第368話 新しい拠点

 野営地で一夜を過ごし、翌日は旧王都の冒険者ギルドに移籍の届け出に出向いた。

 旧王都の冒険者ギルドは、ダンジョンの入り口のすぐ近くにあり、その規模は新王都の冒険者ギルドよりも遥かに大きかった。


 ダンジョンの近くにあるのは、出土品を持ち込みやすいからとか、魔物が溢れそうになった時に防衛のための冒険者を集めやすいためだろう。

 規模が大きい理由は、届け出を行った時に知る事になった。


「転入……ですか?」

「そうだが、何か問題でもあるのか?」


 パーティーの転入の手続きに出向いたカウンターで、ライオスの相手をした犬人の職員は少し不思議そうな顔をしてみせた。


「いえ、私共とすれば新しい冒険者さんは大歓迎ですよ」

「その割には、不思議そうな顔をしていたじゃないか」

「まぁ、最近は転出する冒険者さんが増えているので……」

「そいつは、ダンジョンで出土品が減ってるのが原因なのか?」

「まぁ……そうです」


 冒険者という稼業は、稼げるときに稼いでなんぼの仕事だ。

 肉体的に衰えれば続けられない仕事だけに、その土地では稼げないと判断すれば別の場所へと転出していくのだ。


 ダンジョンは冒険者にとっては一種の憧れの地でもあり、多くの腕利きが集まっている。

 同時に腕の立つ冒険者は機を見るのに敏で、ダンジョンからの出土品が完全に途絶える前に転出を決めたのだろう。


 ギルドの職員の口振りからすると、そうした転出する冒険者の数は俺達が思っているよりも多そうな気がする。


「それじゃあ、拠点に使えそうな物件は見つかりそうだな」

「そうですね。八人でしたら……いくつか手頃な物件がございますよ」


 転出する冒険者が増えていたおかげで、拠点として使えそうな物件は販売、賃貸、両方とも数軒の出物があった。


「ロッカーは、どうなさいます?」

「ロッカーというのは?」

「ダンジョンに潜っている間に、金目の物や遠征に持ち込まない武器などを預けておく部屋です」

「その辺りの物は、拠点に置いておけば良いだろう」

「とんでもない、どなたか留守番に残るなら良いですが、全員で拠点を空けるなんて盗んで下さいと言っているようなものです」


 旧王都の治安は、俺達が想像しているよりも悪いらしく、何の対策も行わずに家を出れば、ほぼ100%の確率で盗みに入られるらしい。

 そこで貴重品の類は、冒険者ギルドのロッカーに預けるらしい。


 殆どの冒険者は、手入れを終えた装備品は全てギルドのロッカーに預けておき、遠征に出掛ける前に立ち寄って受け取るというスタイルだそうだ。

 このロッカーの分だけ、ギルドの建物が大きく、場所もダンジョンのすぐ近くになっているそうだ。


「いかがいたしますか? 八人と言っても猫人の方もいらっしゃいますから、少し持ち物を整理すれば一部屋で足りるでしょう。あぁ、Aランク以上の方がいらしたら、ロッカーは無料で提供させていただきます」

「ほぉ、そいつは助かる。うちの切り札がAランクだ」


 ライオスに促されてギルドカードを出すと、犬人の職員はバネ仕掛けのような勢いで立ち上がって頭を下げた。


「し、失礼いたしました。ニャンゴ・エルメール卿でいらっしゃいますね」

「あぁ、そういう堅苦しいのは抜きにしてもらえると有難いです」


 とは言ったものの、職員の言葉を聞いて既に周囲がざわめき始め、俺達に視線が集まっている。

 まぁ、いずれは存在が知られてしまうし、存在が知れ渡れば注目される度合いも減っていくだろう……たぶん。


 ギルドがAランクの冒険者を優遇しているのは、腕の良い冒険者が所属し、ダンジョンなどで功績を上げてくれれば自分達の利益にも繋がるからだ。

 移籍の届け出を終えた後、職員の案内でロッカーへと向かう。


 冒険者用のロッカーはギルドの本館とは別棟の、頑丈な石造りの建物の中にあった。

 ロッカーとして使われる部屋には窓もなく、建物も廊下に明かり取りの窓があるだけだ。


 ロッカーのある建物の入り口には、体格の良い牛人の男性が二人、椅子に腰を下ろして睨みを利かせている。

 年齢は四十代後半から五十代前半ぐらいだろうか、目付きや面構えからして元冒険者なのだろう。


 一人は赤茶色のチリチリ頭、もう一人は焦げ茶色の短髪で、阿吽の像みたいに見える。


「デニス、新入りか?」


 チリチリ頭のオッサンが、俺達を品定めしながら犬人の職員に声を掛けてきた。


「ブルゴスさん、こちらはニャンゴ・エルメール卿でいらっしゃいます」

「なんだと!」


 犬人の職員が俺を紹介すると、ふんぞり返るように座っていたオッサン二人は、慌てて立ち上がって姿勢を正した。


「あぁ、大袈裟にしなくて結構ですよ。今日からこちらのギルドに所属して活動することになりましたニャンゴ・エルメールです。俺の所属するパーティー、チャリオットのメンバー共々よろしくお願いします」


