第389話 調査開始
クブルッチ教授の後任を待つ間に、助手の皆さんと一緒に携帯ショップを調べる事にした。
遺跡の学術調査なんて前世でも経験していないので、助手の皆さんがこれまでやってきた手順で進めてもらう。
助手達のリーダーはイレアスという犬人の男性で、学院を卒業した後、そのまま研究室に残って助手を務めていたそうだ。
年齢は二十代前半ぐらい、茶色の髪を短く刈り込み、冒険者だと言われても納得しそうなガッシリした体格をしている。
「調査はどういった手順で進めるの?」
「我々の仕事は、基本的に記録です。遺跡がどういった場所で、どこに何があったのか、綿密に記録をしていきます」
「俺は何をすればいい?」
「発見者の皆さんには立ち会っていただくだけの予定でしたが、エルメール卿にはアドバイスをお願いいたします」
「アドバイス? でも、俺は専門家じゃないよ」
「では、エルメール卿はどうやってアーティファクトを起動させたのですか?」
「みゃっ……そ、それは、今はまだ明かせない」
いずれ、王族には明かさなきゃいけなくなりそうだが、今のところは黙っておきたい。
明かしたところで信じてもらえるか分からないし、頭のおかしい奴だと思われたらかなわない。
「そうですか……分かりました。何か事情がおありのようですが、エルメール卿は我々には無い知識をお持ちだと思います。それを調査に役立てていただけませんか?」
「なるほど……そういう事であれば、可能な限り協力するよ」
「ありがとうございます。それでは、最初に店の見取り図を作ってしまいますので、その後にアーティファクトを確認しながらアドバイスをお願いいたします。みんな、始めるぞ」
助手の皆さんは、イレアスの指示にしたがって巻き尺を使って携帯ショップの内部を測り
始めた。
図面を引いて、展示台の配置やスマホの見本などが、店のどこに置かれていたのか書き入れていくそうだ。
「そっち、店の端にちゃんと合わせろよ」
「おーい、こっちにも明かりを頼む」
地下なので、明かりで照らさないと店の中は真っ暗だ。
各自が明かりの魔道具を手にしているが、それでも店全体を照らすには心もとない。
それならば、ちょっと手伝いましょうかね。
なるべく影ができないように、部屋の四隅と中央寄りに合計八個、空属性魔法で作った明かりの魔法陣を浮かべた。
「な、なんだこれ、どうなってる?」
「それは俺の魔法だから気にしないで作業を進めて」
「ありがとうございます。でも、これどうやってるんですか?」
イレアスに空属性魔法の刻印魔法への応用を説明すると、信じられないと驚いていた。
それでも、暗いよりも明るい方が作業が捗るといって、みんな黙々と手を動かしている。
店の内部をいくつかに区切り、測定を行う者、画版を持って記録する者、スマホの見本や充電器ならぬ充魔器などに番号を書いたタグを結んでいく者など、分業で進めている。
調査を監督しているイレアスが、充魔器を指差しながら俺に訊ねてきた。
「エルメール卿、この魔法陣は何だかご存じですか?」
「それは、魔力を回復させる魔法陣だよ」
王都の学院で教わった使い道が不明の魔法陣の中から魔力回復の魔法陣を発見した経緯と、チャリオットでどのように活用しているか説明すると、イレアスは大きな溜息をついた。
「はぁぁ……何というか、エルメール卿は私達の常識の遥か向こうにおられるのですね。驚愕の連続で付いていくのがやっとですよ」
「いやいや、この程度で驚いてちゃ駄目だよ。ここの建物にはもっと色々な物が残されていると思うし、さっきのアーティファクトだって機能は一部しか使えていないんだよ」
「そうなんですか、いや……本当に常識を改めないといけませんね」
この建物を利用していた人達は、今よりも遥かに進んだ文明を謳歌していたはずだ。
今の世の中の常識とか限界などに囚われていたら、理解できるものも理解できなくなる。
「エルメール卿、もしかして……これらのアーティファクトには魔力を溜められるのですか?」
「そうだよ。魔力を溜め込む部材が使われていて、魔力が切れそうになったら、その魔法陣を使って魔力を充填していたみたいだよ」
「それでは、まるで人工の魔石じゃないですか」
「そうだね。それも驚きなんだけど、これも、これも、これも、全部魔道具で魔導線が繋がってるんだ」
「えっ……まさか、魔力が供給されていたんですか?」
「うん、たぶんね……」
充電器ならぬ充魔器には、魔力回復の魔法陣が刻まれていて魔導線が一本繋がっている。
