第382話 技術格差

 モッゾは地上に戻る前に、対岸へと渡る掘削現場の入り口に立て看板と明かりの魔道具を設置した。

 看板には、この先の掘削を禁じるとギルドの名で告げる張り紙がしてある。


 こんな看板だけでは冒険者達を止める効果は限定的だが、俺達チャリオットが目を光らせていれば話は別だ。

 鮫退治とか船幽霊退治のおかげで、旧王都でもチャリオットの名前は知られるようになっている。


 勿論、揉めると面倒な名誉騎士が所属している事も知られているようだから、強引に押し通ろうなんて奴はいないだろう。

 それにモッゾからは、正当防衛ならば叩きのめしても構わないと言われている。


 襲ってくるなら、雷の魔法陣を食らわせてやろう。

 雷属性は授かる者が少ないレア属性の魔法だが、空属性とは違って攻撃力が強いので騎士団にスカウトされる事が多い。


 火や水、風などの攻撃魔法は、金属製の盾ならば防ぐことが出来るが、雷の魔法は盾を伝わってダメージを与える。

 痺れるという生理的な嫌悪感に防御不能というイメージが加わって、雷属性は厄介な魔法と思われているので二、三発食らわせれば近付いて来なくなるだろう。


 セルージョとミリアムがモッゾの護衛として地上に戻ったので、建物の確認は俺とレイラが行う事になった。

 離れての行動になるので、集音マイクとスピーカーを合わせた通信機をライオスの所へ置いていく。


「ライオス、何かあったら呼び出して」

「分かった、かなり広そうだから気を付けていけ。それと、今回は建物の規模の確認だけだぞ」

「分かってる。お宝探しは後にするよ」


 俺が前、後ろにレイラの順で進む。

 ステップの高さは上げず、俺は下側、レイラが上を警戒する。


 五メートルごとに一つずつ、二十メートル先まで空属性魔法で作った明かりの魔道具を灯してあるし、周囲にもシールドを展開してるから、不意打ちを食らう心配は無い。

 とりあえず、建物の内部構造を把握するために、二階へ上がるエスカレーターの脇を抜け奥へと進むと、広い通路に出た。


「レイラ、あれって館内の案内板じゃない?」

「そうみたいね」


 広い通路の入り口には、館内の様子を描いた案内板が立っていた。


「これ、相当広そうだよ」

「上も、七、八、九階建て?」


 案内図は、前世日本で目にした大型商業施設のように見えた。

 地上九階、地下一階、建物の東側は立体駐車場のようだ。


 現代のものとは違い、見たことの無い文字で書かれているので内容は分らないが、階によって扱っている商品が違うのだろう。

 どの程度の商品が、どんな状態で残されているのかも分からないが、凄いお宝が眠っていそうだ。


「こっちの黒い板は何かしら?」

「魔道具かも……」


 分からない振りをして答えたけれど、レイラが眺めている案内板の隣に置かれた黒い板は、どう見ても液晶モニターにしか見えない。

 黒っぽい長方形の板ガラスの両脇、金属製らしい黒いフレームには小さな穴が何列にも開けられている。


 たぶん、中にスピーカーが仕込まれているはずだ。

 案内板の厚さは二十センチほどだが、裏面にもモニターとスピーカーが付いている。


 館内案内図の他に、イベントなどの告知を行う液晶モニターが並べられているのだろう。


「待てよ、モニターがあるってことは……カメラもあるのか」

「えっ、カメがどうかしたの?」

「ううん、何でもない、こっちの話」


 ここが大型商業施設だったのならば、必ずや魔道具を売る店もあるはずだ。

 というか、この液晶モニターは魔素で動作するのか、それとも電気で映すのだろうか。


「ニャンゴ、それを調べるのは後よ。とりあえず建物の端まで行きましょう」

「分かった」


 案内図を記憶してから、広い通路を東に向かって歩く。

 前面ガラス張りのショーウインドは前世の頃には見慣れたものだが、転生してからは初めて目にするものだ。


「凄い技術よね、こんなに大きくて、こんなに厚くて、それなのに全然歪んでないなんて」


 レイラが言う通り、こちらの世界でも大きな板ガラスが作られるようになっているが、まだ数も少ないし、精度が高くないので透かすと像が歪んで見えることが多い。

 放置されている商品だった服は朽ちてボロボロになってしまっているが、布地の種類などはこの時代よりも遥かに豊富だったのだろう。


 店の壁にも液晶モニターが設置されている。

 照明やモニターには配線が繋がれているが、あれは魔導線なのか、それとも電線なのだろうか。