 俺が姿勢を正して挨拶すると、オッサン二人は目を見開いて顔を見合わせていた。


「ど、ど、どうも……俺がブルゴス、相方が……」

「シンブレンです。よろしく……」


 チリチリ頭のオッサンがブルゴス、短髪のオッサンがシンブレンといい、二人とも元はダンジョンで活動していたBランクの冒険者だそうだ。

 ロッカーを使用する際は、ギルドカードを二人に提示して鍵を出してもらい、必要な物を出し入れしたら鍵を返却する形だそうだ。


 もう一人、イラソスというカバ人の管理人がいるそうだが、夜勤明けで眠っているらしい。

 三人は、ロッカーの入った建物の管理人室で暮らしているそうだ。


「俺らは、大抵この辺りにおりますんで、何か分からない事があったら声を掛けてくだせえ」

「はい、よろしくお願いします」


 元ベテランの冒険者ともなれば、ダンジョンに関して多くの情報を持っているだろう。

 初対面からイキり倒して敵に回すのは得策ではない。


 幸い、二人からは良い印象を持たれたような気がする。

 ライオス達は、既に中堅以上の冒険者としての風格があるし、そうしたものは自然と伝わるようだ。


 ギルドのロッカーに討伐以外では不要な品物を下ろし、次は犬人の職員デニスの案内で拠点とする物件を見て回ることになった。

 この時、デニスが重視すべきだと強調したのは日当たりだった。


 太陽の当たらないダンジョンの中で長時間活動していると、いわゆる体内時計が狂ってしまい体調を崩しやすくなるらしい。

 そこで、地上に戻っている間は、夜が明けて、日が沈むといった昼夜のリズムを体に取り戻す必要があるそうだ。


「つまり、ニャンゴの乾燥機で布団を干すよりも、お日様に当てた方がフカフカになるってことか?」

「兄貴……微妙に違うけど、そんな感じの理解でいいよ」

「そうか、お日様に当てた布団は気持ち良いもんな」


 結局、猫人三人の意見も重視され、ダンジョンから遠からず近すぎずといった距離にある、東南向きの二階建ての家をとりあえず借りる事になった。

 当初は借りた状態でダンジョンや旧王都での暮らしを検証し、このまま留まって活動しても大丈夫だと思ったら購入する予定だ。


 部屋数は、四部屋プラス屋根裏で、丁度イブーロの拠点と同じ数だが、部屋自体は一回り小振りになっている。

 イブーロ拠点が一部屋六畳だったとしたら、こちらは四畳半ぐらいなのだが、ギルドのロッカーに物を預けているので、狭苦しい感じはしない。


「レイラは屋根裏で大丈夫なの?」

「大丈夫よ。どうせ拠点には寝に帰る程度でしょ? ニャンゴとフォークスを抱えて眠るだけなら天井の高さなんて関係無いわ」

「いやいや、なんで俺も兄貴も抱えられるのが前提になってるのか分からないけど……」


 兄貴が一緒だと、色々といたせないから……ガドの部屋に泊まらせるか。


「ライオスさん、馬車と馬はいかがいたします?」

「そうだなぁ……」


 デニスに訊ねられたライオスは、ガドに視線を向けた。


「これからワシらは、ダンジョンに注力する事になる。ダンジョンに潜っている間は、馬の世話も疎かになってしまうじゃろう。それならば、新しい働き口を探して貰った方が良いじゃろう」


 ガドは、イブーロから旅を共にしてきた馬たちに寄り添い、無骨な手で優しく鼻面を撫でた。

 二頭のうちの一頭は、旧王都に向かうために馬車を大きなものとしたので、新たに購入したものだが、エギリーは元々チャリオットで所有してきた馬だ。


 というより、ライオス、セルージョ、ガドの三人とは、俺やシューレ、レイラよりも長い時間を共にしてきた仲間と言っても過言ではない。

 だが、治安の良くない旧王都で、エギリーを残した状態でダンジョンに入れば、不心得者に連れていかれてしまう恐れがある。


 それに、デニスの話によれば、旧王都から各地に向かう商人などを護衛する場合、冒険者の足は依頼主が準備するのが一般的らしい。

 つまり旧王都では、エギリーがチャリオットのメンバーとして活躍できる場が無いのだ。


「どこかで預かってもらえばいいんじゃねぇのか?」


 セルージョの提案に対して、ガドは首を横に振ってみせた。


「エギリーが現役で活躍できる時間も、ワシら同様にあまり長くは残されておらん。その時間をただ繋がれて生きるか、別のパートナーと共に全力で生きるか……ワシは、後者の方がエギリーのためになると思っておる」


 たぶん、ガドは旧王都に向かうとなった頃から、この日のことを考えていたのだろう。


「世話になったのぉ……次の主のところでも、達者に暮らせよ」

「ブルゥゥゥゥゥ……」


 俺にはアッサリしすぎている別れのように感じられたが、ガドはデニスによって馬車と一緒に引き取られていくエギリーを見えなくなるまで見送り続けていた。

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