辿っていくとコンセントになっていたが、引き抜いてみるとプラグは一極だけだった。
壁に掛けられているモニターからも魔導線が出ていて、辿っていくと同じプラグが付いている。
コンセントから延びている魔導線は、充魔器やモニターに繋がっているものよりも太い。
どうやら、この文明では電気の代わりに魔力が供給されていたようだ。
そういえば、ダンジョンの内部は外に比べると魔素が濃いし、魔素を大量に集めるか発生させる技術があったのかもしれない。
そうした推察を話すと、イレアス以外の者達も手を止めて聞き入っていた。
「エルメール卿、冒険者を引退して学院の教授になっていただけませんか? クブルッチ教授の下で助手を務めた五年以上の期間で得た知識より、今日一日の方が濃密です」
「いやぁ、ただの素人だし、人に物を教えた経験とか無いから無理だよ」
「そんな事ありませんよ。今まで、火とか水、冷却などの簡単な魔道具ならば使える物がありましたが、こんな複雑なアーティファクトの実働品なんて見つかっていないんですよ。しかも、エルメール卿は使いこなしていらっしゃる。これは本当に凄い事なんです」
「だとしても、俺は冒険者を辞めるつもりはないよ」
「でしたら、この遺跡を調査する間だけでも構いませんから、今日のようにアドバイスをして下さい。我々では思いつかない事をきっと見つけて下さるはずです」
「俺達からもお願いします」
「お願いします、エルメール卿」
携帯ショップの店内にいる全員から頼まれてしまうと、どうにも断りにくい。
どのみち、スマホの説明はしなきゃいけないだろうし、その他の重要そうなアーティファクトが適当に扱われる可能性を考えたら近くで見ていた方が良さそうだ。
「とりあえず、調査の現場には立ち会わないといけないから、可能な限りの協力するよ」
「ありがとうございます」
「感謝します、エルメール卿」
なんだか、イブーロにいた頃に考えていたダンジョン攻略とはイメージが違って来ているけど、ガッチリ稼ぐためにも協力するしかなさそうだ。
それに、スマホのような技術を再現するには、多くの人の協力が必要だ。
他人の協力は当てにするのに、自分が協力しないのはおかしな話だ。
「ねぇ、イレアス。ちょっと教えてもらいたいんだけど」
「なんでしょう、エルメール卿」
「この時代の文字は解読されているの?」
「いいえ、古代文字はまだ解読されていません」
「それは、資料が足りないから?」
「そうです。ダンジョン内部には紙を食料とする虫か魔物がいるらしくて、書籍の類が見つかっていないからです」
この建物にもあった案内板などに刻まれた文字は残っているものの、文章として残された本や辞書などが残っていないので解読が進んでいないそうだ。
「本は無理でも電子辞書みたいなものは残ってるかなぁ?」
「えっ、何ですか、デンシ……」
「いや、こっちの話」
密閉されたケースでなければ、虫食いの被害は防げない。
一般的な書店で、在庫の書籍が密閉された場所に保管されていた可能性は低い。
だが、電子辞書のような物が売られていたのなら、スマホ同様に稼働する物がありそうだ。
言語が解読されれば、スマホに表示される設定画面の意味もわかりそうだし、活用の幅も広がるだろう。
イレアス達が展示スペースを記録している間に、カウンターの内側を覗いてみた。
壊れてしまっているが、こちらもお宝の山だ。
カウンターの上には、ボロボロになったキーボードの残骸、液晶モニター、それに足下にはデスクトップコンピューターみたいな箱がある。
更にケーブルを辿ると、業務用の複合プリンターの残骸もあった。
あちこちパネルが外れた所から中を覗いてみると、インクジェットではなくレーザープリンターのような気がする。
家電量販店みたいなものが残っていれば、プリンターの新品もみつかるような気がする。
ただし、プリンターが見つかっても、使えるインクやトナーが残っているかどうか。
「エルメール卿、休憩しませんか?」
スマホの時計で確かめると、思いのほか時間が経っていた。
地下だから太陽の光が届かず、時間の経過が分からなくなる。
早く調査を終わらせてもらいたいが、かと言って無理をして怪我人や病人が出れば全体の予定が狂う。
「急がば回れか……」
全員が店から出たのを確認してから俺も退室して、空属性魔法で作った光の魔道具を消した。
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