第386話 異世界スマホ
スマホをいじっていると時間が溶ける。
使えるようになった機能はほんの一部なのだが、久々に触れる電子機器にワクワクが止まらない。
これまでに判明した機能は、カメラ、ボイスレコーダー、時計&タイマー、電卓などだ。
時計の機能を発見したことで、この時代の数字の表記法が分かり、+や-にあたる記号も分かった。
複雑な計算をすることなど無いけれど、電卓の機能は何かと便利だし、正確な時計は貴重だ。
カレンダーと連動するスケジュール帳らしきアプリもあるのだが、文字が違うので打ち込めない。
今の時代の文字をフォントにして入れる……なんて専門的な事は俺には無理なので、便利そうだけど使えない。
音声入力があったので試してみたが、スマホ内部の検索をしてくれているようだが、文字は読めないし、そもそも音声の内容を正しく認識しているのかすら分からない。
古代の言葉と現代の言葉を翻訳するアプリ……なんてある訳ないよねぇ。
「これは地図アプリだと思うんだけど……これって位置情報機能かにゃ?」
地図アプリらしきものも見つけたのだが、何かの機能を作動させるか否かを訊ねるウインドが開き、また緑のボタンをタップするのだがエラー表示っぽいものが出てしまう。
エラー表示は解除できるのだが、その結果として表示されるのは世界地図になってしまう。
転生してから、正確な世界地図とか見た覚えが無いし、シュレンドル王国の地図すら大体の形を描いたものしか知らない。
ダンジョン周辺の地図が見つけられれば今後の探索に役立つと思ったのだが、いくらダンジョンが大きくても世界地図から見つけ出すのは至難の業だろう。
それに、街が埋まるほどの地殻変動が起こっているのだから、今とは地形も変わっているはずだ。
「GPSみたいな衛星があって、ナビゲーション機能とかもあったのかな」
今は地中深くにいるから衛星の電波は届かないだろうし、そもそも衛星が今も機能しているとも思えない。
あとは、住所や施設名を示す文字列を発見すれば、検索機能で見つけられる可能性がある。
後で、建物の内部に書かれている文字列をメモしてきて、片っ端から入力してみよう。
上手くすれば、人工島周辺の地図を見られるかもしれない。
スマホに搭載されているカメラの機能は、かなり高性能だった。
通常撮影、接写、望遠に加えて、顕微鏡並みの拡大撮影や暗視撮影も可能だった。
今の時代には録音する装置すら無いのに、各種の動画に音声まで加えられるのだから、記録装置としては破格だろう。
「世間に知られたら、間違いなく王室献上品になるだろうにゃ……王都まで持参しろとか言われそうだにゃぁ……」
スマホの機能を解析していくのは楽しいのだが、その後の展開を考えると少々憂鬱になってしまう。
伏魔殿みたいな王城に行くのは、出来れば勘弁してもらいたい。
ファビアン殿下、エルメリーヌ姫の兄妹ならば会っても大丈夫だろうが、その他の王族は王位を巡ってギラギラしているから近付きたくない。
俺の前世の知識は、世の中が良くなるためなら積極的に使いたいが、王位継承争いを優位に運ぶためなんかに使われたくない。
スマホをいじって遊んでいるうちに、モッゾとセルージョ、ミリアムが戻って来た。
自分の足で上り下りしたら時間が掛かるだろうが、ギルドの職員と同行なので地上までは昇降機で往復したらしく、思っていたよりも早かった。
戻ってきたモッゾにスマホを見せたら、比喩ではなく本当に腰を抜かした。
「ア、ア、アーティファクトが動いてる……」
「そんなに珍しいものなんですか?」
「実働するアーティファクトは、これまで確認されていません。国宝級ですよ!」
「よっしゃー!」
モッゾの言葉を聞いて、セルージョが両手の拳を突き上げて歓声を上げた。
国宝級のお宝となれば、当然高い値がついて儲かるという訳だ。
「エルメール卿、いったい、どうやって動かしたんですか?」
「それは……秘密です」
「あぁ、そうですよね。それほどの情報ともなれば、莫大な価値がありますものね……」
「いずれ、キチンとした形でギルドには提供しますよ。俺とすれば、早くこの技術を解析してもらって、一般に普及させてもらいたいですからね」
「見たままを記録できるなんて……先史文明はどれほど進んでいたのでしょう」
