第391話 モルガーナ准教授
「うそ、うそ、待って、待って、なにこれ、なにこれ、すごい、すごい、すごーい!」
休憩を挟みながら進められるイレアス達の調査に立ち会っていると、携帯ショップの外から甲高い声が響いてきた。
「エルメール卿、モルガーナ准教授が来たようです」
「分かった、じゃあ打ち合わせ通りに進めよう」
調査の手を止めてイレアス達と一緒に店の外へと出ると、記録用のタグを付け終えて箱詰めされるのを待っている発掘品の前で、フェネック人の女性が狂喜していた。
「すごい、すごい、こんなアーティファクト見たことない、この魔道具は何? 何のためのものなのだろう」
年齢は二十代半ばぐらいだろうか、フェネック人特有の大きな耳が目立っている。
明るい茶色のショートカットの髪は、ボサボサのガッタガタだ。
なんでも、研究に没頭するあまり、髪が邪魔になってくると束ねてジョキジョキと自分で切っているらしい。
クリクリと動く大きな瞳を輝かせながら、テーブルの上の発掘品を上から、横から、角度を変えて眺めている。
完全にオモチャ屋に来た子供の顔だ。
そこへイレアスが歩み寄り、女性の顔の前で猫だましのように思いっきり手を叩いた。
「ひゃう!」
「モルガーナ先生、あちらの方は、この遺跡を発見した冒険者パーティーの一員で、王国名誉騎士であらせられるニャンゴ・エルメール卿です。ご挨拶をお願いします」
「うっ……分かりました」
「先生、もしかしてエルメール卿をご存じないのですか?」
「えっ、いや、そのぉ……」
「王都で起こった『巣立ちの儀』の襲撃事件でエルメリーヌ姫を守りぬき、国王様より『不落』の二つ名を賜った方ですよ。旧王都でも評判の芝居『恋の巣立ち』のモデルとなった方です」
「あっ、あぁ……あの方ですか……」
などと生返事をしてくるが、その表情を見れば分かっていないのはバレバレだ。
これはイレアス達とも予想していたのだが、モルガーナ准教授は研究以外のことには全くと言って良いほど興味が無く、世間の流行りなど耳を素通りしているようだ。
「エルメール卿は、魔力回復の魔法陣を発見したことで学位も得ていらっしゃるそうですよ」
「えぇぇ! 魔力回復の魔法陣? 何ですかそれ、聞いてませんよ」
名誉騎士とか、芝居のモデルなどには全く興味は無くても、知らない魔法陣と聞いた途端、俺を見る目がガラリと変わった。
「そろそろ、よろしいですか?」
「し、失礼いたしました。学院でアーティファクトの研究をしておりますモルガーナと申します」
「ニャンゴ・エルメールです。名誉騎士とか学位なんて貰ってますが、今は冒険者として活動していますので、そんなに畏まらなくても結構です」
「はい、あの、それで……」
「魔力回復の魔法陣ですね? ちょうど、その魔道具に刻まれているものがそうです」
「えっ……これがそうなんですか? でも、これは発見されたばかりでは?」
「魔法陣自体は、ずっと前に使い道を解明して王都の学院に報告しています。ここで発見したのは偶然ですね。そして、これはアーティファクトに魔力を充填するための魔道具です」
「えっ、魔力を充填するんですか?」
「はい、そして、これが実際に稼働するアーティファクトです」
「えっ……えぇぇぇぇぇ!」
起動したスマホの画面を見せながら、画面をフリックして撮影した画像を次々に見せると、モルガーナは腰を抜かして座り込んだ。
「研究したいですか?」
座り込んだモルガーナにスマホを差し出すと、ガクガクと頷きながら手を伸ばしてきたので、すっとスマホを持った手を引っ込めた。
「今は駄目です」
「そんなぁ……」
モルガーナは、おあずけを食らった犬みたいな情けない表情を浮かべた。
イレアス曰く、研究馬鹿のモルガーナは、放置すればこの場で研究を始めかねない人物だそうだ。
実働するスマホは、モルガーナが調査に専念するように鼻先に吊るすニンジンだ。
学術調査が停滞しないように、あらかじめイレアス達と作戦を練っておいた。
モルガーナをこっちのペースに引き込んで、都合よく調査を進めてもらうつもりだ。
「いいですか、モルガーナ准教授。ここには、おそらくこれ以外にも起動するアーティファクトや、これまでに発見されていない種類のアーティファクトの残骸が眠っています。それを研究したかったら、さっさと調査を終えて搬出する必要があります」
「分かりました、早速……」
「まぁまぁ、ちょっと待って下さい。この建物は、地上九階、地下一階の合計十階建てで、一階あたりの面積も大規模なものです。チマチマやっていたら、いつまで経っても終わりません」
