作られているのでしょうね」

「さぁ、それは皆さんで調べてみて下さい……楽しみながら」


 石油からですよ……と言っても通用しないと思うので、とぼけておこう。


「エルメール卿、こ、こ、これは凄いですよ!」

「どうされました、レンボルト先生」

「魔法陣だけで、勝手に発動しているということですよね?」

「えっ……あぁ!」


 レンボルト先生に言われて気付いたたが、固定化の魔法陣には動力源となる魔石は貼り付けられていない。

 勿論、誰かが触れて魔力を流している訳でもないのに、魔法陣として効果を発揮しているのだ。


「空気中の魔素を使っているんですかね?」

「おそらくそうでしょう、教授」

「うむ、これは魔法陣を形作っている物質に秘密があるのだろうな」


 ケスリング教授とレンボルト先生が見やすいように、明かりの魔道具を増やして照らすと、固定化の魔法陣はホログラムのように虹色の輝きをみせた。


「これは……オリハルコンかもしれん」

「ですが教授、オリハルコンは加工が非常に難しいと聞きます。こんな紙のように薄く加工できるものなんですか?」

「今の技術では、おそらく不可能だろう」


 オリハルコンは、まだイブーロにいた頃に、隣国エストーレが採掘していると言われていた希少金属で、属性魔法の触媒になる物質だと聞いた。

 現代では金よりも貴重で、一般人の目に触れることは殆どないと言われているが、この時代にはもう少し手頃だったのかもしれない。


 ただし、全ての商品に使われていない所を見ると、当時も高価な金属だったのだろう。


「ケスリング教授、幸いサンプルは豊富に残っているみたいですから、新王都に戻ってからジックリと研究してみて下さい」

「そうですね、そうさせてもらいましょう」


 スマホの箱を棚に戻し、一階の別の倉庫を目指して移動することにした。

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