第416話 落盤後の対応

 俺達が発見した、ダンジョンの対岸の街は新区画と呼ばれるようになっていた。

 これまで発見されなかった区画には、俺が可動するアーティファクトを見つけたことで過剰ともいえる期待が掛けられて来た。


 実際、俺達が掘り当てたショッピングモールと思われる建物からは、次々と新しい発見がなされ、多くの貴重な発掘品が地上へと運ばれた。

 これまでも、ダンジョンからの発掘品は好事家達の間で高値で取り引きされてきたが、今回発見された品物は類を見ないほど状態の良い物や希少価値のある物だった。


 さらには、俺達が調査している建物の他にも、街が丸ごと埋まっていると推測され、ダンジョンが発見された時に匹敵する大発見だと言われている。

 そうした加熱気味の状況だったからこそ、ギルドは落盤事故を恐れ、冒険者の統制に努めてきたようだが、欲に目が眩んだ人間の行動を甘く見てしまったようだ。


 落盤事故の原因は杜撰な発掘作業だと思われるが、それが起こったのには理由があった。

 ダンジョンでの発掘作業と新区画での発掘作業は、似てはいるが全く違う作業だったからだ。


 ダンジョン側での発掘作業とは、元々柱や床、天井などが存在する場所に外部から入った土を取り除いたり、破損した階段を補修しながら進むといった作業だった。

 そのため、上の階に大量の土が入り込んでいるような場所を除けば、殆ど落盤の危険性はなかったのだ。


 ところが、新区画の発掘作業とは、柱も天井もない土の層を掘り進む作業なので、これまでの調子で発掘作業を行えば、落盤事故になるのも当然なのだ。

 そして、兄貴の予想した通り、救助作業は難航している。


 強度不足の通路で落盤が起こった後、その上部でも落盤が起こり、更にもう一度落盤が起こったようだ。

 再度の落盤事故を防ぐため土属性魔法で硬化させようにも、崩れていない天井部分は遥か上になっているために魔法が届かない。


 救出作業を進めようにも、二次遭難の可能性があるため、思うように人手が集まっていないようだ。

 同じ旧王都のギルドに所属する冒険者だから、救出に手を貸したいのは山々なのだろうが、それは二次遭難の危険が無い場合に限る。


 掘るだけでボロボロと崩れてくる状況で、更にはドカっと大きく崩れる危険を孕んでいるとあって、みんな二の足を踏んでしまっているようだ。

 それに、そもそも冒険者の活動には危険が付きもので、その危険をいかに回避するかが腕の見せ所だ。


 欲に目が眩んで、自らが原因を作って生き埋めになった連中には、同情はしても命を張って救助する義理は無いという訳だ。

 実際、救助どころか遺体が掘り出された冒険者も、落盤の境い目から五メートルも離れていない場所に埋まっていた一人だけだ。


 現状、生存している可能性があるのは、既に建物に到達して内部に入っているか、落盤後に建物まで到達できた者に限られるだろう。

 そこでギルドの考えた作戦は、通りの中央部分は落盤の恐れがあるので放棄して、建物に沿った道路の端の部分に頑丈な通路を掘削する方法だった。


 一番端の部分ならば、落盤の影響を受けにくいし、建物の発掘という本来の目的も果たせる。

 別の見方をすると、道路の中央部分で落盤に巻き込まれた者達は、事実上諦めるという決定でもある。


「まぁ、仕方ねぇだろう。落盤のリスクは最初から想定されていたのに、対応を怠った連中が悪いんだよ」


 チャリオットも建物の発掘調査の補助に戻り、俺はお掃除ニャンゴに復帰している。

 周囲の警戒をしてくれているセルージョに言わせると、落盤に遭った連中が悪いらしい。


「でも、手前の建物を発掘している連中が杜撰で、奥にいた人達は巻き込まれただけかもしれないじゃん」

「そんな訳ねぇよ。通路が一本崩れた程度で、あんな地響きがするような崩落にはなんねぇだろう。あれだけの規模の崩落が起こるってことは、全体が杜撰だったってことだ」


 今回の落盤事故では、三十人を超える冒険者が行方不明になっているらしい。

 この数字は、新区画で活動していたとギルドが把握している人数で、実際にはもっと多い可能性もある。


「救出を諦めた代わりって訳じゃねぇんだろうが、もうどうやって発掘を継続するか話がまとまったらしいぞ」

「今度はギルド主導になるの?」

「そうだ。また落盤事故を起こす訳にもいかねぇし、だからと言ってお宝をいつまでも眠らせておく訳にもいかないからな」

「建物の権利とかは、どうなるんだろう?」

「くじ引きらしい」

「えぇぇ……冗談だよね?」