 洋服屋や化粧品屋と思われる店は、年月の経過によって殆どの商品が風化していたが、食器店の商品は埃をかぶっただけで洗えば使えそうに見える。


「ガラスの食器も凄いわね。こんなに薄くて、みんな同じ形に揃ってる」

「この時代には、同じ物を大量に作る技術があったみたいだね」

「あら、これいいわね、貰っちゃおうっと」

「シューレとミリアムの分も持っていってあげたら?」

「そうね、まだあるから大丈夫ね。これ、何の金属かしら、凄く軽いわ」


 レイラが手にしたのは、アルミの開閉式のフレームに付いた鏡だった。

 今の時代にも手鏡は存在しているが、高価だし重たい。


 鏡の製造技術も違うし、アルミの製造技術もまだ無い。


「凄いわよねぇ……遥か昔の物なのに、少しくすんでいるだけで錆びていないなんて」

「もしかしたら、錆びない金属なのかもよ」

「えぇぇ……まさか、でも今よりも遥かに進んだ技術があったみたいだし、あっても不思議じゃないわね」


 まさか、アルミの性質を知っています……なんて言えないから、話をボカシておく。

 この先も気を付けていないと、変な奴だと思われてしまいかねない。


「誰っ!」


 突然、レイラが足を止めて身構えた。

 視線を向けると、店の奥に人影が見えた。


「人形……なの? ニャンゴ、照らして」

「うん……」


 レイラが人と見間違えたのは、等身大の女性のPOPだった。

 その時代のアイドルなのだろうか、フリフリの衣装を身に着けて満面の営業スマイルを浮かべている。


「なにこれ……凄い精巧な絵ね。本物かと思っちゃった」

「す、凄いね……どうやって描いたんだろうね」


 液晶モニターがあるのだから、当然撮影する装置もあるし、印刷の技術があれば作るのは難しくない。

 ただし、これを一から再現しろと言われたら、前世も平凡な高校生だった俺では詳細な技術の説明などは出来ない。


 それに、この写真技術が前世日本の写真技術と同じだとは限らない。

 魔法を基にした独自の技術でならば、ますます俺には再現不能だ。


「ねぇ、ニャンゴ」

「な、なに?」

「こんなに技術が進んでいた人達は、どこに行っちゃったんだろう?」

「たぶん、地上にいる生物の殆どが滅んでしまうほどの大きな災害が起こったんだと思う」

「この世の終わり……ってこと?」

「そうじゃないかな。一度滅んで、また最初からやり直しているんじゃない?」

「それじゃあ、いずれまた滅んでしまうってこと?」

「そこまでは分からないよ。そもそも、どんな災害が起こって滅んだのかも分からないんだから」

「そうよねぇ、でもニャンゴだったら知ってるかと思って……」

「えぇぇ、にゃ、にゃんで俺が?」


 しゃがみ込んで俺と視線の高さを合わせたレイラが、ぐっと顔を寄せて見詰めてくる。


「もしかして、ニャンゴはこの時代から来た人なんじゃないの?」

「にゃ、にゃんで?」

「だって、みんなが考えつかないような事を思いつくし、ダンジョンが海上都市とか……ホントは最初から知ってたんじゃないの?」

「う、ううん……それは知らなかった」

「それは……?」

「みゃっ、それは……じゃなくて、そんなのは知らなかったというか……」

「ふふーん……まぁ、いいわ。とりあえず建物の規模を調べてしまいましょう」


 レイラの提案に、コクコクと頷くしか出来なかった。

 でも、疑われているのは間違いないだろう。


 店にはポスターや雑誌の痕跡も残されていたのだが、何かに食い荒らされてボロボロになっている。

 POPが無事だったのは、紙以外の材質で作られているからかもしれない。


「ここには、色々な店があったみたいだけど、本屋とかもあるのかなぁ……」

「本が残っていても、文字が読めなきゃ意味が無いんじゃない?」

「でも、沢山の文章が残っていれば、解読しやすくなるだろうし、辞書みたいなものが残っていれば、更に解読しやすくなると思うけど」

「そうね、でもどうかしら、紙はボロボロになっていそうよ」

「うん、何かに食われた感じだよね」

「だとしたら、本屋も望み薄いんじゃない?」


 液晶モニターらしきものが残されていても解読するための資料が無いと、あまりにも技術に差がありすぎて再現が難しいだろう。

 今回は、学術調査が行われると思うが、ここの遺物を持ち帰っても、再現するまでには長い年月が必要になりそうな気がする。

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