第383話 潜むもの

 建物内の通路を東に向かって歩き続けると、別の出入口に突き当たった。

 入り口からここまでの距離は、百メートル近くありそうだ。

 

 案内図の縦横比が正しければ、南北方向は七十メートルぐらいだろう。


「どうやら、こちら側はここまでみたいね。どうするニャンゴ、戻る?」

「この先を見てみたい」

「まだ先があるの? 埋まってるんじゃないの」



 案内図の文字は読めなかったが、この先は立体駐車場になっているはずだ。

 当時の魔導車が、まだ残っているなら見てみたい。


 自動ドアと思われるガラス製の戸を抉じ開けて更に先へと進むと、思った通り駐車場のようだが、そこに前世の頃には見慣れていた物の残骸が落ちていた。


「これは! にゃ、にゃんだろうなぁ……」


 危うく自転車だ……って叫んじゃいそうになったけど、どうにか堪えた。

 折り重なるように倒れ、フレームやチェーンは錆び付いているし、タイヤはボロボロに朽ちている。


 それでも、その形は自転車にしか見えなかった。

 どうやら、駐車場の一角が自転車売り場になっていて、その周囲が駐輪場だったらしい。


 錆ていないフレームやホイールのリムはアルミ製なのだろう。

 ただ、子供用らしき自転車を除くと殆どが三角フレームで、いわゆるママチャリ型のフレームが見当たらない。


 やっぱり、日本が滅んだ後の未来という訳ではないのだろう。


「これって、なんで車輪が二つしか付いていないのかしら。これじゃあ倒れちゃうでしょ」

「にゃ、にゃんでだろうねぇ……」


 すっとぼけたつもりだったが、何だかレイラの視線が痛い。

 でも、自転車ならダンジョンの側でも見つかっていそうだが、一般的に流通しないのは工作精度の問題なのだろうか。


「これって、同じような物が沢山あるから、普通に使われていた物なんでしょうね」

「そうだと思うよ。たぶんだけど、乗り物なんだと思う」

「でも、車輪が二個だけよ」

「そこは、上手くバランスを取って乗るんじゃない?」

「ふーん……」


 レイラには、空属性魔法で作ったオフロードバイクは披露していない。

 兄貴は乗せたけど、オフロードバイク自体は見えていなかったから、どんな形なのかも分かっていないはずだ。


 そして、自転車置き場があるということは……。


「あった……これ、たぶん魔道具だ」

「えっ、これも車輪二つしか無いわよ」

「うん、でもあっちはたぶん人力で回すタイプで、こっちは魔道具の動力で進むタイプだと思う」

「そう言われてみると、向こうは回すようになってそうね」


 見つけた魔導二輪は、スクータータイプではなくクラシックバイクみたいな形をしている。

 ただし、エンジンからチェーン駆動ではなくて、後ろのタイヤの中心に魔道具が仕込んであるようだ。


 構造としては電動バイクに近い形だ。


「魔石で動かすのかなぁ……それとも、乗る人の魔力で動かすんだろうか?」

「ニャンゴ、お宝探しは後だって言われてるでしょ。あんまりノンビリしてると、ライオスに怒られるわよ」

「うん、そうだね。ライオスだって探索して回りたいんだもんね」

「そうそう、ちゃんと楽しみを残しておいてあげないと駄目よ」


 更に東側を空属性魔法で作った明かりで照らしてみると、斜めに積もった土の壁が見えた。

 上の階へと上がるスロープは一番外周に設置されていたようなので、たぶん土に埋もれてしまっているのだろう。


 駐車場には、輪留めらしき出っ張りや枠の痕跡らしきものも残っていた。

 錆び付いた機械とゲートらしきものは、駐車場の精算機かもしれない。


「ニャンゴ、向こうの端まで照らせる?」

「うん、やってみるよ」


 駐車場には車が残っていないので、南北の幅を確認するのには丁度良さそうだ。

 十メートルぐらいの間隔で、空属性魔法の明かりを灯していくと、何かが通路を横切った。


「何かいたわね」

「ネズミっぽかったけど……」

「戻るわよ」

「えっ、ネズミなら大丈夫じゃない?」

「広い場所や街中だったらね。でも、ここはダンジョンの中なのよ。密閉された空間で、大量のネズミに襲われたら……」

「うん、戻ろう」


 窮鼠猫を噛むどころか、大群で襲われたら危険だ。

 噛まれるだけでも、どんな病気を移されるか分かったものではない。


 俺とレイラは、周囲の物音に警戒しながらライオス達が待つ入り口へと戻った。


「ただいま、ライオス」

「おう、早かったな。そんなに広くないのか?」

「とんでもない、かなりの広さだよ。すぐそこに案内板があって、それを見ると地上九階、地下一階建てみたいだよ」