「二百年、いや三百年ぐらい先の文明でしょうね。でも、こうした見本があるのですから、百年ぐらいで追いつくかもしれませんよ」
「百年……私は今、そんな未来のアーティファクトを目撃しているんですね」
座り込んだまま女神ファティマに祈り始めたモッゾが、現実に帰還するまで一時間ほど掛かった。
「ニャンゴ、どうやったのかは知らねぇが良くやった。これでガッポリ稼げるぜ」
「その様子だと、交渉は上手くいったんだね。セルージョ」
「おぅ、任せろ。建物内部の品物の権利はガッチリ確保したぜ。運び出しや権利保障などで一割ほどはギルドに持っていかれるが、他の冒険者共に横取りされる心配は要らねえぞ」
チャリオットが掘り当てたショッピングモールと思われる建物からの発掘品は、一度全て学術調査が行われ、その後に買い取りの査定が行われるそうだ。
そのため、全ての品物についてギルド職員が目録を作るらしい。
調査の過程で紛失や破損したものについては、国とギルドから補償がなされるそうだ。
チャリオットは学術調査に同行して、学院から送られてくる教授たちの安全を確保し、物品搬出に立ち合い確認することになる。
冒険やダンジョン発掘の醍醐味はかなり薄れてしまうけれど、収入面は確実に増えていくはずだ。
「収入が増えるのは良いけれど、セルージョが駄目人間にならないか心配だよ」
「何言ってやがる。いいかニャンゴ、冒険者ってのはドカっと大きく稼いで、あとは武勇伝を語りながら余生を過ごすってのが醍醐味なんだよ」
「えぇぇ……セルージョは、まだ余生って歳じゃないでしょ」
「まぁ、爺じゃねぇが、身を固めるならそろそろだからな」
確かに元祖チャリオットのライオス、セルージョ、ガドは、そろそろ家庭を持たないとヤバそうな歳ではある。
学術調査は、一年程度では終わらないだろうし、現実的に考えれば旧王都で家庭を持つ事になるのだろうが……問題は相手だろう。
とりあえず、セルージョは置いておくとして、ライオスとガドは冒険者の中では真面目な部類だと思うが、飲む酒の量は尋常じゃない。
収入は大幅に増えそうだから酒代は問題ではないだろうが、そもそもどこで出会うのかが問題だ。
レイラみたいな酒場のお姉さんは競争倍率が高いし、女性冒険者もそれは同じだ。
ギルドの受付嬢、食堂のお姉さん……などと考えても、旧王都に来たばかりでは知り合いも少ないし、すぐ結婚なんて話にはならないだろう。
というか、まずは建物の探索を軌道に乗せないと話にならないだろう。
モッゾが居住区作りに戻って暫くすると、ヒュスト率いるシルバーモールの面々が姿を見せた。
ヒュストに頼まれて、解析中のスマホを見せると、シルバーモールのメンバーは目の色を変えて通路拡張の作業に取り掛かった。
ガドと兄貴も加わって、海上都市だったダンジョンと対岸までの橋の部分の通路を広げていく。
今はライオスとガドが、かろうじてすれ違える程度の大きさしかない通路を馬車が通れる程度の大きさまで広げ、同時に壁面や天井が崩れないように硬化させる。
同時に、掘り出した土を使って、居住区奥の壁の設営も進める。
魔物が入り込めない安全地帯を確保して、安心して休息が取れるようにするためだ。
ガドや兄貴が土属性魔法を使って作業を進めている間、俺はスマホの解析をしながら別の作業を行った。
作業と言っても、空属性魔法で魔法陣を作って発動させているだけだが、結構役には立っているはずだ。
発動させているのは気体を発生させる魔法陣を五個組み合わせたものだ。
酸素を発生させると思われる魔法陣を一個、窒素を発生させると思われる魔法陣を四個セットにしたものだ。
大気の成分は酸素が約二割ちょい、その他は殆どが窒素なので、この割り合いで発生させていれば大きな問題は起こらないだろう。
ダンジョンは、最下層の横穴にも魔物が巣食っているぐらいなので、酸欠になる心配は少ないと聞くが、それでも大勢の人間が一ヶ所に集まって作業を行う場合は心配だ。
折角見つけたお宝を自分達のものにするまえに酸欠で死んだら、地縛霊になってしまいそうだ。
気体発生の魔法陣は、音もしないし光もしないから、発動させていても誰も気付かないけど、人知れず世の中の役に立つ、これこそがノブレス・オブリージュというものだろう。
名誉騎士は大変にゃのだ。
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