第419話 ディスク
一階のもう一つの倉庫は、書店と同様に繭と埃の山と化していた。
梱包用の段ボールが虫に食い荒らされ、繁殖場所となってしまったようだ。
全体を掃除するのは後にして、とりあえずドア近くの一部分を掃除して様子を確認した。
「エルメール卿、それは一体何ですか?」
「これは、風の魔道具を利用した掃除機です」
ニャンゴサイクロン掃除機を目にしたケスリング教授が、目を丸くして訊ねてきた。
空属性魔法で作ってあるので、吸い込んだゴミが回転して落ちる様子も良く見える。
「いやはや、エルメール卿には驚かされてばかりです」
まぁ、前世の知識を利用させてもらっているんだけどね。
レンボルト先生が……エルメール卿は私が育てた(キリッ)みたいな感じで胸を張ってるけど、これはゼオルさんに写させてもらった魔法陣だよ。
レイラとハウゾに周囲を警戒してもらいながら掃除を進めると、大小様々な梱包材が出てきた。
形からしても液晶モニターでは無いようだが、外箱が朽ちてしまっているので何が入っているのか分からない。
もしかすると、店頭で引き渡す取り寄せ商品用の倉庫なのかもしれない。
「教授、これは中を開けてみないと何が入っているのか分からないので、このまま運び出してもらいましょう」
「そうですね。ここで梱包を解いていると時間ばかりが経過しそうですからね」
中身の分からない梱包材は、まるでダンジョンの宝箱みたいでワクワクするけど、キリが無いから開封は学園でやってもらおう。
中身の分からない梱包材も多いが、液晶モニターが入っていると思われる発泡スチロールの梱包材もあるし、ちゃんと固定化の魔法陣が貼り付けられている。
この感じだと、可動品のモニターも見つけられそうだ。
一階の確認を終えて、階段を上って二階へ向かう。
二階はオーディオ関係の売り場のようだ。
大型のスクリーンとプロジェクターを核としたホームシアターシステムを筆頭に、様々な映像、音楽プレーヤーが置かれているが、どれも薄くてコンパクトな作りになっている。
「あっ、これかな?」
どのプレーヤーも動かない状態で埃をかぶっているので、同じように見えてしまうが、一つだけディスクをいれるトレイが開いたものがあった。
トレイのサイズは、前世のDVDよりも一回り小さいサイズに見える。
おそらく、書店で発見したディスクを再生するためのプレーヤーなのだろう。
「エルメール卿、それが先程おっしゃっていた映像の情報を再生するためのアーティファクトですか?」
「そのようです。隣の建物の書店で、何枚か情報を収めてあると思われる円盤を発見しました。この受け皿の大きさは円盤と同じサイズのようです」
「このアーティファクトの可動品が見つかれば、あと二つですね?」
「はい、二つのアーティファクトを動かす動力、それと壊れていない情報を収めた円盤です」
どうやらケスリング教授は、先史時代の映像を何としても見たいようだ。
勿論、俺も見てみたいから、協力を惜しむつもりはない。
ハードウェアを売っているなら、近くにソフトの販売コーナーがあってもおかしくない。
無事なディスクが無いか移動を始めたら、突然ドガっと大きな音が響いた。
「危なっ……ヨロイムカデか、雷!」
展示台の下からヨロイムカデが俺を狙って飛び出してきたが、あらかじめ展開していたシールドにぶつかって落ちた。
すかさず雷の魔法陣をぶつけて撃退する。
バチーンと大きな音がして火花が散ったので、ケスリング教授が驚いて後退りしていた。
出遅れたハウゾが短槍を構えて前に出るが、ヨロイムカデは感電死しているようだ。
「エルメール卿、何をなさったんですか?」
「えっと、空属性魔法のシールドで防いで、雷の魔法陣をぶつけたんだけど……念のために止めを刺してもらえるかな?」
「了解です」
ハウゾはヨロイムカデをひっくり返して、柔らかい腹側から止めを刺した。
背中側の甲羅は非常に硬く、隙間から刃を入れても下手をすると刃こぼれするらしい。
ヨロイムカデやフキヤグモなどは、じっと待ち構えていて突然襲い掛かって来ることが多いので油断は禁物だ。
展示台の下など死角になる場所が多いので、何か潜んでいそうな場所にはシールドを展開しておこう。
ヨロイムカデが潜んでいた展示台には、ヘッドホンやスピーカーが置かれている。
ボロボロに劣化しているが、ここにあるヘッドホンやスピーカーは、一階の携帯コーナーに置かれていたものよりも高機能なものだろう。
配線が付いていないものは、ワイヤレスで接続されるタイプのようだ。
「ニャンゴ、これは何なの?」
「耳を覆って音楽を聞くものだよ」
「これで、耳を……?」
レイラに言われて気付いたが、展示されているヘッドホンはいわゆる普通の人間用で、俺達のような獣人では使えない。
だが、展示スペースを見回してみても、ケモ耳に対応するようなヘッドホンは置いていない。
