第397話 大公の屋敷

 大公アンブロージョ・スタンドフェルドの屋敷は、かつてのシュレンドル王国の王城だ。

 旧王都の東側に、ダンジョンの入り口と向かい合うように建てられている。


 王都が現在の新王都へと移された理由は、ダンジョンから大量の魔物が溢れた、いわゆるスタンピードが原因だそうだ。

 当時のダンジョンは、まだ最下層まで踏破されていない時代で、入口付近にも防壁は作られていなかったそうだ。


 ダンジョンの構造を考えれば、大量の魔物が狭い階段室を駆けのぼってくるような状況は考えにくいが、実際に起こっているのだから何らかの原因があったのだろう。

 魔物はダンジョン周辺に栄えていた街を蹂躙し、王城まで侵入したらしい。


 幸い、国王が犠牲になるような事態は避けられたが、ダンジョンは富をもたらすと共に、油断をすれば破滅をもたらす存在だと周知されることになった。

 そのスタンピード以後、王城の城壁などが強化されると同時に、遷都が進められたそうだ。


 ダンジョンから地上に上がった翌日、市場で食料品などの買い出しを終えた後、ギルドのロッカーに預けておいた騎士服に着替えて大公の屋敷へと向かった。

 旧王都は、ダンジョンを中心とした街区と大公の屋敷を中心とした街区に分かれている。


 ダンジョンを中心とした同心円状に広がる街並みがダウンタウン、大公の屋敷を中心とした碁盤の目状の街並みがアップタウンという感じだ。

 実際、その中央を通っている街道を渡ると、ガラリと街の雰囲気が変わる。


 ダンジョン側では、商人や庶民、そして冒険者の姿を多く見掛ける。

 一方の旧王城側では、主要な交差路に鎧に身を固めた騎士が立ち、道行く人々や馬車に目を光らせていた。


 通行人の服装も違っていて、ダンジョン側では普段着か作業着、もしくは冒険者のような装備だが、旧王城側では殆どの人が仕立ての良い服装をしている。

 今日の騎士服姿ならば旧王城側でも悪目立ちしないが、普段の服装だったら騎士達の視線に晒されていただろう。


 服装で人の中身までは判断できないが、ここでは治安を維持するための一定の効果はありそうだ。

 旧王都には、いわゆるお尋ね者が多く潜んでいると聞く。


 理由はダンジョンの発掘を推進させるためだったそうだ。

 今よりも危険度が高かったダンジョンを踏破し、遺物を収集させるための人員を増やすために、過去の犯罪歴には目をつぶっていたらしい。


 そうした脛に傷を持つ連中がウロウロしないように、少しでも安心して生活できる場所を作るために、こうした違いが生まれたのだと聞いている。

 大公殿下の屋敷までは、街道から一番広い道を真っ直ぐに進むだけなので迷う心配はない。


 道の両側には、役所や学院の他、いかにも高級そうなブティックやレストラン、それに劇場などが建ち並んでいる。

 次の休みの時には、ドレスアップしたレイラと一緒に食事に来るのも良いかもしれない。


 劇場は……演目が『恋の巣立ち』だったから止めておこう。

 俺がエルメリーヌ姫を守った新王都での襲撃事件が素になっているらしいが、どんな脚色がされているのか知るのも恐ろしい。


 前世の知識にある、ミュージカルみたいに仕立てられているとしたら、恥ずか死にしそうだ。

 開演を待つ行列に見つからないように劇場の前を足早に通り過ぎ、 大公の屋敷を目指す。


 街角に立っている騎士達は、俺を見つけると姿勢を正して敬礼してきた。

 猫人で、王家の紋章が入った騎士服を着ていれば、誰だか丸わかりなのだろう。


 敬意を払ってもらえるのは有難いが、劇場の近くでは省略してもいいんだよ。

 街道から続く広い通りを進んだ突き当りに、旧王城の大きな門がある。


 周囲は高く頑丈な壁に囲まれ、その外側には水堀が掘られている。

 門へと続く跳ね橋を渡り、敬礼で出迎えた衛士に敬礼を返した。


「ニャンゴ・エルメール卿、御用件をお伺いいたします!」

「大公殿下から招待状をいただきました。御目通りを願います」


 招待状に王家の紋章入りのギルドカードを添えて見せると、衛士は先に立って案内してくれた。

 衛士の一人が案内につくと同時に、別の衛士が屋敷に伝令として走っている。


 ここまで見た感じでは、一応歓迎はされているようだ。

 大公殿下の屋敷である旧王城は、新王都の王城に比べると規模は小さいが、それでも庶民の家に比べたら広大だ。


 外周を囲む高い塀の中にも頑丈そうな塀があり、そこまでの空間は騎士団の駐屯地となっているようだ。

