第402話 現在と未来

 発見した写真集は経年劣化が見られるものの、開いて見れないほどボロボロではなかった。

 表紙の写真は青く透き通った海と白い砂浜だが、勿論どこの砂浜なのか全く分からない。


「ニャンゴ、早く中を見ようぜ」

「ちょっと待って、覚悟を決めるから」

「覚悟って……何の覚悟だ?」

「色々だよ」


 表紙の写真からして風景の写真集だと思われるが、自分の知っている風景が載っていないかと恐れている。

 例えば、オーストラリアのエアーズロックとか、エジプトのピラミッドが載っていたら、この星はいつかの時代の地球かもしれないのだ。


「開けるよ……」

「おぅ」


 慎重にページをめくっていくと、海、山、川、街、春夏秋冬の美しい風景が掲載されていた。

 雪に閉ざされた街もあれば、南国らしき街の写真もあったが、どの写真にも前世の俺が知っている有名な場所や建物は映っていなかった。


 これだけで証明にはならないが、この世界は地球という証拠もなかった。

 ただ、写真には多くの人が写り込んでいたが、いわゆる獣人は一人もいない。


「全員が尻尾の無いサル人なのか?」

「分からない。この国だけなのかもしれないけど……」


 物凄く気持ちが悪い。

 前世の頃に、この写真集を見ても何の違和感も覚えなかっただろうが、猫人として生まれ変わって生きてきた今は異質なものを見ている感じがする。


 この写真の世界に猫人の俺が混じっていたら、間違いなく異物として認識されるだろう。


「俺達は……造られた存在なのか?」

「造られたって……ここに載ってる人間と獣を掛け合わせて、今の世の中ができたとでも言うつもりか?」

「分からないけど、今の世界とは違い過ぎるよね?」

「まぁ、そう言われれば、そうだな……」


 建築技術やスマホなどの技術から考えると、この時代は俺の前世の日本と同等かそれ以上に高度な文明が栄えていたのは間違いない。

 だとすれば、遺伝子操作の技術が確立していてもおかしくない。


 人間と動物を遺伝子レベルで融合させるような実験が行われていて、人類が滅びた後、そうした実験で生み出された者が繁殖して、今の世の中になった……というのは考えすぎだろうか。

