第403話 解読の手掛かり

 ガドとミリアムが戻ってきて、入れ替わりにセルージョと兄貴が地上へ上がって行った。

 学術調査隊への立ち合いと護衛はライオスとミリアムが担当し、俺はシューレと組んで七階の倉庫の掃除を行う。


 危険を察知する能力はシューレの方が一枚上手なので安心して作業を進められるが、セクシーな写真集を発見しても中身をジックリ確認できないかもしれない。

 いやいや、あくまでも学術的な興味があるからであって……うにゃうにゃ……。


「これは……アーティファクトを通してみるよりも一段と凄い……」


 七階へ上がり、フロアを埋め尽くす繭と埃を目にすると、さすがのシューレも暫し絶句していた。

 風属性魔法で吹き払えるか試したみたいだが、濛々と埃が舞って顔を顰めている。


「ニャンゴに任せる……」

「地下じゃなくて、地上の建物だったら外に吹き飛ばすって手も使えるけど、窓があっても外は土で塞がっているからね」


 この日も倉庫の内部の掃除を重点的に行うのだが、改良版の掃除機を用意してきた。

 サイクロン機能はそのままに、自走するようにしたのだ。


 名付けて、ニャンゴサイクロンル〇バだ。


「ではでは、スタート!」


 ニャンゴサイクロン〇ンバは、通路の繭と埃をズボボボボ……っと吸いながら、ゆっくりと進んでいく。

 俺は、ルン〇の上に乗りながら、別の吸引ホースを使って積み上った本の残骸の中に無事なものが残っていないか確かめていく。


「むぅ、なんかニャンゴだけ楽しそうでズルい……」

「いやいや、これも探索作業だから」


 通路も確保できるし、無事な本も探せるし、一石二鳥だ。


「ニャンゴ、もっと奥の方が無事な本が残っているんじゃない……?」

「確かに、そんな気はするけど……ふみゃぁぁぁ!」


 埃の中から突然黒いテカテカした奴が飛び出して来たので、思わず悲鳴を上げてしまった。

 こっちに向かって飛んできやがったから、シールドで行く手を阻み、落下した所を吸引ホースで吸い取ってやった。


 いくら異世界のGであっても、温熱の魔法陣で高温にしてあるタンクの中では生き残れないはずだ。


「ニャンゴ、虫が苦手なの……?」

「いや、シールドで防げるから平気だし……」

「ふーん、ニャンゴにも苦手なものがあるのね……」

「くっ……駆逐してやる……」


 吸い込んで、熱処理して、ガチガチに圧縮する。

 作業を続けていると、新たな写真集を発見した。


「これは、何……?」

「こっちの世界にもいたのか……撮り鉄」


 発見したのは、鉄道写真の写真集だった。


「トリテツ……?」

「俺の前世では、鉄道を撮る趣味の人達を撮り鉄って呼んでたんだ」


 写真を見せながら、シューレに鉄道について説明した。

 列車は様々な形をしていたが、どの写真にもパンタグラフと架線が写っている。


「電気なのか? それとも魔力なのか?」


 架線からエネルギーを受け取っているのは間違いないと思うが、供給されているのが電力なのか、それとも魔力なのかは写真からは判別できない。

 シューレは、何の話なのかピンとこないようだが、鉄道ならばイブーロまで半日も掛からずに行けるはずだと話したら驚いていた。


「ダンジョンの最下層にある横穴は、おそらく鉄道のためのトンネルだと思う」

「じゃあ、その先にも街があるの……?」

「あるはず。旧王都の北って、何があったっけ?」

「カウリ高原……でも、手前にウェダム大峡谷がある……」


 ウェダム大峡谷は、険しい崖に挟まれた深い谷で、危険な魔物が生息する地域としても知られている。


「ワイバーンがいるんだっけ?」

「そう、ブーレ山に現れたのも、おそらくウェダム大峡谷から来たんだと思う……」

「もしかしたら、ダンジョン最下層の横穴は、ウェダム大峡谷に繋がってるのかも」

「それなら、レッサードラゴンがいるのも説明できるかも……」


 ダンジョンが、人工島に造られた街だとしたら、地下鉄が辿り着く先にはもっと大きな街があってもおかしくない。

 ここがお台場や有明だとすれば、新宿や六本木みたいな街があるはずだ。


「もしかすると、ウェダム大峡谷にも遺跡があるかもしれない」

「だとしても探すのは大変、立ち入るだけで危険が伴う……」

「それもそっか……」


 魔物が闊歩する前人未踏のジャングルの奥に、謎の研究施設があって……なんて展開を妄想してしまうが、あるかどうかも分からない遺跡を探して、危険な峡谷に踏み込むのはリスクが大きすぎる。