「そんなに広いのか、まぁダンジョンの規模を見れば、その程度の建物があっても不思議じゃないか」


 東西の幅、南北の幅、内部には色々なショップが入っていたらしいと伝えて、レイラが持ち帰った鏡を見せると、ライオスは今にも飛び出して行きたそうな表情を浮かべた。


「でもライオス、ネズミらしい影を見掛けたわよ」

「本当か?」

「ええ、ニャンゴも見たわよね」

「うん、確かにネズミっぽかったけど、イブーロの倉庫にいるネズミよりは一回り大きかった気がする」

「そいつは少々厄介だな。本格的に探索をするなら、探知能力のある奴が一緒じゃないと危ないかもしれないな」


 ダンジョンのような環境下では、大型で力の強い魔物も危険だが、ネズミのように小型の獣や魔物が大量に襲い掛かって来る方が対処が難しい。


「内部のチェックが完全に終わるまでは、単独での探索は控えよう。フォークス、ドアの設置を進めてくれ」

「了解」


 どうやら、俺とレイラが探索を進めている間に、ライオスと兄貴は入り口にドアを設置するための工事を進めていたようだ。

 工事を急ぐのは、チャリオット以外の人間が建物にはいるのを防ぐと同時に、ネズミの大群が現れた時に封鎖するためだろう。


 既に、ドアを取り付けるための枠組みは出来上がっている。

 アツーカ村で復興工事を行って来たから、兄貴はこの手の作業をそつなくこなせるようだ。


「ライオス、兄貴が作業している間に、ちょっとネズミ退治が出来ないか試してみるよ」

「そうだな、イブーロで一番のネズミ退治の技をここでも発揮してもらおうか」


 今いる入口を中心として一階のフロアを探知してみたが、近くにはネズミらしい反応は無かった。

 それならばと、入口の脇にある階段から地下のフロアを探ってみた。


「うわっ、ライオス、いっぱいいる」

「どこだ?」

「そこの階段を下りて、北の方向へ進んだ辺り」

「数は?」

「ざっと数えて三十……いや、もっといる」


 地下のフロアにも、一階と同様にいくつもの店が入っているようだが、その一つにネズミが固まっていた。

 何かの死骸に群れているようだ。


「そいつら、根絶やしに出来るか?」

「出来るけど、死骸はどうするの?」

「とりあえず、そのまま放置だな」

「別のネズミが寄って来るんじゃない?」

「そいつらも始末しちまおう」

「分かった、とりあえずやってみる」


 ネズミが固まっている辺りに、空属性魔法で魔法陣を作って水を撒いた。

 一瞬、集まっていたネズミが散ったが、すぐに集まって来る。


 ネズミが再び群れたところで、強力な雷の魔法陣を作って接触させた。

 群れていたネズミは飛び跳ね、そのまま動かなくなった。


 ここからでは、探知ビットの反応で探るしか出来ないが、たぶん殆どのネズミは感電死したはずだ。


「とりあえず、集まっていたネズミは処理したよ」

「よし、後から寄って来る反応は片っ端から始末してくれ」

「了解、うわっ、早速集まってきたみたい」


 どうせだから、遠隔操作の銛で仕留められないか試してみた。

 探知ビットで居場所を特定して、空属性魔法で作った銛を使って刺し殺す。


 血を流しながら暴れて息絶えるから、更にネズミの数が増えそうだ。


「よしっ……よしっ……よしっ……」

「ねぇ、ニャンゴ。もう何匹仕留めた?」

「分かんないけど、たぶん五十匹以上」

「こっちに上がって来ないわよね?」

「たぶん……一応階段は封鎖してあるから大丈夫だと思うよ」


 ネズミの処理を行っている場所は、階段からは四十メートルぐらい離れている。

 こちらに上がってくる可能性は低いと思うが、念のために階段は空属性魔法で作った壁で封鎖してある。


「うわっ、なんか来た!」

「なになに、どうしたの?」

「ネズミじゃない大きな生き物が来て、集まっていたネズミが散っていった」

「どのぐらいの大きさ?」

「感じとしては、俺と同じか少し小さいぐらいだと思う……あっ、フキヤグモかも……」


 たぶん、壁か天井を伝ってきたのだろう、突然現れた生き物は足がたくさんあるように感じる。


「ニャンゴ、そいつは生かしておいていいぞ」

「死骸の処理をさせるの?」

「そうだ。フキヤグモは余程大きな個体にならないと人は襲わないからな」

「なるほど……」


 てか、俺や兄貴だと襲われちゃうんじゃないのかと思ったけど、まぁチャリオットのみんなと一緒ならば大丈夫か。

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