 仮に今の時代に生きている人種が実験によって造られたのだとすれば、猫人だけが獣に近い姿をしているのも遺伝子の配合割合の違いなのかもしれない。


「ニャンゴ、そいつを持って一旦戻ろう。そろそろ学術調査の連中も今日の作業を終えるころだ」

「分かった。でも、この部屋は重点的に調査を進めた方が良さそうだね」

「あぁ、ただし掃除は大変そうだがな」


 セルージョの言う通り、掃除機でバンバン埃と繭を吸い込んだが、除去できたのは倉庫のほんの一角だけだ。


「他の者じゃ掃除は難しいだろうし、当分の間はニャンゴが頑張るしかねぇな」

「やるなら、徹底的にやってやる」


 セルージョと話をしている間も、周囲からはカサカサと何かが這い回る音がしている。

 真剣に燻蒸タイプの殺虫剤が欲しくなった。


 建物一階のベースキャンプに戻り、無事な本を発見したと伝えたら、先に帰っていたモルガーナ准教授が奇声を発してフリーズした。

 次々と目新しい品物が発見されてきたので、最近は落ち着いて調査に専念していると聞いていたが、写真集はちょっと刺激が強かったようだ。


「こ、これは、エルメール卿が起動させたアーティファクトと同じ物を使ったのでしょうか? これほど鮮明に紙に印刷するなんて……」

「教授、これは当時の風俗も推察できる貴重な資料ですよ!」


 調査に参加している助手たちも興奮を隠せない様子だが、まだ人種については誰も気付いていないようだ。


「エルメール卿、他には無事な本は無かったのですか? できれば、そちらを重点的に調査させていただきたい」

「書店の倉庫の調査を優先することには反対しませんが、とにかく繭と埃、それに虫が凄い状態なので、それを取り除く方が先ですね」


 倉庫の中の様子を伝えると、モルガーナ准教授も助手たちも顔を顰めた。

 とりあえず、俺がある程度まで掃除を進めた段階で調査を行うことで話は決まった。


 写真集を中心として集まっている調査隊を眺めながら、畳んだ毛布の上で丸くなる。

 ちょっと頭の中を整理したかった。


 遺跡の様子からして、この街を大きな自然災害が襲ったのは間違いないだろう。

 お金や貴重品などが、ある程度持ち去られている様子からして、事前に危険を察知して避難するだけの余裕はあったように感じる。


 まだ確証は無いが、ここに暮していたのはケモ耳や尻尾の無い人々で、獣人はいなかった可能性が高い。

 それでは、その人達はどこへ行ってしまったのだろうか。


 俺の知る限りでは、ここシュレンドル王国や周辺国に尻尾の無いサル人がいるという話は聞いたことが無い。

 遺跡に残されている品物からして、災害が起こってから何万年もの時間は経っていないはずだ。


 長くても数千年、品物の劣化度合いから考えると、千年も経っていない気がする。

 そんな短い期間で、普通の人間から獣人への種族変化が起こるとは考えられないし、元の住人がいなくなった後に俺達の祖先が現れたと考えるのが妥当だろう。


 一体どこへ行き、どこから来たのだろうか。


「どうしたの、ニャンゴ。疲れちゃった?」

「レイラ……俺達はどこから来たんだろう?」

「えっ、イブーロからに決まってるでしょ」

「いや、そういう話じゃなくてね……」


 写真集にはケモ耳と尻尾を持つ人は一人も写っていなかったと話すと、レイラは首を傾げてみせた。


「そういう人が支配していた世界だったんじゃない?」

「でも、一人も写っていないんだよ」

「今の時代は、人種を差別するのは法律で禁じられているけど、過去には特定の人種が迫害される国があったそうよ」

「尻尾の無いサル人が世の中を支配して、その他の人種を迫害していたから写っていなかったってこと?」

「そういう可能性もあるんじゃない?」


 そうした可能性が全く無いとは限らないが、写真集には人がごった返す市場の写真もあって、そこにも獣人は写っていなかったのだ。


「普通の暮らしはさせてもらえず、劣悪な環境に押し込まれていたから、作品として残るものには含まれていないのかもね」

「そうか、奴隷として管理されているならば、どこかの施設で働かされていた可能性もあるね」

「貧民街みたいな場所だったら、本にして残そうなんて思わないんじゃない?」

「確かに、そうかもしれない……」


 人族VS獣人族、みたいな関係だったとしたら、POPや写真集に写っていない理由にはなりそうだ。


「でもさ、それなら尻尾の無い人達は、どこへ行ってしまったんだろう」

「革命が起こって、皆殺しにされたのかもしれないわね」

「えぇぇ……皆殺しぃ?」

「絶対に無いとは言い切れないんじゃない? それまで迫害してきた恨みを晴らすため……でも、一人も残さずというのは難しそうね」

「それに、革命とかなら、文章や言い伝えとして残るものじゃない? これだけの文明が栄えていたのだから」

「じゃあ、ニャンゴはどこに行ってしまったと思うの?」

「うーん……別の星かなぁ」

「別の星?」

「何か、人類が滅びるような危険が迫っていて、住んでいた人達は別の星を目指して旅立って行った……というのも無理があるか」

「他の星に行くなんて、話が突飛すぎるわ」

「でも、俺の前世では、人は月にまで行ってたんだよ」

「嘘でしょ?」

「嘘じゃないよ、選ばれた一部の人だったけどね」


 人類滅亡の危機が迫り、別の星を目指して宇宙を旅する……なんて状況はSFなどで何度も描かれていた。

 だが、移民船が作れたとしても、全人類が乗れるほどの数を揃えられたか疑問だし、遺跡に残されている品物から考えると、一時的に街から避難した……といった状況の方がシックリする。


 それでは、人類はどこへ行ってしまったのか……考えが堂々巡りになってしまう。


「そうした謎を解き明かすためにも、調査を進めないといけないんじゃない?」

「そうだとは思うけど、手掛かりになる品物が残っているかなぁ」


 急な災害だったとしたら、それを記録した媒体が残っている可能性は低い気がする。

 例えば、誰かが日記のような形で記録したとしても、紙は食い荒らされてしまうし、記録メディアは劣化して読み取れなくなっている可能性が高い。


 それに、そうした記録は、記録した人が使うために持参しているだろうから、ここには残されていない気がする。


「ニャンゴは、何になりたいの?」

「えっ、何にって?」

「冒険者? 騎士様? 学者?」


 これまでは、冒険者になりたいと思って生きてきた。

 今は夢が叶って冒険者として活動しているが、この先は何になりたいとか、何をして生きていきたいとか考えたことがなかった。


「うーん……とりあえず冒険者を続けたいんだけど、十年後、二十年後は分からないよ」

「でも、ニャンゴには色んな才能があるんだし、考えておいた方が良いんじゃない?」

「うん、そうだね。でも、今は冒険者をしていたい」

「だったら、あれこれ悩むよりも、調査をする人に材料を与えてお金を稼ぐことに専念すべきじゃない?」

「あっ、確かに……じゃあ、明日からも掃除かぁ」

「ふふっ、頑張って」


 レイラの言う通り、今の俺は冒険者なのだから、お宝探しに専念しよう。

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