第390話 不満

 携帯ショップの外では、ガドと兄貴が土属性魔法を使ってベースキャンプ作りを始めていた。

 この建物での調査は長期になると予想されるので、そのための資材や発掘品を一時保管できる場所を作ろうとしているらしい。


 前世の地球で行われていた遺跡の発掘調査などでは、テントなどを設営すれば済んでいたが、ここはダンジョンの内部と一緒で魔物が襲ってくる可能性がある。

 今のところ大型の魔物の存在は確認されていないが、フキヤグモやヨロイムカデは何処かに潜んでいそうなので、襲撃に備えて丈夫な壁が必要になる。


 それならば、調査を終えた後の携帯ショップを使えば良いと思ったのだが、なんと壁面のガラスも発掘品として運び出されるらしい。

 シュレンドル王国でもガラスは作られているが、その製法は土属性魔法に頼っているために、大きく歪みの無いガラスは貴重品なのだ。


 店舗の壁面全体に使われているような、厚くて透明度の高いガラスとなると高値が付くらしい。

 運び出し、加工され、王城や貴族の屋敷などで使われるそうだ。


 つまり、携帯ショップは調査を終えて発掘品が運び出され、壁面ガラスの取り外しなどが行われた後でないとベースキャンプとしては使えないようだ。


「それにしても、携帯食って味気ないにゃ……」


 ダンジョンでの火の使用は、必要最小限に限られているので、食事は何食に一度しか暖かいものは食べられない。

 それも手の込んだ物は期待できないので、携帯食がメインとなる。


 小麦粉とナッツやドライフルーツを混ぜて焼き固めた、クッキーと乾パンの中間みたいな携帯食は、ボソボソとして食感が良くない。

 前世日本で売られていた物のように、味にバリエーションがある訳でもなく、すでに食べ飽き始めている。


 かと言って、他に食べるものも無いのでモソモソと食事をしていると、調査隊のリーダーであるイレアスが話し掛けてきた。


「エルメール卿ならば、ヨロイムカデを仕留めて来られるのではありませんか?」

「えっ、どういう意味?」

「あれ? エルメール卿はヨロイムカデを召しあがったことはないのですか?」

「えぇぇ! ヨロイムカデってたべられるの?」

「はい、食べられますよ。ただし、大きい物は固くて駄目ですけどね」


 イレアスが言うには、小さなヨロイムカデは食べると美味いらしい。


「大人の手首から肩ぐらいまでの大きさが限度で、できれば手首から肘ぐらいまでの物が一番美味いです。それ以上になると、肉が固くて噛み切れなくなりますし、臭みが出て来て美味しくなくなります」

