第417話 セル✕フォー?
※ 今回はセルージョ目線の話です。
「なんだよ、雨か」
「どうするんだ、セルージョ」
「とりあえず、ロッカーまで走るぞ」
休暇の順番が回ってきたから、フォークスと一緒に地上に上がると、外は本降りの雨だった。
ダンジョンに潜っている間に季節は進み、雨が降っているせいで肌寒いと感じる程の気温だ。
この降りの下を拠点まで走ったら、間違いなくズブ濡れになる。
かと言って、待っていれば止みそうな降りでもない。
「いくぞ、フォークス」
「うわっ、ちょ……」
ギルドのロッカーまで走るのに、フォークスを腕で抱え込んだ。
「抱えるのは安定しねぇな。よし、おぶされ」
「いや、自分で走るよ」
「身体強化も使って走るから、待ってらんねぇ。ほれ……」
「わ、分かった」
猫人のフォークスは、もう成人として扱われる年齢だが、他種族の子供程度の重さしかない。
「しっかり掴まってろよ」
「お、おぅ……ふにゃぁぁぁ!」
身体強化魔法を発動して、ダンジョンの入り口から階段を駆け上がり、すぐ目の前のギルドの敷地へと駆け込んだ。
そのままロッカーの入った建物へと駆け込む。
「おっ、下からか? セルージョ」
「あぁ、降ってるなんて思わなくてな」
ロッカーに駆け込むと、管理人のブルゴスが声を掛けて来た。
「ていうか、雨の備えなんて忘れてたぜ」
「ふははは、長くダンジョンに潜っている連中でも、ちょいちょい忘れるからな」
「ほぉ、そういうもんかい?」
「あぁ、何日も先の天気なんか誰にも分かりはしないからな。晴天が続いていると、次に上がってくる時も晴れてると思い込んで、雨の支度を忘れて潜っちまうもんだ」
「なるほどなぁ。ロッカーのカギを頼むぜ、上手くすればローブがあるかもしれないからな」
「はいよ……」
ブルゴスから鍵を受け取って、チャリオットが借りているロッカーへと向かう。
一般の冒険者は、金を払ってロッカーを借りるそうだが、Aランクの冒険者がいる場合は無料になる。
うちはニャンゴがAランクだから金を払う必要は無いのだが、これだけの発見をしているのだから、あと二、三部屋無料でも良いぐらいだ。
もっとも、そんなに入れておく品物も無いけどな。
鍵を開けて、明かりの魔道具を灯し、ロッカーの内部を見回す。
自分のローブを持ってきたかどうかも忘れているが、誰かしらのローブはあるだろう。
「さてと、俺の荷物はどこに置いたっけな……どうした、フォークス」
「いや、失敗したと思って」
「なにが失敗なんだ?」
「お布団をこっちに持って来ちゃったからさ……」
「あぁ、なるほど……」
ニャンゴ、フォークス兄弟の布団に対する執着は、俺らから見るとちょっと度を越している。
二人が使っている布団は、他種族の子供用サイズだ。
拠点に置きっぱなしにしても盗まれないだろうし、盗まれたとしても大した値段ではないはずだが、ダンジョンに潜る時には必ずロッカーに預けている。
前回、地上に上がってきた時も、フォークスは満面の笑みを浮かべて布団を引き取って拠点まで戻り、翌日は嬉しそうに日に当てて干していた。
だが今日は、外は土砂降りの雨だから布団を濡らさずに持ち帰るのは難しい。
ニャンゴが一緒ならば、雨など全く無視出来るが、俺やフォークスではあんな器用な真似は出来ない。
「まぁ、今回は諦めるんだな」
「うん、この雨に濡らしたら駄目になっちゃうからな……」
「シューレかレイラの布団でも借りておけ」
「うん……」
仕方がないと諦めつつも、フォークスの尻尾はヘニャっと垂れ下がっている。
まったく、世話の焼ける兄弟だ。
「フォークス、一度拠点に戻って汗を流したら、美味い魚を食いにいくぞ」
「魚! 今夜は魚か……」
夕食が魚と聞いただけで、フォークスは上機嫌で尻尾を揺らしている。
俺からみれば、まだまだお子ちゃまだ。
荷物の奥に仕舞い込んであった雨用のローブを引っ張り出し、明かりを消してロッカーを出る。
鍵を掛けたのを確認して、フォークスと一緒に受付に戻った。
「おっ、運良く仕舞い込んでおいたみたいだな」
「あぁ、日頃の行いが良いからな」
「そいつはどうだかなぁ……」
「いやいや、行いが良いのはフォークスで、俺はついでだ」
「ふははは、なるほどな。まぁ、折角の休みだ、ゆっくりしてくれ」
「あぁ、そうだ。この辺で、魚が美味くて、酒が飲めて、いい女と仲良くなれる店はどこだい?」
「随分と注文が多いな、そうだなぁ……」
ブルゴスから何軒か店を紹介してもらってから、ギルドで金を下ろして拠点に向かう。
ギルドの受付も、俺達に対しては下にも置かない対応だ。
発掘品の量が減り続けて、このままでは衰退の一途を辿るしかなかったところを、新区画、実動するアーティファクトの発見で一気に状況を引っくり返したのだ。
ニャンゴは文字通りの救世主であり、所属するチャリオットに対しても無礼な扱いなど出来るはずがないのだ。
だが、ニャンゴもそうだが、フォークスも舞い上がる素振りを見せない。
下ろした金とギルドカードを受け取ると、受付嬢にペコペコと頭を下げて礼を言っていた。
本人は気付いていないようだが、ギルドにおけるフォークスの株も上がり続けている。
弟は王族の覚えもめでたい名誉騎士ともなれば、平民相手ならふんぞり返ったっておかしくないし、それも許される。
