第396話 予期していた手紙
ダンジョンに潜ってから既に十日程が経過し、チャリオットも補給や休息が必要になってきた。
そこでパーティーを四つに分けて、順番で地上に上がって休息する事になった。
探知魔法が使える者が一緒にならない、土属性が一緒にならない、猫人が一緒にならないという条件で分けられ、俺とレイラ、ライオスとシューレ、ガドとミリアム、セルージョとフォークスという組み合わせになった。
学術調査を行っているモルガーナ准教授達も、一旦調査を中断し、学院に運ばれた発掘品の仕分けを行うと共に休息を取るらしい。
ライオスからは、俺も学院組に合わせて休息を取るように言われた。
「ニャンゴには、何か発見があった時には立ち会ってもらいたいから、学院の者達に合わせて地上に上がってくれ」
「了解、買い出し品はメモしてもらった物だけで良いのかな?」
「そうだな、居住区にも物品が運び込まれているみたいだから、食糧などは足りなくなっても補えるだろう」
ギルドが設営した居住区には、エレベーターシャフトから換気用のダクトが設けられ、火を使った煮炊きが行われるらしい。
当然、提供される食事の値段は地上に比べれば割高になるだろうが、地下に長く留まっていたい者にとっては有難い。
地上に向かうのに昇降機に乗れば金が掛かる、地下六十五階から階段を上れば時間が掛かる。
少々割高でも金を払えば、さっと食事ができて、すぐに作業に戻れるというのは、冒険者にとって大きなメリットなのだ。
レイラや学術調査のチームと一緒に地上を目指したのだが、途中の通路の変貌ぶりに全員が驚いた。
明かりが灯され、床が綺麗に掃除され、そこだけかつての文明が復活したかのようだった。
「来た時には埃だらけで分からなかったけど、こんなに綺麗な床材が使われていたのね」
レイラが驚くのも当然で、床には綺麗な大理石が敷き詰められている。
俺が連想したのは、前世の頃に歩いた地下街の通路だが、それは言っても理解されないだろうから黙っておいた。
明かりの灯された綺麗な通路を進んでいくと、迷うことなく昇降機まで辿り着いた。
乗り場には昇降機の管理人の他に、防具に身を固めた屈強な男が二人、周囲に目を光らせていた。
人が滞在するということは、そこに人の臭いも滞留するということで、嗅覚を頼りに獲物を狩る魔物や獣が接近してくる恐れが高まる。
何頭もの群れが現れた場合、最下層にはベースが設営されているが、ここにはまだ逃げ込むような場所が無い。
そこで、戦える人数を増やして安全を確保しているらしい。
昇降機が降りてくるのを待つ間、管理人が話し掛けてきた。
「調査はもうおしまいなのかい?」
「いえいえ、休息と発掘品の整理のために、一時中断するだけですよ」
「そいつは、全部発掘品なのかい?」
「そうです。まだまだ増えますよ」
「おぉ、そいつは楽しみだ。この前も、大きな壺みたいなのを揚げたし、また活気が戻ってきたな」
大きな壺というのは、ガラス製の花瓶だろう。
通路の拡張や、居住区の設置に向けて働いている者も増えたし、俺達が潜って来た時とは比べものにならない程賑やかになっている。
地上から降りてきた昇降機にも、物資や人が満載だった。
物資を運ぶ者たちは、そのまま明かりの灯った通路に進んで行くが、降りて来た冒険者達は台車に載せられた箱の中身について訊ねてきた。
どんな品物が入っているのか、どのくらいの量の発掘品が期待できるのか、どの程度の価値がありそうか……など、少しでも金になりそうな情報を手に入れようと必死だ。
八人ほどの冒険者の中でも、ハイエナ人の冒険者が執拗に調査隊の者達に絡んできた。
「なぁ、ちょっと箱を開けて中を見せてくれよ」
「全部タグを付けて梱包してあるから駄目ですよ」
調査隊のリーダー、イレアスが断っても諦める素振りをみず、昇降機の前に立ち塞がった。
「んだよ、減るもんじゃねぇんだ、ケチケチすんなよ、なぁ、ちょっとだけ……」
「我々は学院に戻らないといけないので、道を開けてください」
「いいじゃんかよ、ちょっとだけ……ちょっとだけ見せてくれよ」
邪魔くさいから排除しようかと思ったら、俺よりも先にレイラが動いた。
「どきなさい、邪魔よ」
「んだと、このアマ……ほぅ、上玉じゃねぇか、あんたが付き合うっていうなら考えてやってもいいぜ」
