第384話 魔力回復魔法陣

「ライオス、ちょっとそこの店を覗いてきてもいい?」

「構わないが、ネズミやクモは大丈夫か?」

「うん、探知した範囲ではいないよ」

「そうか、だが念のためだ、レイラ、一緒に行ってやれ」

「いいわよ、行きましょう、ニャンゴ」

「うん……」


 ガラス製の自動ドアが閉まっていたのと、魔道具の明かりが反射して見難かったから気付かなかったが、入り口左手の店は携帯ショップのようだ。

 自動ドアを抉じ開けて店に入ると、案内用の液晶ディスプレイがあり、その奥に展示スペース、一番奥が契約用のカウンターになっていた。


 そして展示スペースには、俺の目的の品物、スマートフォンらしきものが沢山並べられていた。


「これ、向こうの案内板とか、そこの入口にあるものを小さくした物みたいね」

「うん……」


 レイラの言葉に生返事を返しながら、展示してあるスマートフォンの一つを手に取った。


「あぁ! これは!」

「どうしたの、ニャンゴ」

「これ、魔力回復の魔法陣だ……」


 スマートフォンが載っていた台には、俺が魔力回復に使っている魔法陣が刻まれていた。


「どういう事?」

「そうか……充電器なんだ。てことは……」

「ニャンゴ?」


 ディスプレイの魔法陣と同じサイズで魔力回復の魔法陣を作って、そこにスマートフォンらしきものを載せてみたが反応は無い。

 もう内部が壊れてしまっているのだろうか、魔法陣の圧縮率を変えても反応は無かった。


「ニャンゴ……?」


 スマートフォンを台に戻し、店の奥に向かう。

 カウンターの更に奥、従業員のスペースの更に奥に入ると、棚にケースが並んでいた。


 剥き出しの棚に並んでいる箱はボロボロに崩れて、内部の発泡スチロールが剥き出しになっていたが、開閉式のケースの内部には綺麗な箱がいくつか残されていた。

 そのうちの一つを取り出して、ケースの戸はしっかりと閉めておく。


 箱に書かれている文字は全く読めないけれど、背面カメラが四つも搭載されている機種らしい。

 慎重に箱を開けて、中から発泡スチロールのケースを取り出す。


 ケースの上下に分かれる継ぎ目の部分は、しっかりと嵌って密封するように作られていた。

 中には、薄っぺらい説明書らしき冊子、本体、背面ケース、そして電池らしきものが入っていた。


 充電器が入ってないところを見ると、あの魔法陣が非接触型充電器……いや、充魔力器の共通規格になっているのだろう。

 電池……いや、魔力カートリッジとでも呼ぶべきものは、フィルム状の素材で厳重に密封されていた。


「まさか、この状態でも使えたりするのか?」


 震える手でカートリッジからフィルムを剥がし、本体にセットして背面ケースを嵌め込んだ。


「にゃっ! 点いた!」


 ディスプレイが点灯したが、すぐにバッテリーの残量警告が表示された。

 さっきの魔力回復の魔法陣を作り、圧縮率を段階的に変化させて試していくと、遂に充電中の表示に切り替わった。


 続いて、内部カメラが作動して、俺の顔が液晶に表示される。

 モニターの中央に顔を映すと、画像が固定されて何やら文字とボタンが表示された。


「これって顔認証なのか……?」


 文字は読めないが、表示されたボタンは緑と赤……少し迷ったが緑のボタンをタップすると、液晶に文字列が表示された。

 画面の左側にスクロールバーが表示されたので、下まで送っていくと再び緑と赤のボタンがあったので、今度は迷わず緑をタップ。


 すると今度は入力画面に変わった。

 カーソルが点滅して、下にはキーボードが表示される。


 表示された記号の中から、覚えやすいものを三つ選んで組み合わせて即席のパスワードを作った。

 入力して、エンターキーらしきものをタップすると、確認用の入力を要求され、作ったばかりのパスワードを慎重に入力した。


 再度、確認用の緑と赤のボタンが表示され、緑をタップするとOSが起動し始めた。


「にゃにゃっ、動く、動くぞ……こいつ」


 OSの起動を待ちながら、今更ながらに本体を確認すると、どうやらカードスロットがあるらしい。

 スマートフォンを取り出した開閉式のケースの中を探すと、カードを発見。


 容量と思われる文字が書かれているが読めないので、画数が多いものを選んで二枚拝借した。


「あれっ? これはシムなのか? メモリーなのか?」


 薄っぺらい冊子の図をみると、背面ケースを開けた内側にもスロットがあるらしい。

 開けて確認しようかと思ったのだが、背面ケースはガッチリ嵌っていて開けられそうもなかった。


「防水のためかにゃ……」


