第388話 解任

「それで、モッゾさん、この教授ってどんな人なんです?」

「クブルッチ教授は旧王都の学院の教授で、魔導車の動力部の仕組みを解き明かしたエルゲラ教授の助手を務めていたと聞いています」

「そうだぞ、かの有名なエルゲラ教授の右腕として、現在の魔導車の礎を築いたのだ。このような無礼を働いて、ただで済むと思うなよ。この劣等種が!」


 暴れると面倒なので、空属性魔法で作った囲いの中に入れておいたのですが、言わなくても良いことを口走っちゃったよ。


「無礼というなら、そちらも大概だと思いますけどねぇ……」

「なんだと、貴様! さっさとここから出せ!」

「あぁ、申し遅れました。俺はこの建物を発見したパーティーのメンバーで、ニャンゴ・エルメールと申します。以後、お見知りおきを」

「な、なん……だと」


 俺が正体を明かすと、クブルッチ教授は目を見開いて固まった。

 そのクブルッチ教授が投げ捨てたスマホを拾ってきて、背面ケースを外して細かな魔導線がプリントされた基盤などを見せてやった。


「この通り、内部は現代の技術では再現が難しいと思われる精巧な作りになっています。おそらくこれは展示用の見本品で、ディスプレイには魔力を補充するための魔法陣が刻まれていました。このガラスの部分が撮影用の窓です。側面を見れば、操作用のボタンや外部機器を接続するための端子が見えます。ちょっと観察すれば分るのに、タイルと決めつけて投げ捨てるなんて俺には考えられませんよ」


 実物を見せながら何をやらかしたのか説明してやると、クブルッチ教授の顔からは表情が抜け落ちた。

 同時に、教授の助手たちが目を輝かせながら詰め寄ってきた。


「エルメール卿、先程の動いているアーティファクトと同じものがまだあるのですか?」

「この店は、このアーティファクトを取り扱う店のようで、奥の倉庫には新品が保管されていました。新品の箱には、恐らく固定化や品質維持の効果があると思われる魔法陣が描かれていて、魔力を充填すれば使える物が残っています」

「おぉぉぉぉ……」


 助手達は一斉に驚きの声を上げ、更なる発見への期待を語り合い始めた。


「モッゾさん、申し訳ないけど、この建物の調査はクブルッチ教授には任せられない」

「エルメール卿、おっしゃることは分かるのですが……」

「そ、そうだ、私は学院長から任せられておるのだ」

「旧王都の学院長とは面識がありませんが、必要ならば僕が説得に行きますよ。それでも駄目なら、このアーティファクトを手土産に国王陛下にお願いに行きますけど」

「いや、待って下さい。そこまでなさらなくても結構です」


 モッゾは、クブルッチ教授に同行してきたギルド職員と話し合い始めた。

 それを目にした教授は、這い蹲って俺に向かって頭を下げた。


「エ、エルメール卿! これまでの数々の非礼はお詫びいたします。どうか、どうか私に調査をやらせて下さい」

「うん、無理! この建物の中には、これ以外にも数々のアーティファクトが眠っていると思うし、その中には起動するものもあるはずだ。これをタイルと決めつけてしまうような、これまでの常識に囚われている人に調査の指揮を執ってもらいたくない」

「そんなぁ……」


 俺を劣等種なんて罵っておいて、なにがそんなぁだ。

 きつめの雷の魔法陣でも食らわせてやりたいくらいだ。


「お待たせしました、エルメール卿。ご要望の通りクブルッチ教授は解任して、学院には別の教授を送ってもらえるように要請します」


 同僚との相談を終え、解任を口にしたモッゾに、クブルッチ教授が縋り付いた。


「頼む! これほどの遺跡を前にして、何もせずに解任されたら、ワシの教授としてのキャリアが終わってしまう!」

「何を言ってるんですか、エルメール卿に向かってあんな暴言を吐いておいて、そのまま調査を続けられる訳が無いでしょう。というか、教授としてのキャリアどころか、人生が終わってしまってもおかしくないんですよ」


 いや、さすがに命まで奪おうとは思わないけど、名誉騎士に向かって劣等種は不味いよね。

 クブルッチ教授はガックリと項垂れて解任を受け入れたが、モッゾに帰り支度をするように伝えられた助手達は一斉に頭を下げた。


「お願いします! どうか我々だけでも調査に参加させて下さい。クブルッチ教授が解任となれば、次はモルガーナ准教授が担当されると思いますが、おそらく助手を集めるのに時間が掛かると思います。ですから、どうかこのまま調査に参加させて下さい」