 峡谷に眠る研究所こそは、現代の人類のルーツを作った施設……なんて考えすぎか。


 鉄道の写真集が見つかった辺りからは、航空機や自動車の写真集も見つかった。

 飛行機は、前世の頃に見たジェット機に形は似ているが、エンジン部分の直径が遥かに大きい。


「これ、魔法陣だ……でも、風の魔法陣じゃない」


 離陸する様子を捉えた写真では、エンジン部分の内部に魔法陣と思われる模様が写っている。

 斜めからの写真なので、魔法陣の全体図は分からないが、風の魔法陣でないことだけは確かだ。


「もっと強力な魔法陣なの……?」

「たぶん……いや、ハイブリッドなのか?」


 離陸する機体のエンジン後部からは、炎が噴き出しているように見える。

 俺は、火の魔法陣と風の魔法陣を組み合わせたバーナーを攻撃手段として使う場合があるが、組み合わせたからといって推進力が上がっているようには感じられない。


 あくまでも風に煽られて炎がたなびいているだけだ。

 フレイムランスは、噴き出し口を細く絞ることで貫通力を上げているが、あれも噴き出す力は風の魔法陣によるものだけだ。


 推進力が変わらないなら、わざわざ火の魔法陣を組み合わせる必要性は無い。

 だとすれば、これはジェット燃料を燃やし、推進力の制御を魔法陣で行っているのかもしれない。


「うにゃぁぁぁ……どこかに完全な形の魔法陣は写ってないの?」


 写真集のページを一枚一枚確認していったが、残念ながら魔法陣の全体図が写っている写真は一枚も無かった。


「うーん……もしかして、特許とかが絡んで全体を見せられないとか?」

「ニャンゴ、このままだと掃除が終わらない……」

「そうだった、後で調べよう」


 写真に写っている魔法陣は多くても半分弱で、殆どの写真では魔法陣と確認できる程度の端の部分しか写っていない。

 何枚か組み合わせれば、一つの魔法陣として解読できるかもしれないと思ったのだが、円形の魔法陣は少し角度が変われば見え方が違ってしまう。


 写真集一冊だけでは、完全な魔法陣を再現するのは難しそうだ。

 それと、半分ぐらい写っているのを見ると、魔法陣自体が複雑に見える。


 普段使っている風とか火の魔法陣に比べると、四周ぐらい陣が追加されている感じだ。

 こんな魔法陣をレンボルト先生が見たら大変な騒ぎになるだろうな。


 とりあえず、航空機の写真集はキープして、次なる発見を目指して掃除を再開した。

 掃除を進めていると、写真集以外にも一部だけ無事な本が見つかり始めた。


「ドレスじゃないけど、ヒラヒラしてる……」

「服の流行を紹介する本みたいだね」

「こっちは美味しそう……」

「料理の本みたいだね」


 コーティングが施されていないページは食い荒らされていても、写真のページだけは残されている本だ。

 本と本の間にもビッシリと繭がへばり着いていて剥がすのが大変だが、何とか内容は確認できる。


「当時の生活を知る貴重な資料にはなりそう……」

「この辺は、大まかに掃除して、剥がすのは持ち出してからにしてもらおうか」


 雑誌のグラビアページだけが残っている状態だが、写真が残っているので文章は読めなくても視覚からの情報は得られる。

 ただし、ページに書かれた注釈の文章を解読する手掛かりが見つからない。


「この辺は全滅っぽい……」

「そうだね」


 表紙に写真やイラストが使われておらず文字と装飾だけの本は、表紙のカバーと糊付けされた背表紙を残してボロボロになっていた。

 本の厚みからして何かの専門書か、あるいは辞書の類だと思うのだが、無事なものは見つからなかった。


「雑誌の見出しと写真を比べていけば、文字を解読できるようになるのかなぁ?」

「それは学者に聞かないと分からない……」

「ロゼッタストーンでも落ちてないかなぁ」

「ロゼッタストーン?」

「前世の世界で有名な発掘品で、古代の文字と時代の違う文字を使って同じ文章を刻んだ石板なんだ。それを使って言葉の解読が一気に進められたらしい」

「でも、ここには石板は無いんじゃない……?」

「だよねぇ……」


 残っているとすれば、固定化の処理が施された記録メディアの類が一番可能性が高いのだろうが、問題は再生する機械が発見できるかだ。

 例えば、DVDのようなディスクが残っていても、パソコンやプレーヤーが無ければただの円盤だ。


「両方揃えるなんて無理ゲー……にゃにゃっ?」

「どうしたの、ニャンゴ……」

「大きな木箱がある……これ、たぶん固定化の魔法陣だ」


 これまでは、棚に平積みされたものを掃除機で発見してきたのだが、木箱は棚ではなく壁際の台の上に置かれている。

 元々は、木箱の周りを更に厚手の紙で覆っていたようだが、そちらはボロボロになって崩れていた。


「高級な本……?」

「じゃないかな」


 周りの埃を綺麗に吸い取って蓋を開けると、中には赤いビロードに包まれた分厚い本が十冊詰め込まれていた。

 表紙は革で装丁されているようで、一冊ごとにナンバリングがされているようだ。


 ビロードを開いた時に、紙とインクの匂いがするほど完璧な保存状態だ。


「シューレ、一冊取り出してみて」


 俺の手だと上手く取り出せそうもなかったので、シューレに一冊引き抜いてもらった。


「開くわよ……」

「うん」


 シューレが大胆に本の中央を開くと、中には写真やイラスト、それにビッシリと文字が書かれている。

 ページを捲っていくと、文字は読めないけれど、前世の頃に同じような本を見た記憶が蘇ってきた。


「これ、百科事典だ……凄い発見だよ」

「ヒャッカ事典……?」

「世の中の色んなものについて解説している事典だと思う。これを使えば文字が解読できるかもしれない」


 勿論、俺には無理だけど、言語の解読を専門にする学者が見れば狂喜するはずだ。

 俺達は掃除を中断して、木箱を持ち帰ることにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る