 背面ケースを開けるのは断念して、メモリーカードをスロットに差し込むと、無事に認識したようだ。

 OSの起動が完了し、充電は三分の一程度、本格的に弄り倒すのは充電が終わってからにしようと思ったところで、忘れていたものに気付いた。


 少し離れた所から、レイラがジッと俺を観察していた。


「みゃっ、これは……」

「話してもらうわよ、どうしてそれを扱えるのか」

「うにゅぅぅぅ……」


 なんの事だか分からにゃい……僕かわいい猫人だにゃん……なんて誤魔化しは通用しそうもないし、諦めて転生者だと告白した。


「違う世界で生きていた頃の記憶があるの?」

「うん、こことは全然違う魔法が存在しない世界の記憶」

「それって、この建物があった時代じゃないの?」

「ううん、たぶん違う。この機械は魔力で動いている。表示方法とかは俺の前世にあったものと似ているけど、根本的な理論とかは違うものだと思う」

「それで、それは何をするためのものなの?」

「たぶん、遠くにいる相手と連絡を取り合うためのものだと思う。俺の前世では、補助する基地局がある場所ならば、星の裏側まで連絡が出来ていたよ」

「星の裏側って……想像もできないわ。もしかして、その世界では人が空を飛ぶ機械もあったの?」

「うん、海を越え、山を越えて、遠くの国まで行ける仕組みがあった」

「なるほど……だからニャンゴは空を飛んでみようなんて考えたのね」


 レイラは既に、俺の作った飛行船で空の散歩を体験済みだ。

 こちらの世界では、熱気球すら見かけないのだから、俺の素性に疑いを持たれるのは当然だろう。


「つまり、ニャンゴは全く違う世界の記憶を持っていて、その世界とこの遺跡があった時代は同じぐらいに文明が発展していた……ってことね?」

「うん、でも魔法を基本としているから、この遺跡の方が環境には優しいかも……」

「環境に優しい?」

「あぁ、そうか、こっちの世界では、まだ環境問題とかは余り起こっていないから、そういう考えも無いのか……」


 前世の日本や世界で起こっていた、環境汚染や地球温暖化の話をしても、レイラには今一つピンと来ないみたいだ。


「うーん……そうだなぁ、薪を作ろうとして山の木を伐り過ぎてしまうと、大雨が降った時に土砂崩れとかが起きやすくなったりするでしょ。そういう自然に悪い影響を与えることを環境問題って呼んでた。文明が発展するほど開発の規模も大きくなるから、そうした問題の規模も大きくなって、自然の力だけではカバーできなくなるんだ」

「それじゃあ、この建物やダンジョンが埋まってしまったのも、その環境問題が原因なの?」

「いや、たぶん違うと思う。ここが埋まったのは、火山の噴火とか地殻変動が原因だと思う」

「良く分からないけど……ニャンゴが急に賢くなった気がするわ」

「普通の人が知らない知識があるだけで、それは賢いのとは違うと思う」


 前世に生きた年月と、ニャンゴとして生きた年月を合わせれば三十年ぐらいになるが、成人として世の中に出て働いたのは、冒険者になってからだけだ。

 いくら機械文明の知識があっても、子供同士の世界にいるうちは精神的に成長したと思えない。


「でも、知識は大事でしょ?」

「うん、それは否定しないけど、前世の文明は高度に発展しすぎていて、こういう用途の機械だと分かっても、それを一から作れるほどの詳しい知識は覚えていないから、どこまで役に立つか分からないよ」

「そんな事はないわよ。私たちじゃ、その板を動かすことすら出来なかっただろうし、それは遺跡を研究している学者でも同じだったと思うわよ。用途や働きが分かれば、それだけでも大きな進歩になるわ。ニャンゴは絶対に研究に協力すべきよ」

「うん……そうなのかもしれないけど、ずっと研究に縛られていたら、冒険者としての活動はできなくなっちゃうよ」


 せっかく魔法が使える世界に転生したのに、研究室に縛られるような生き方はしたくない。


「大丈夫じゃないの。この建物を調べるだけでも、かなりの時間は掛かると思うし、他にも建物が埋まっているんでしょ? だったら、現場で働く研究者として活動すれば、冒険者と両立できるんじゃない?」

「そうか……発掘を担当する考古学者ならば冒険者と両立できるのか。うん、ちょっと考えてみようかなぁ……」


 レイラと話し込んでいるうちに、スマートフォンへの魔力の充填が完了した。

 通話やネット検索は出来ないけど、アプリらしきものはいくつもプリインストールされているみたいだ。


 ではでは、早速撮影から始めようかな。

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