「それが冗談じゃないらしいぞ。ニャンゴが提供した地図を元にして建物に番号を振り、どこのパーティーがどこの建物の権利者から決めるらしい」

「個人での参加は認められないの?」

「あぁ、参加できるのはパーティーのみで、それも落盤事故の前に登録を終えているバーティーに限られるそうだ」


 個人での参加を認めてしまうと、みんな個人での参加登録をするようになり、一つのパーティーが複数の建物の権利を手に入れる可能性があるからだ。

 同様に、新たに登録したパーティーの参加を認めると、権利を得るためにパーティーを分割する連中が現れるかもしれないからだ。


 俺の地図を基にして、建物の権利を先に確定し、そこまでの通路をギルド管理の下に掘削させるらしい。


「お宝を手に入れたければ掘削を手伝え、作業をしないパーティーの権利は剥奪する……ってことらしいぞ」

「もう二度と落盤事故は起こせないだろうし、ギルドとしても必死なんだろうね」


 俺達が発掘している建物からも、ガラス食器や鏡などの品物は学術資料として調査する分を除いて、市場に出回り始めているらしい。

 だが、ギルドとしては、もっと多くの発掘品を市場に流して、旧王都の経済を活性化させたいようだ。


 そのためにも、学術調査が入らない側の建物から、どんどん発掘品を市場に出回らせたいのだろう。


「まぁ、むこうはむこう、こっちはこっちでさっさと調査を進めちまおうぜ」

「うん、俺は隣の建物の方が気になってるんだ」


 七階の倉庫の掃除は終わったが、無事だった辞書が数冊と高級な装丁の本が数冊、それと色々な種類の写真集が見つかっただけだった。

 写真集の中には、料理、住宅、服飾などの当時の生活を写したものも多く、やはり俺の前世よりも少し進んだ世界だったように感じる。


 それとカメラを紹介する、いわゆるムック本のようなものもあった。

 鮮明な写真と共に、撮影機材の写真が載っている。


 いわゆる一眼タイプのカメラのようだが、前世でよく目にしたカメラの形ではなく、ビデオカメラに近い形をしていた。


 レンズ後方の本体は円筒形もしくは立方形で、下部にピストル型のグリップが付いている。

 映像素子は正方形をしているようで、背面の液晶か、外付けのファインダーで被写体を捉えて撮影するようだ。


 前世の親父が、俺が高校生になった頃からカメラにはまり始めて、お高い一眼カメラを買ったのだが、殆ど触らせてもらえなかった。

 写真はレンズで決まるんだ……とか、散々薀蓄を聞かされたが、確かに高いレンズで撮った写真は、俺の安物スマホで取った写真とは一味違って見えた。


 こちらの世界では写真自体が殆ど認知されていないから、スマホでパッと撮った写真でも驚かれるだろうが一流の撮影機材も使ってみたい。

 前世の頃は、高級機材は手の届かない存在だったので、この世界で手に入れるチャンスがあるならば逃したくない。


「ニャンゴよぉ、この写真ってやつは、例のアーティファクトで撮ったものなんだよな?」

「うん、もっと高級な機材だと思うけど、考え方としてはそんな感じ」

「どうやって紙に移し替えたんだ?」

「えっと、それはねぇ……」


 プリンターや印刷について俺の知っている知識を伝えると、どこまで理解できたか分からないが、セルージョは呆れたような表情になった。


「勝手に精密な絵を書いてくれる機械とか、想像も出来ねぇな」

「プリンターも可動する実物が残っていれば、実演してあげたいところだけれど、インク、紙、画像の転送方法、動力など解決しなきゃいけない問題が沢山あるよ」

「ほぅ、その問題を解決できれば、こういう精密な絵を自分でも作れるようになるのか?」

「うん、こういう本になっているほど精密な画質じゃないと思うけど、手書きの絵とは別次元だと思うよ」

「てことは、その機材を揃えれば、この邪魔っけな布が無い絵も作れるのか?」

「まぁ、作れるっていえば作れるけど……被写体も用意しないと駄目だよ」

「それは心配いらねぇだろう。これほど綺麗な絵になるんだぜ、若くて美しい瞬間を残しておかないか……てな感じで誘えばイチコロだろう」

「はぁ……写真の存在を知ってから日も浅いのに、よくそんな事を思いつくよねぇ……」

「女心を知り尽くしていれば、この程度を思いつくのは簡単だぜ」


 セルージョが女心を知り尽くしているとも思えないから、これぞエロスへの熱意のなせる業なんだろうね。

 高級機材やプリンターを見つけても、セルージョには内緒にしておこう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る