第387話 学術調査の教授

 シルバーモールの他にも二つのパーティーが加わって、ダンジョンから対岸へと向かう通路の拡張工事が本格化した。

 同時に、発掘に携わる者達が滞在するための居住区の設営も急ピッチで進められている。


 これまでダンジョンでの冒険者の活動といえば、出没する魔物を倒しながら未踏区間を調べ、目ぼしい遺物が無いか探す作業がメインだったが、これからは埋まった建物を掘り出す作業が加わる。

 町全体が土に埋もれてしまっているから、掘らないことには辿り着けない。


 いくら土属性の魔法が使える者がいたとしても、掘り出した土を運び出す作業が人力オンリーなので、必然的に重労働になる。

 疲労を回復させるには、魔物の襲撃を心配することなく安心して休める場所が必要だ。


 ギルドが居住区を設営するのはそのためであり、冒険者達も自分達の利益になるから積極的に手を貸している。

 パーティーの数が増えたので、発掘作業周辺の監視や護衛も楽になった。


 周辺の探知を担当していたシューレも休める時間が増えたので、ほっとしているようだ。

 一方で、他のパーティーと合同での活動が初めてのミリアムは、だいぶ緊張している。


 どこのパーティーも探知を担当しているのは比較的体の小さな冒険者で、猫人のミリアムが侮られたりしない代わりに、親しみを込めて頭を撫でられることに戸惑っているようだ。

 兄貴は、体が大きな土属性の冒険者に混じって、戸惑いながらも黙々と作業を進めている。


 他のパーティーの冒険者達も、最初は猫人の兄貴を物珍しそうに眺めていたが、すぐに自分達の作業に専念するようになった。

 ガドが間を取り持ってくれているようだったが、兄貴の働きも認められたみたいだ。


 こうして猫人が、他の人達と違和感なく共同作業をしているのを見ると、なんだかジーンとしてくる。

 冒険者は実力が全ての世界だから、ちゃんと働けば人種など関係なく認められる。


 まぁ、中にはボーデみたいに突っかかってくる者もいるが、そうした連中は殆どが自分の実力に自信の無い連中だから相手にする必要はない。


「また、どこかのパーティーが来るみたい。結構大人数よ」


 モッゾがギルドへの報告を終えて戻ってきてから二日ほど経った頃、周囲の警戒を担当していたミリアムが声を上げた。

 その言葉通りに、大勢の足音と話し声が近付いてきた。


「エルメール卿、学術調査を担当する教授が来たようです」


 ギルドの担当者モッゾが俺を呼びに来たけど、チャリオットのリーダーはライオスだよ。

 いくら世の中での知名度が高くても、その辺りは蔑ろにしてもらいたくないな。


 いや、別に面倒事をライオスに押し付けようとしてる訳じゃないよ。

 こういう事は、ちゃんとしておかないとね。


 ライオスを呼びに行って一緒に出迎えた学術調査の一行は、護衛の冒険者も加えると二十人以上の大所帯だった。

 その中で一際目を引いたのは、ダンジョンには不釣り合いな仕立ての良さそうな服に身を包んだタヌキ人の中年男性だ。


 時空を超えて、遥か信楽の地から顕現したのかと思うほど、ディス・イズ・タヌキ人な体型をしている。

 モッゾがタヌキ人の男性に歩み寄って挨拶をした。


「御足労いただきありがとうございます、クブルッチ教授。こちらが、今回の発見をいたしました冒険者パーティーの……」

「あぁ、後にしてくれ。新しい遺跡とやらに、早く案内したまえ」

「いや、ですが……」

「向こうか、向こうなんだな!」

「あっ……教授!」


 クブルッチ教授と呼ばれたタヌキ人のオッサンは、モッゾの制止など意にも介さず、ダンジョンから対岸へと向かう通路を歩いていく。

 通路の拡張工事を行っていた土属性の冒険者達も、面倒事には関わりたくないようで、苛立たし気な表情を浮かべながらも道を譲っている。


 腹立たしいから、後ろから声を掛けてやった。


「中は明かりも無いし、魔物が出ますよ」

「な、なんだと、それを早く言え! おい護衛、さっさと先に行って中を照らせ!」


 通路の途中で足を止めたクブルッチ教授が、同行してきたトラ人の冒険者を先行させる。

 冒険者が左手に明かりを持って先頭に立ち、右手は剣の柄を握って通路を進んでいく。


 護衛の冒険者は兄貴が設置したドアの手前に明かりを置き、クブルッチ教授には下がるように手振りで示した。

 剣を抜き放ってから慎重にドアを開け、中の様子を確かめて驚きの声を上げた。


「これは……」

「どうした、何があるんだ!」

「どうぞ、ご自身の目で確かめてください」


 護衛の冒険者が明かりを持って内部へ踏み込むと、クブルッチ教授は待ちきれない様子で建物へと駆け込んだ。


「おぉぉ……素晴らしい! これは手つかずのダンジョンではないか」

「あまり、奥へは行かないで下さい」

「分かっている! ギルドの担当者!」

「はい、お呼びでしょうか?」


 モッゾが慌ててクブルッチ教授へ歩み寄った。


「お前が、冒険者達の発掘に待ったをかけたのか?」

「はい、そうですが……」

「ふははは、そうか、そうか、良くやった! お前、名前はなんという?」

「モッゾと申します」

「そうか、良くやったぞ、モッゾ! お前のおかげで貴重な遺跡が守られた」

「いえ、私はやるべき事をやっただけで……」

「謙虚だな。だが、そのやるべき事すらできない者が世の中にはごまんといる。あちら側のダンジョンは、無教養な冒険者共が好き勝手に荒らしたおかげで、貴重な資料が殆ど失われてしまった。たった今から、学院の管理下に置く。冒険者は我々の護衛をしていれば良い……いや違うな、護衛以外は何もするな!」