にも関わらず、金を下ろす手続きをしてくれただけの受付嬢にまで、ペコペコと礼を言うのだから、好感を持たれない訳がない。
そのフォークスの振る舞いが、またニャンゴの株を上げるのだから、少々世話が焼けるが邪険に扱う訳にもいかない。
拠点に戻ると、フォークスはそそくさと風呂の支度を始める。
ニャンゴの影響だろうが、こんなに風呂好きの猫人も珍しい。
一度、どうしてそんなに風呂が好きなんだと聞いてみたことがある。
風呂から出て、ふわふわに毛を乾かして、ふかふかの布団で眠るのが至高の喜びだからだそうだ。
風呂に入って着替えたら、フォークスを抱えて、ローブを着込んで拠点を出た。
ブルゴスに教わった店は、この雨のせいかガラガラだった。
「いらっしゃいませ、お一人様ですか?」
「いや、二人だ」
「ど、どうも……」
「お好きな席にどうぞ!」
羊人の女性店員は、二十代半ばぐらいでなかなかのスタイルだが、お触りが許されるような店の雰囲気ではない。
残念だが、まずは腹を満たすことにしよう。
店には大きな水槽が置かれていて、中で泳いでいる魚は食材のようだ。
「なんになさいますか?」
「今日のお薦めは?」
「今日は活きの良いピケが入ってます。シンプルに塩焼きがお薦めですね」
「おぅ、じゃあ、そいつを二人前、それに合う酒はあるかい?」
「ピケなら米の酒がお薦めです」
「じゃあ、そいつと……フォークスは何を飲む?」
「俺はミルクで……」
「はい、かしこまりました!」
俺が厨房に戻っていく店員の肉付きの良い尻に視線を奪われている時に、フォークスは水槽を泳ぐ魚に目を奪われていた。
「セルージョ、見て。底に平べったい魚がいる」
「おぅ、マハターテの市場でも見かけたな。白身で美味いらしいぞ」
「ニャンゴと来れたら頼んでみるかなぁ……」
これもニャンゴの影響だろうが、フォークスも美味い魚に目が無い。
基本的に、何でも美味そうに食うのだが、やはり鮮度の良い魚が好みのようだ。
「お待たせしました。ピケの塩焼きです。こちらの果実を絞ってお召し上がりください」
ピケはナイフみたいに細長い魚で、串焼きにされ、皮が弾けた所では脂がプチプチと音を立てていた。
「さて、食うか」
「うん……熱ぅ!」
「慌てなくても逃げやしねぇよ」
「ふー、ふー、ふー……うんみゃ! ピケの塩焼き、うみゃ!」
「そいつは絞らなくてもいいのか?」
「うん、半分食べてからにする。ふー、ふー……うみゃ!」
店員にくすくす笑われているのにも気付かないほど、フォークスはピケの塩焼きに夢中だ。
だが、夢中になるのも無理はない。
串に刺して、塩を振って焼いただけで調理法はいたってシンプルだが、だからこそ素材の美味さがダイレクトに感じられる。
塩味だけでも十分に美味いが、酸味の強い果汁を掛けると、脂が中和されて後味がスッキリする。
そこに、米の酒をクイっ……。
ぶどう酒ともエールとも違う、果実のような香りとほのかに甘い口当たりが、ピケの塩焼きを一層引き立てる。
「美味いな……うん、魚には米の酒だな」
「そうなのか?」
「飲んでみるか?」
「ちょっとだけ……」
カップを手渡すと、フォークスは鼻をヒクヒクさせた後で、チビリと酒を口に含んだ。
「うみゃいな、俺は酒は苦手だけど、この酒はうみゃい」
「よぅ、酒を一つ追加だ!」
「いや、いいよ。そんなに飲めないから」
「余った分は俺が飲むから心配すんな。たまには付き合え」
「わ、分かった……」
追加の酒が来たところで、フォークスとカップを合わせる。
「探索の無事を祈って」
「あ、新たな発見を祈って……」
フォークスは、チビリチビリと酒を口にしながら、ピケの塩焼きを夢中になって食べていた。
「ピケの塩焼き、うみゃいな……でも、焼き方はニャンゴの方がうみゃいな」
「婆さん直伝の塩が美味いんじゃないのか?」
「それもあるけど、ニャンゴの焼き方だよ。遠火でジックリ、魔道具をいくつも使って焼き上げるからうみゃいんだ」
「そうなのか」
「そうだよ……俺の自慢の弟だからにゃ」
川エビの素揚げ、根魚の煮つけなどを追加して、ゆっくり酒を飲む。
いつしか話題はニャンゴ一色のフォークスの自慢話になった。
ただし、ちょっと前なら、ニャンゴの自慢話に自分を卑下するような言葉が続いていたが、今日はもっと魔法が上手くなりたいとか、棒術が上手くなりたいとか、前向きな言葉が続くようになった。
まだ、フラフラ頼りないけれど、前を向いて歩こうとしているようだ。
「にゃは、セルージョ……にゃんだか、ふわふわするぞ……」
「そりゃあ、酒飲んだら酔っぱらうからな」
「そうか、酔っぱらったのか……にゃんだか気持ちいいにゃ……」
結局、カップ半分飲んだところで、フォークスはテーブルに突っ伏してしまった。
勘定を済ませ、寝落ちしたフォークスを抱えて店を出ると、いつの間にか雨は上がっていたが、首を竦めたくなるような冷たい風が吹いていた。
雨は止んだが、風除けのためにローブを羽織る。
なるほど、確かに抱えたフォークスはポカポカと暖かい。
野郎同士で抱き合う趣味は無いけれど、今夜はシューレお薦めの抱き枕ってのを試してみるかね。
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