劣化していないヘッドホンを見つけたら確保しておこうなんて思っていたけど、使えないんじゃ意味がない。
「やっぱり、この時代には僕らの祖先は存在していなかったみたいだね」
「エルメール卿、どういう意味ですか?」
俺とレイラの会話を理解できなかったケスリング教授とレンボルト先生に、これまで発見した写真集やPOPには獣人が写っていなかったことを説明した。
「そんな馬鹿な……私たちの祖先は、どこから来たというんですか?」
「分かりません、この文明を築いた人達が、何処へ行ってしまったのかも分かりませんし、それを調べるのは皆さんの仕事じゃないんですか?」
「そうですね……あぁ、私の常識が根底から覆っていくようで、頭がグラグラしてきます」
「とにかく、今は調査を進めましょう。その先に疑問の答えが見えてくるんじゃないですか?」
「分かりました。しかし、エルメール卿の洞察力には感心するばかりです。よく、これが耳を覆うものだと分かりましたね」
「えっ……ま、まぁ、それは、この階は映像と音響関連の売り場みたいですからねぇ……はははは」
チャリオットのみんなには、前世の記憶の話はしてあるが、パーティー以外の人には話していない。
名誉騎士の地位を得ているから、強制的に拘束されて情報を引き出される……みたいな状況にはならないと思うが、それでも根掘り葉掘り聞かれることになるだろう。
そうなったら、気ままな冒険者生活を続けるのは難しくなるだろうし、そもそも面白くなさそうだ。
アーティファクトの発見や解析には手を貸すけど、役割を強制されることは断固として拒否するつもりだ。
「これは何かしら、楽器?」
「そうかも……」
レイラが指差す先にあったのは、鍵盤楽器や管楽器、弦楽器、打楽器などの電子版と思われるものだった。
鍵盤の形やドラムの大きさや配置は前世の頃に見たものとは異なっているが、演奏を目的としたものなのは間違いないだろう。
「金属や木ではないもので作られているようですね……うわっ」
「レンボルト、雑に扱うな!」
「すみません、教授」
レンボルト先生が持ち上げようとした電子サックスを思わせる楽器は合成樹脂製のようで、劣化が進んでいてボロボロと崩れてしまった。
「ケスリング教授、自分は楽器には詳しくないのですが、今も似たような楽器はあるのですか?」
「そうですね、私も音楽には詳しくありませんが、似たようなものはあるはずです。ただし、どれも木や金属で作られていて、このような材質ではないはずです」
前世でも、楽器は元々木や金属で作られていたし、合成樹脂製の楽器が作られるようになった後も、オーケストラなどの本格的な演奏には使われていなかった。
ここに展示されているものも、あくまでもアマチュア向けの商品のような気がする。
楽器のコーナーを抜けた先には、書店のような棚があって、ポスターやPOPが展示されていた。
どうやら、ここが目的のディスク売り場のようだ。
アーティストやアイドルと思われる人物が写ったポスターや、楽団らしきものが写ったポスターが貼ってある辺りは、音楽ディスクの売り場だと思われるが、肝心のディスクが見当たらない。
「ニャンゴ、そのカードは何?」
「たぶん、引き換え用のカードだと思う」
「引き換え用?」
「これを持って行くと、お金を払う場所で商品と替えてくれるんだと思う」
棚にずらっと並べられていたのは、ディスクのパッケージと思われる大きさのカードだった。
ジャケット写真が印刷されていて、これをレジで実物と引き換えるのだろう。
この時代の人も、万引きの被害には悩まされていたのだろう。
「またカウンターの裏のスペースか倉庫を探さないと駄目そうだね」
ディスク売り場と思われるスペースの近くには、専用のレジがあり、その背後の棚にお目当てのディスクが並べられていた。
「エルメール卿、これが全部例のディスクなんですか?」
「たぶん……ただ、固定化の魔法陣が付いていなかったら、全滅でしょうね」
「確認してみましょう」
ハウゾがカウンターの内側の安全を確認した後、何枚かディスクを引き出して確認してみた。
「エルメール卿、魔法陣が付いています!」
「こちらのものにも付いています、これも、これも」
ディスクのパッケージには、小さいながらも固定化の魔法陣がプリントしてあった。
「再生してみないと判断できませんが、ここにあるものは大丈夫そうですね」
「おぉぉ、素晴らしい発見です。当時の様子が目で見て、耳で聞けるのですからね」
ケスリング教授もレンボルト先生も、興奮気味にディスクを引き出しては魔法陣を確認して戻すという作業に没頭している。
俺は、ちょっと思いついたことがあったので、映像ディスクと思われるものを数枚選んで鞄に入れた。
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