第395話 探索は続く
俺達が建物の内部を調査している間に、本格的な発掘に向けた体制作りは着々と進められていた。
その一つは、昇降機の発着場の設置だ。
ダンジョンの昇降機は、かつてのエレベーターシャフトを利用して、地上から最下層までを結んでいた。
これは、単純に途中の階で停止させるのが難しかったからだそうで、利用する人は一旦最下層まで降りて目的階まで階段を上るという使い方をしていたらしい。
それが今回、俺達が発掘を進めている階層に、新たな発着場が設置された。
新たにというか、最下層の発着場を廃止し、こちらに移動した感じだ。
ダンジョンの殆どが踏破されて目ぼしい発掘品が期待できなくなった今、新たな可能性を秘めている階、つまり俺達がいる階層を重視する方針をギルドが明確に打ち出した訳だ。
更に発着場から発掘中の通路までは、魔道具の明かりを設置した専用の通路も設け
られた。
真っ暗闇を手元の明かりだけで進むのと、あらかじめ明かりが灯されている場所を進むのでは、安全性が大きく異なる。
これまで明かりの魔道具が設置されていたのは、エレベーターシャフト脇の階段だけだったが、それを発掘現場まで伸ばすのだから期待の大きさがうかがえる。
専用の通路は、瓦礫などが取り除かれ、床面も綺麗に整備された。
これは発掘品を台車に載せて運びやすくするための配慮だそうだ。
学術調査の終わった資料は、この通路と発着場経由でどんどん地上へと送られ、それを目にした冒険者達が日に日に増えてきている。
通路の拡張工事も、居住区の設置も急ピッチで進められていて、一大ベースキャンプができあがるのも間近だろう。
建物内部の調査は四階へと移っている。
ざっと見た感じでは婦人服や雑貨などを扱っていたフロアのようで、一階よりもフォーマルな店が入っていたようだ。
ただし、服や鞄などは劣化しているし、一階にあったアクセサリーショップよりも高級そうな宝飾店では、商品は全て持ち出されていた。
さすがに、高価な宝石類は置いていかなかったのか、あるいは置いていかれた物を誰かが持ち去ったのか……とにかく宝飾店らしき内装の店には、金目の物は残っていなかった。
ただしフロア全体でみると、何も残されていなかった訳ではない。
一部の高級ブランドと思われる店では、新品の包装に例の固定化の魔法陣が用いられていて、見るからに高そうなハンドバッグや時計などが残っていた。
それと、店内の飾り付けに使われていたらしい、巨大なガラスの花瓶も良いお金になりそうだ。
調査をしている助手が二人手を繋がないと回りきらない程の大きさで、切子細工のような模様が刻まれている。
藁や布で包んでから、ライオスとガドが抱えて一階まで運び下ろした。
そこから台車に載せられて、専用通路を通り、昇降機で地上へと運び出されていく。
セルージョの見立てでは、黒オーク数頭分の値段が付くという話だ。
前世、日本の感覚だと、数千万円の価値があるようだ。
ライオス達に調査の立ち合いを頼んで、俺はレイラと一緒に上の階の下見に出掛けた。
五階は、紳士服や寝具、家具などの売り場のようだった。
「ねぇ、ニャンゴ。この階は男性用の用品を売る店が多いみたいだけど、防具とか武器を扱っている店は無いのかしら?」
「この建物には入っていないのか、そもそも防具や武器を売る店が無いのかもしれない」
「冒険者向けの商品は、別の階にも無いってこと?」
「もしかしたら、魔物もいなかったのかもよ」
「えぇぇ……それはないでしょう。魔物がいない世界なんて考えられないわ」
「でも、俺の前世の世界には魔物もいなかったし、魔法も存在していなかったよ」
「嘘っ……本当に?」
「うん、だから機械文明が発展してたんだ」
確かに、この世界の常識では魔物がいないなんて状況は考えにくいが、現実として俺の前世は魔物もいないし、魔法も無い世界だった。
この建物ができた時代には、魔道具が存在していたのだから魔法が存在していたのは間違いないが、魔物がいたという証明にはならない。
魔道具はあるけど、電池のような畜魔器や魔導線から魔力が供給されていて、魔物から採ったと思われる魔石は使われていない。
地下鉄や魔導車、それに多くの魔道具を働かせるには、魔物から採った魔石だけでは足りなくなっていたはずだ。
ここには無いと思うが、魔素を集めたり、魔素自体を生み出すプラントがあったはずだ。