 傲然と言い放ったクブルッチ教授の言葉を聞いて、護衛してきた冒険者さえもが眉を吊り上げている。

 あと一言でも侮辱されれば、殴りかかるのではないかと思った時、ライオスの声が聞こえました。


「モッゾ、話が違うんじゃないか? 俺達は、遺跡の権利を手放すなんて言った覚えはないぞ」

「分かっています。クブルッチ教授、ちょっと待って下さい。この調査はあくまでチャリオットの皆さんに協力をいただいて……」

「ふん、さっきも言ったが、冒険者は護衛をしていれば良い。下手に手出しをされたら貴重な遺品を壊されるだけだ」

「なんだと……大人しく聞いてりゃ調子に乗りやがって……」


 モッゾやライオスが何かを言うよりも早く、護衛してきた冒険者がクブルッチ教授の襟を鷲掴みにした。

 なんだか、初っ端から面倒だねぇ。


「まぁまぁ、そんなにカリカリしないで……」

「なんだ手前、冒険者のくせにこの野郎の肩を持つ気か?」

「俺は、この遺跡を発見したパーティーのメンバーだから、言う権利ぐらいはあるよね?」

「だったら、余計にこんな奴は許せないだろう」

「ぐぅ……貴様、手を離せ……」


 トラ人の冒険者に襟を掴んで吊り上げられて、クブルッチ教授の足は地面から離れそうだ。


「まぁまぁ、こんだけ自信満々なんだから、とりあえず……そこの店で学術調査のお手並みを拝見といこうよ。それを見た後でも不満なら、ダンジョンから叩き出せばいいんじゃない?」

「まぁ、発見者がそう言うなら仕方ねぇ……おい、お偉い学者さんの腕前とやらを見せてみろ」


 トラ人の冒険者は、俺が指差した携帯ショップの方向へクブルッチ教授を突き飛ばした。


「ぐぁぁ……この無礼者が! 私を誰だと……」

「うるせぇ、手前には今朝会った時からムカついてんだ。ダンジョンの中では実力が全てだ。さっさと手前らの実力を見せてみやがれ」

「貴様……覚えておけよ、私は大公殿下から……」

「うるせぇ、口先だけで何も出来ないなら、その首を圧し折ってやんぞ、さっさとやれ!」


 トラ人の冒険者やシルバーモールのメンバーの話からして、冒険者と学者は仲が悪いようだ。

 学者は冒険者が貴重な資料を駄目にすると思っていて、冒険者は学者が稼ぎの邪魔をすると思っているようだ。


「おい、明かりを持って来い! グズグズするな、調査を始めるぞ!」

「はい、ただいま!」


 クブルッチ教授の助手らしき人達が、背負ってきた折り畳みしきのテーブルや椅子を携帯ショップの前に広げ、紙やインクを用意して記録の準備を始めた。

 その間に、トラ人の冒険者が明かりを掲げて先に店へと入り、安全を確認した所でクブルッチ教授と助手達が踏み込んだ。


 携帯ショップに展示されているスマホやタブレットらしき物は、経年劣化で壊れてしまっているものの、魔力を補充するための魔法陣や案内用のディスプレイなど、見るべきものが沢山ある。

 それらを学院の人達が、どんな手順で調査、記録していくのか見たかったのだが、十分もしないうちにクブルッチ教授は戻ってきた。


「下らん! タイルの店など調査する価値も無いわ!」


 展示品のスマホを投げ捨てながら言い放ったクブルッチ教授の言葉を聞いて、モッゾが盛大に溜息をつきながら頭を抱えた。


「なんだ貴様、ワシを馬鹿にする気か」

「教授、それはタイルなどではなくアーティファクトです」

「何を馬鹿な事を言っている、あんなアーティファクトがあるものか!」

『下らん! タイルの店など調査する価値も無いわ!』

「なにぃ……」


 音量を最大にして、録画したばかりの動画を再生すると、建物の玄関ホールに居合わせた人達の視線が俺に向けられた。


『下らん! タイルの店など調査する価値も無いわ!』

『下らん! タイルの店など調査する価値も無いわ!』

『下らん! タイルの店など調査する価値も無いわ!』


 再生を繰り返すと、トラ人の冒険者が興奮を隠せない様子で歩み寄って来た。


「おいおいおい、何だそれ! アーティファクトが動いてるのかよ! どうなってんだ、そっくりそのまま再現できるのか」

「いいでしょ、このアーティファクト」

「すげぇ、まだあるのか?」

「あるけど、手順を間違えると壊れる。それと、精巧に作られている物だから、投げ捨てたりしたら一発で壊れるよ」


 投げ捨てたスマホを慌てて拾い上げていたクブルッチ教授は、俺の顔を見た後で携帯ショップへと駆け込もうとした。


「シールド」

「ぶがぁ……」


 空属性のシールドに顔から突っ込んで、クブルッチ教授は仰向けに倒れ込んだ。

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