 華やかさとは無縁の軍事施設に、ダンジョンに対する警戒が見てとれる。


 だが、門を潜って内壁の先へ進むと、情景は一変した。

 手入れの行き届いた庭園では、バラに似た花が咲き誇り、訪れる人の目を楽しませている。


 ただし、その先に見える屋敷は、壮麗というよりも質実剛健な砦のような外観をしていた。

 華やかな庭園と比べると、アンバランスさを感じてしまう。


 屋敷の玄関では、ザ・執事という雰囲気が漂う狼人の壮年の男性と、二人の鹿人のメイドさんが出迎えてくれた。


「ようこそいらっしゃいました、エルメール卿。私は当家の執事を務めております、マルシアルと申します」

「招待状には、いつにても……と書かれていたので、前触れもなく訪問いたしてしまいましたが、大丈夫でしょうか?」

「勿論でございます。主はエルメール卿とお会いするのをそれはそれは楽しみにしております」

「そうですか、それは何よりです」

「失礼ですが、腰の剣はこちらでお預かりさせていただきます」

「はい、よろしくお願いします」


 完全に飾りとしての役目しか果たしていない剣を腰から外してマルシアルに預ける。

 メイドさんが応接室へと案内してくれたけど、秋葉原あたりにいるフリフリのミニスカメイド服ではなく、クラシックな感じのする落ち着いた服装だ。


 屋敷の中は、外観とはガラリと変わって、絢爛豪華な飾り付けがされていた。

 ガラスをふんだんに使ったシャンデリア、天井や壁の装飾画には多くの金箔が使われていて、キラキラと輝いている。


 ロビーを飾る彫刻や絵画も、華やかな物が多く、城というよりも宮殿と呼んだ方がしっくりくる感じだ。

 床に敷き詰められた絨毯もフカフカで、踏み込むと靴の半分ほどが埋まり、ステップを使わなくても全く足音が立たない。


 屋敷は中庭を囲むようなロの字型で、ダンスホールに小さな劇場、来客の宿泊施設、会議室などがあるそうだ。

 更に奥の渡り廊下を抜けた先が、大公一家のプライベートな建物になるらしい。


 応接室は、中庭に面した建物の北側で、大きなガラス窓からは陽光が差し込んでいた。

 まだ日中は汗ばむ陽気だが、部屋の中は魔道具の空調設備によって涼しく保たれている。


 晩秋に、涼しい部屋で日向ぼっこなんて、猫人にとっては贅沢の極みだ。

 メイドさんが香りの良いお茶を淹れてくれたが、フカフカのソファーに座った途端に眠気が襲ってくる。


 昨晩は、ちょっと激しかったから寝不足なのだ。

 嵐の森の中で結ばれてからなかなか機会が無かったせいもあるけど、前世はボッチ高校生で終わった俺は、肉食モードのレイラの前では可愛い子猫ちゃんでしかなかった。


 こっそり身体強化魔法まで使って立ち向かったけど、レイラを満足させられたかどうか疑わしい。

 俺は精魂尽き果てて、朝まで乳枕でぐっすりだったけど、レイラはまだ余裕ありそうだったもんにゃぁ。


 そういえば、レイラの布団を干しっぱなしだけど、そろそろ取り込まないと温まりすぎて夜寝られなくなるぞ。

 まぁ、あんまり暑かったら、俺が魔道具で冷やせば良いんだけどね。


 今夜はリターンマッチを挑むべきか、はたまた大人しく寝るべきか……なんて考えながらうつらうつらしていると、廊下を歩いて来る人の反応があった。

 警戒する必要は無いと思っていたが、念のために廊下には探知ビットを撒いておいたのだ。


 居眠りしていた俺が急に立ち上がり、何事かとメイドさんがこちらを向いた直後、応接室のドアが開いて中年の男性が現れた。


「よくぞ参られた、エルメール卿。ワシがアンブロージョ・スタンドフェルドだ」

「ニャンゴ・エルメールです、お招きに従い参上いたしました」


 大公アンブロージョ・スタンドフェルドは白虎人の男性で、年齢は四十歳前後、なにか武術を嗜んでいるのかガッシリとした体格をしている。


「ぬははは、堅苦しい挨拶など抜きだ、さぁ座ってくれ」

「はい、失礼します」


 大きなテーブルを挟んでソファーに座ると、アンブロージョは付いてきた者達に合図をした。

 酒瓶にグラス、ツマミになりそうな料理やチーズが並べられたかと思うと、お茶と何種類ものケーキも並べられた。


「エルメール卿は、あまり酒は飲まぬと聞いているからな。さぁ、遠慮せずに食べてくれ」

「ありがとうございます」


 良いんだよね、遠慮しなくて良いんだよね、レッツうみゃうみゃタイムにゃぁぁぁぁ!

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