「冗談は顔だけにしてちょうだい。ニャンゴの魅力にくらべたら、あんたなんか石ころ同然よ」
「んだと、手前ぇ!」
「おい、やめろ!」
レイラに掴み掛かろうとしたハイエナ人の冒険者を仲間らしい牛人の冒険者が止めた。
「んだよ! 邪魔すんな!」
「よせ、あいつ不落の魔砲使いだ」
「はぁ? こいつが……?」
冒険者二人の視線が俺に向けられた。
「まだ街が一つ手つかずで埋まってるから焦る必要はないけど、学術調査の邪魔をしたとなれば現場から排除されるかもよ」
「いや、そんなつもりは毛頭ない、通ってくれ」
牛人の冒険者が、引き摺るようにしてハイエナ人の冒険者を昇降機の前から移動させた。
ハイエナ人の冒険者も、儲け話から追い出される危険を冒してまで絡んでくる気は無いようだ。
昇降機に乗り込んで上を見上げると、小さく四角い空が見える。
前世の頃に体験した高速エレベーターとは比べものにならないゆっくりとした速度で、四角い空が段々と大きくなっていった。
「季節が進んだみたいね」
「うん、秋っぽいね」
地下深くの発掘現場はヒンヤリとした気温だが、日が高い時間の地上は暖かい。
俺達が潜った頃は、もっと暑いと思うような陽気だったが、今は秋を感じる気温になっていた。
「さぁ、拠点に戻って一休みしましょう」
「待って、布団を受け取っていかないと……」
「あら、ニャンゴは一人で寝るつもりなの?」
「えっ、だって俺の布団で……」
「私の布団は拠点に置きっぱなしよ、ニャンゴがふかふかにしてくれるんじゃないの?」
「それはやるけど……」
「じゃ、帰りましょう」
ダンジョンに潜っている間は畳んだ毛布に潜って丸くなっていたけど、せっかく地上に戻ってきたのだから自分の布団で思う存分丸くなりたい。
でも、拠点でレイラと二人きりということは、色々といたすチャンスでもあるわけで……そちらの誘惑にも抗いがたい。
「まずは、どこかで食事を済ませて、それからお風呂ね。ニャンゴを隅々まで洗ってあげるわ」
「はぁ、その次は俺がレイラを隅々まで洗うんだね?」
「そうよ、なにか不満でも?」
「ううん、別に……」
洗う面積が違いすぎる……なんて文句は、女っ気に恵まれない冒険者には聞かせられない不満だ。
布団を預けたロッカーを素通りして拠点に戻ろうとしたのだが、ギルドの職員に呼び止められた。
「エルメール卿、お手紙を預かっております」
「手紙……? げぇ!」
ギルドの職員が差し出したのは、見るからに高級感の漂う封筒だった。
赤い封蝋がされているが、紋章は王家のものではない。
「これって……」
「大公家からの手紙です」
「はぁ……やっぱりか。確かに受け取りました」
ギルドの職員が差し出す書類にサインをして手紙を受け取った。
「呼び出しね」
「分かってるから言わないで……」
「ふふっ、でも中を見るのは明日でも良いんじゃない?」
「うーん……でも受け取りにサインしちゃったから、中身だけでも見ておかないと」
「えっ、呼び出しだって分かってるんだから、見る必要無いんじゃない?」
「まぁ、そうなんだけど、いつまでに来いとか無茶振りしてるかもしれないじゃん」
「なるほど、じゃあ中身を確かめたら明日まで封印しちゃおう」
「うん、そうだね」
「そうよ、そんな手紙よりも私を見なさい」
両手を腰にあてて胸を張ってみせるレイラは、酒場のマドンナだった頃とは違って凛々しく見える。
うん、ドレス姿も良いけど、こうした冒険者スタイルも格好良いにゃ。
空属性魔法でペーパーナイフを作って、大公家からの手紙の封を切った。
内容は予想通り呼び出しで、なるべく早く顔を見せに来るように圧を掛けられているように感じる文章だった。
「はぁ……しょうがないから、明日顔を出してくるよ」
「あら、買い出しはどうするの? まさかレディーに荷物を持たせる気じゃないわよね?」
「はぁ……明日、買い出しを終えてから行ってきます」
「よろしい。じゃあ、今夜は私が可哀想なニャンゴを慰めてあげるわ」
「お、お手柔らかにお願いします」
「んー……どうしようかなぁ……まずは食事ね。さぁ、うみゃうみゃしに行くわよ」
「はいはい、仰せのままに……」
うん、今夜は呼び出しとか頭から追い出して、うみゃうみゃして、踏み踏みしちゃおう……。
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