 つまりは、クブルッチ教授はズバっと切り捨てるつもりのようだ。


「き、貴様ら、これまでの恩も忘れてやがって」

「恩義を感じるほど世話になった覚えもないし、あんたの不始末のせいでこんな凄い調査から追い出されてたまるか!」

「そうだ! あんたの講義なんかエルゲラ教授の論文を朗読しているだけで、あとは薄っぺらい過去の栄光自慢ばっかりじゃないか」

「目の前に動いているアーティファクトがあるんだぞ、それを発見した人がいるんだぞ、あんたの巻き添えをくらうなんて真っ平だ!」


 誰か一人ぐらい庇う者がいるだろうと思ったのだが、クブルッチ教授は助手達全員に罵られた。


「お願いします、発掘品の仕分けや、記録ならできます」

「エルメール卿の指示には、絶対に逆らいません」

「お願いです、歴史的瞬間に立ち会わせて下さい!」


 助手の皆さんからは不愉快な思いもさせられていないし、次の教授が来るまでボーっと待っているのも時間の無駄だ。

 モッゾやライオスと相談して、とりあえず残っても構わないが、次の教授が退去を命じた場合には従うという条件付きで学術調査への参加を許可した。


 クブルッチ教授は、同行してきたギルドの職員とトラ人の冒険者に連れられて、地上にトンボ返りする事になった。


「くそぉ……憶えてろよ」


 教授はトラ人の冒険者の冒険者に突き飛ばされるように歩かされながら、俺に向かって小者っぽい捨て台詞を口にした。


「余計なことを言わなきゃいいのに……ちゃんと憶えておくし、貴方は敵と認定したから、ちょっかい出すなら覚悟しておくんだね。俺は魔砲使いなんて言われるぐらい火力にも自信があるのをお忘れなく」

「くっ……」


 最後まで腹立たしいオッサンだったけど、ある意味早々に追い出せて良かったかもしれない。

 クブルッチ教授が退場したところで、改めて助手達に教授の人となりを聞いてみると、思っていた以上に酷い人物のようだ。


「気に入らない人間は、教授の権限でクビにしたり、退学に追い込んだり……」

「気に入った女生徒には、権限をチラつかせて体を触ったりしてるらしいです」

「それだけじゃなくて、学校が所蔵しているアーティファクトを横流ししているって噂も……」


 前世日本でいうところのパワハラ、セクハラ、横領疑惑の三拍子揃ったクズらしい。


「何で、そんな人間が教授になれたの?」

「さっきも話に出ましたが、魔導車の動力部を解明したエルゲラ教授の助手をしてたらしいんです。助手って言っても、高齢だったエルゲラ教授の身の回りの世話をしていただけみたいなんですけど……エルゲラ教授が亡くなられて、その後釜に入り込んだ……みたいな」

「じゃあ、次に来る准教授も駄目そうだね」


 あれが教授ならば、准教授だったら更に酷いのかと思ったら、助手達の評価は違うようだ。


「研究にかける情熱でしたら、モルガーナ准教授の方が遥かに上です」

「そうなの? だったら最初からその准教授がくればいいのに……年功序列みたいな感じで選ばれたのかな?」

「いや、そうじゃなくて……たぶん、モルガーナ准教授だと調査が進まなくなると学長が判断したんだと思います」

「えっ、どういう事?」


 僕には意味が分からなかったのだが、助手達は全員納得しているみたいだ。


「何て言うか、情熱がありすぎて、こんなの見たら奇声を上げて走り回るかもしれません」

「あぁ、なるほど……」


 俺の脳裏に浮かんだのは、雷の魔法陣で悶絶するレンボルト先生の姿だ。

 その准教授も研究バカってやつで、遺跡の学術調査というより、ここで研究を始めちゃいそうな人物なのだろう。


 俺が推測を話すと、助手達全員が頷いてみせた。


「うわぁ、面倒くせぇ……」

「ですよねぇ……」

「いやいや、ですよねぇじゃなくて、何とかしようよ」

「何とかと言われましても……」

「もうさ、物理的に叩いてでも止めよう。じゃないと終わらないよ」


 建物の規模を伝えると、再び助手達は驚きの声を上げた。


「そ、そんなに広いんですか?」

「そうだよ。建物の向こう側には魔導車を停めていたスペースがあって、そこには二輪の魔導車の残骸もあったよ」

「本当ですか!」

「見たいでしょ? 見たいよね? だったら止めよう。その准教授に研究したけりゃ早く仕分けを終わらせて、学院に戻れって言って尻を叩こう」

「分かりました、自分らで何とか止められるように頑張ります!」


 学術調査は一難去って、また一難という感じだけど、なんとか助手達を利用して早く終わるように仕向けよう。

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