そうした社会的な魔法インフラ施設が見つかって、その再現ができれば一気に文明が進化しそうな気がする。
「魔物がいなかったら、冒険者もいなかったのかしら?」
「うん、その可能性はあるね」
「じゃあ、この当時の武器とかは見つからないのかしらね」
「どうかなぁ……近くに魔物がいなかったら武器を扱う店は無いかもね。レイラは、何か武器が欲しいの?」
「そういう訳じゃないけど、冒険者相手に高く売れるかと思ってね」
「なるほど、命の掛かってる冒険者は武器にはお金掛けるものね」
「うん、でも高く売れるなら武器じゃなくても良いでしょ」
武器よりも、四階で回収した巨大なガラスの花瓶みたいに、貴族や金持ちが見栄を張れそうな品物の方が値段としては高く売れるはずだ。
ただ、この先、最下層の横穴の攻略をめざすならば、高性能な火器は手に入れたい。
マシンガンやショットガンみたいな魔銃があれば、攻略が楽になるだろう。
まぁ、マシンガンは魔銃の魔法陣で、ショットガンは粉砕の魔法陣で代用が可能と言えば可能だが、パーティーとしての火力も高い方が良いに決まっている。
五階を回り終えて六階へ上がると、スポーツ用品の売り場だった。
シューズがズラっと展示されていて、スポーツウエアの残骸が床に散らばっている。
「ニャンゴ、ここは何の店かしら?」
「スポーツ用品の売り場だと思うよ」
「スポーツ……?」
「うーん……体を動かす娯楽みたいなものかな」
この世界ではスポーツは普及しておらず、体を動かすイコール労働か武術という感じだ。
ここに置かれているスポーツ用品とか、競技のルールが解読されたら、爆発的に流行するかもしれない。
「あっ、キャンプ用品も置いてある」
広いフロアーの一角には、テントやバーベキューコンロらしき物が残されていた。
テーブルや椅子、パラソルなども残っているが、どれも劣化してボロボロだ。
「レインウエアの新品とか残ってないかなぁ……」
「レイン……なに?」
「雨具のことだよ。たぶん、この時代の雨具は、今の時代のものよりも軽くて、雨が染み込まず、それでいて蒸れない生地で作られているはずだから」
「そんなに良いものがあるの?」
「俺の前世と同じぐらいに発展してそうだから、たぶんあったと思うよ。あとは……倉庫か」
この遺跡が滅びたのは冬だったようで、アウトドアウエアの売り場にはダウンジャケットの残骸が残っていた。
生地が劣化して、ダウンやフェザーが零れて床に積もっている。
「靴とかも、今の時代よりも高性能だったと思うけど、固定化された新品は無さそうだな」
「うわっ、なんかベタベタする……」
「もう靴底のゴムが溶けちゃってるみたいだね」
アウトドア用のトレッキングシューズとかなら、防水性にも通気性にも優れていたと思うが、新品はただの紙箱に入っていたらしく、みんな劣化していた。
キャンプ用品とか、劣化せずに残っていれば便利な物がたくさんあったと思うけど、スマホやブランド品に比べると単価が安いからか、固定化の包装は使われていなかった。
「固定化の包装自体が高価だったのかなぁ……」
「そうじゃないの、安いなら色んな商品に使われているでしょうね」
ダウンを使った寝袋などが残っていたら、冬の野営もポカポカで、俺が湯たんぽ代わりにされずに済んだのに……。
「ニャンゴ、こっちのナイフとかは使えるんじゃない?」
「どれどれ? 本当だ、研ぎを入れれば使えそうだね。でも、品質はどうなのかな? 俺は刃物は空属性魔法で作ってるから良く分からないんだ」
「そっか、ニャンゴはナイフとか持ち歩かないものね」
ショーケースに残されていたナイフは、鞘や柄の部分は劣化しているが、ナイフ本体は使えそうだ。
ステンレスやセラミックのナイフならば、今の時代のナイフよりは錆びにくく扱いやすいのかもしれない。
「こっちは灯りみたいだけど、随分色んな種類があるわね」
「これは、今使われている魔道具の発展形みたいな感じだから、そのうち主流になるかもね」
ハンドライト、ヘッドライト、ランタンなど、色々な形のライトが残っていて、電源ならぬ魔力源は、ゲーム機などに使われていた畜魔器が用いられていたようだ。
この魔力を蓄えておく器を解析して、規格をそのまま利用すれば、普及させるのに便利そうだ。
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