話も聞かずに急いで調査を始めようとするモルガーナを引き留めて、建物の規模を説明した。
「だったら、尚更早く進めないと……」
「それよりも調査を早く終わらせるには人員を増やせば良いですよね。ただし、信用の置けない人員を増やせば重要なアーティファクトを紛失したりする恐れがあります」
「駄目です、駄目です、そんなのは許せません」
「なので……とりあえず、重要度の高い場所を先に調査して、アーティファクトを確保しませんか?」
「したいです、見たいです!」
「アーティファクトについて、俺の持っている知識や情報を提供します。その代わりに、我々は冒険者として手っ取り早く稼ぎも得たいので、調査する場所の選定にこちらの要望を反映してもらえませんか?」
チャリオットの立場としては、陶器やガラスの器などの鑑定してもらえば即お金になる発掘品の搬出を優先してもらいたい。
逆に、既にボロボロになってしまっている衣服や樹脂製品などの店に時間を割かれると、いつまで経ってもお金が入って来ない。
ギブ・アンド・テイクではないが、調査に協力する代わりに、こちらの収入確保にも協力してもらおうという訳だ。
「分かりました。私としても、エルメール卿がお持ちの知識や情報には大変興味がございます。それに、重要なアーティファクトの確保についても異論はございません」
「では、よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
「それでは、この店の調査から終わらせてしまいましょう」
「エルメール卿、この店は何の店なんですか?」
「ここは、このアーティファクト、多数の機能を詰め込んだ通信機器の販売店だと思われます。まだ稼働すると思われるアーティファクトが残ってますよ」
「本当ですか!」
「ですから……ちゃっちゃと調査を済ませてしまいましょう」
「分かりました、お任せ下さい」
お任せ下さいと言ったから大丈夫……なんて油断はしない。
とにかく、調査と搬出を進めるように監視を緩めるつもりはない。
モルガーナが来るまでにイレアス達が頑張って進めてくれたので、携帯ショップの店内は殆ど記録が終わっている。
残りは、カウンターの裏側、社員用のスペースと在庫が置かれている倉庫だけだ。
「モルガーナ准教授、ここにあるのが起動する可能性の高いアーティファクトです」
「表にあったものは、かなり劣化が進んでいるように見えましたが……」
「そうですね。ここにある物も、扉の外に置かれているものは箱の部分を食い荒らされていますが、ここを見て下さい」
「あっ、魔法陣ですね」
「この魔法陣は、おそらく状態を固定するとか、品質を維持する働きがあるようです。扉の中に保管されていたアーティファクトを開封したのがこれです」
「確かに劣化が見られませんね」
「なので、開封前の物ならば、起動する可能性が高いと考えています」
「これ、全部ですか……?」
残されている新品のスマートフォンは、全部で五十台以上あるだろう。
念のため、チャリオット全員分のスマホ八台と充魔器は既に確保してある。
ただ、スマホ自体は基地局が稼働していなければ通話できないので、トランシーバーのようなものがあれば、そちらも確保しようと思っている。
隠し撮り用の小さなカメラとか、望遠レンズが付いたカメラとかも探したい。
前世日本にあったようなガジェットが、存在しているなら、冒険者としての活動にはとても役に立つはずだ。
「エルメール卿、このアーティファクトは、どうやって起動されたのですか?」
「手順に沿って入力を行わないといけないので、調査が終わるまでに手順を書いておきます」
「ありがとうございます。あぁ、早く調査を片付けて研究したいです」
「頑張って調査を終わらせましょう。あるいは、応援の教授とか助手を呼びますか?」
「いえ、まずは私がある程度までは調査を進めます。助手については、発掘品を搬出する時に増員を要望してみます」
モルガーナの専門はアーティファクトの研究であっても、それが見つかる場所には立ち会いたいようだ。
俺としては教授も増やした方が効率が上がると思うのだが、変な縄張り意識を持って対立されても面倒だ。
携帯ショップの調査は、今日のうちに終わるだろう。
次は、どこの店を調査してもらうか、そろそろライオスと相談しておいた方が良さそうだ。
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