「でも、そのサイズだと卵から孵化した直後ぐらいじゃないの?」

「そうです、そうです。一番良いものは、卵から孵化した後に外の餌を食べていないものだそうです。外の餌を口にするほどに味が落ちるようです」

「へぇ、どんな味なの?」

「大振りのエビみたいな味ですが、甘みも強いですし、身がしっかりとしているので食べ応えもありますよ」


 食感はエビに近いらしく、ダンジョン産の珍味とされているそうだ。


「でも、生まれた直後が一番美味しいなら、養殖とかできないのかな?」

「養殖なんて無理ですよ。あんな危険な魔物を飼うなんて、逃げ出したら大変なことになりますよ」

「地上で逃げたら大変だけど、ダンジョンの中なら大丈夫なんじゃない?」

「あぁ、なるほど……確かにそうですね。でも、ヨロイムカデって危険な魔物ですよね?」

「危険は危険だけど、それなりの冒険者ならば扱えると思うよ。それにダンジョンの中には元々生息しているんだし、捕まえてくる手間もたいして掛からないと思うけど……」


 ヨロイムカデは、その名の通りに殻が鎧のように硬く、討伐が難しい魔物だ。

 ただ、人間を襲って来るのは、彼らの縄張りに足を踏み入れた時や出会い頭に遭遇した場合で、それとても大きな個体でなければ一撃で死ぬような怪我は負わない。


 ただし、ヨロイムカデの攻撃は足に集中する。

 足に深い傷を負うなんて、ダンジョン内部では絶対に避けなければならない。


 十全に動けない状態で、レッサードラゴンなどの魔物に遭遇すれば絶望的な状況に陥りかねない。


「ギルドが主体になって事業化を進めれば、引退した冒険者の働き口にもなりそうだし、食べ頃サイズのものを安定的に供給できれば、街の活性化にも繋がるんじゃない?」

「そうですね……というか、エルメール卿が要望を出されたらいかがです?」

「えっ、俺が……?」

「はい、エルメール卿からの申し出ならば、話も早く進むと思いますよ」

「なるほど……」


 確かに俺が提案すれば、普通の冒険者が提案するよりも早く検討してもらえそうだ。

 その結果として、美味い食材が安定的に供給されるようになるならば試してみる価値はあるだろう。


「うーん……やめておく」

「えっ、どうしてですか?」

「今の状況で俺が提案すると、事業として成り立つのか検討されずに始められそうだし、上手く行けば良いけど、失敗した時には責任の擦り付け合いになりそうな気がする」

「あぁ、確かに……エルメール卿は時の人ですからね、ギルドの決定にも偏見が加わりそうな気はしますね」

「うん……でも、ヨロイムカデは美味いのか。後で捕りに行こうかなぁ……」


 ダンジョンで発掘した品物を持ち帰る場合、昇降機を使うには重さに応じた料金が発生するが、俺達チャリオットは一年間無料で使える。

 学術調査の対象として運び出される品物は、一年が過ぎた後も無料だが、それ以外の品物には料金が発生する。


「そうか……この期間も上手く活用しない手はないな」

「どうかされましたか、エルメール卿」

「うん、ちょっとね」


 思いついたアイデアをライオスに相談してみた。


「ライオス、ちょっと良い?」

「何かあったのか?」

「ちょっと思いついたんだけど、俺達は昇降機を一年間無料で使えるよね」

「そうだな、それがどうした?」

「その期間中に、レッサードラゴンとかを仕留めて、昇降機でどんどん地上に送っちゃうっていうのはどう?」

「なるほど……こっちの発掘品が金になるまでには、まだ時間が掛かりそうだからな」


 レッサードラゴンは皮が高値で取り引きされ、肉も食べると美味いのだが、丸ごと持ち帰るには重たすぎる。

 昇降機の料金を差し引くと、割が合わなくなるのだ。


「どのみち、交代で地上に上がって休息をとるようにしようと考えていたところだ。そのタイミングで何か仕留めて地上に持ち帰るようにしよう」


 学術調査は長丁場になりそうだし、そうなればチャリオットの誰かが立ち会わなけれならなくなるが、全員がいる必要は無い。

 そこで、交代で地上に上がって休息を取り、食糧などの補充品を持って戻ってくるようにしようとライオスは考えていたそうだ。


「居住区が、どんな感じになるかによっても変わってくるが、みんなたまには地上の空気が吸いたいだろう」

「たしかに、ずっと地下にこもりきりだと気が滅入りそうだね」


 二人ずつ組になって交代で二日の休暇を取るとすると、六日働けば二日休みというペースになるので、労働条件としては悪くない。


「まぁ、もう少し落ち着いてからだがな」

「そうだね。まだ、代わりの教授も来ていないんだもんね」


 クブルッチ教授を勢いで解任してしまったが、よく考えてみれば俺には教授の任命権なんて無いので完全な越権行為だ。

 ただし、俺に向かって劣等種なんて口走っちゃったのも事実だし、イレアス達の評価を聞いても解任は妥当だったとは思う。


 とは言え、学院に戻ってから揉めれば、次の教授が選任されるまでに時間がかかるかもしれない。


「状況が落ち着くまでは携帯食かぁ……」

「まぁ、諦めるしかないな」

「俺達には、うみゃが足りないよ……」


 ライオスにヨロイムカデの話をして、ちょっと捕りに行ってきても良いかと訊ねたのだが、俺がいない間に新しい教授がくると困るからとストップを掛けられてしまった。

 最下層の横穴にはヨロイムカデが沢山いるという話だから、そこなら食べ頃サイズも簡単に見つかる気がする。


 シールドで体の周りを囲んだ状態で移動して、魔法を使って仕留めてくれば良いだろう。

 ていうか、横穴に魔物が固まっているってことは、どこか地上に通じているのだろうか。


「ねぇ、ライオス。こっちの状況が安定したら、横穴の探索もしてみたいんだけど……」

「そうだな……こっちで大きな金は手に入りそうだが、ダンジョン探索の醍醐味は向こうの方がありそうだからな」


 実際にダンジョンに潜る前から、ある程度は見込みを付けてはいたが、思っていたよりも簡単に別の建物、それも大きなショッピングモールを掘り当てられた。

 探索の効率としては素晴らしいけど、冒険を楽しむという意味では物足りない。


 少々危険は伴うけれど、他のパーティーが挑んで達成できなかった横穴の踏破にチャレンジしてみるのも悪くないと思う。

 というか、食べ頃のヨロイムカデを捕りにいきたい。


 俺には、うみゃが足りないのだよ、うみゃが!

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