第369話 思わぬ誤算
「ニャンゴ、ちょっと話があるんだ」
新しい拠点の掃除を終えて、持ち込んだ荷物の片づけをしていたら、いつになく真面目な表情の兄貴に話し掛けられた。
「どうした兄貴?」
「うん、ダンジョンに潜る時の事なんだが……」
いよいよ旧王都に到着し、新しい拠点も決まり、ダンジョンに踏み込む日が近くなって緊張しているのだろう。
「大丈夫だよ、兄貴。俺だけじゃなく、チャリオットのみんなも一緒なんだから心配要らないよ」
「違う、そういう話じゃなくて、大事な話なんだ」
俺はてっきり兄貴がビビってしまったのかと思ったのだが、どうやらそうではないらしい。
兄貴の表情はキリリと引き締まっていて、覚悟を決めた男の顔に見える。
「悪かったよ、兄貴。ちゃんと話を聞くよ。どうしたんだ?」
「うん、ダンジョンに潜る時なんだが、俺達の布団はギルドに預けるべきだと思うんだ」
「兄貴……なんの話かと思えば、そんなの当り前じゃないか。預けるに決まってるだろう」
「だよな、帰ってきて布団が盗まれてたら……」
「やめてくれよ、兄貴。そんな恐ろしい事、考えたくもないよ」
「すまん、悪かったよ。でも、心配で心配で……」
「分かる、分かるよ兄貴、布団は大事だからな」
「だろう? そうだろう、ニャンゴ」
俺と兄貴がガッチリと握手を交わした所に、ミリアムが話し掛けてきた。
「ちょっと、そこの布団中毒の弟の方」
「えっ、布団中毒……?」
「なんで二人して首を傾げてるのよ。そんな事よりも、ダンジョンに潜る時には私のドレスもギルドに預けるからね」
「ミリアムのドレス……?」
「だから、なんで二人して首を傾げるのよ!」
「だって、そんなもの盗む奴いないでしょ……なぁ、兄貴」
「そうだな……」
「いるわよ! いや、いないかもしれないけど、いるの! というか、シューレに買ってもらった大事なドレスなんだから盗まれたら困るの」
ミリアムは、尻尾をボフっと立てて凄い剣幕で捲し立てた。
「でも、ドレスも大事だろうけど、それよりも布団が……」
「よせニャンゴ、ミリアムは……」
「あっ、そうか、シューレと一緒に寝てるから自分の布団が無いのか」
「ちょっと、なによその可哀想な子を見る目は! 別に自分の布団が無くたって……」
「謝ろう、ニャンゴ」
「そうだな、俺も言い過ぎたと思う」
「だから、いい加減布団から離れなさいよ!」
「えっ……?」
「だから、なんで二人して首を……もぅいい! 自分で預ける!」
ミリアムはプリプリと怒って階段を下りて行ってしまった。
「ミリアムは、何であんなにイライラしてるんだ?」
「ニャンゴ、野営続きだったから布団でゆっくり眠れていないからだよ」
「あっ、そうか! なるほど……」
「ニャンゴが、ミリアムに布団を買ってあげればいいんじゃないか?」
「えっ、俺が? でも布団なんて買ってあげたら、プロポーズと間違われないかな?」
「そうか、その心配はあるな。じゃあ、シューレと使っている布団をフカフカに仕上げてあげるのはどうだ?」
「あっ、いいね。それなら、すぐ出来るよ」
「でも、気を付けろよ、ニャンゴ」
「えっ、気を付ける?」
「だって、今は夏だから、ただ温めただけだと、暑くて夜眠れなくなるぞ」
「兄貴……俺を誰だと思ってるんだよ」
「あっ、悪い悪い、そうだよな、ニャンゴの仕上げる布団が寝苦しいなんて、万に一つも起らないよな」
「当然だよ。今の季節なら、フカフカにしてヒンヤリに仕上げてみせるよ」
「ニャンゴ、俺の布団も頼んでいいか?」
「勿論だよ、今夜は朝までグッスリだぞ」
この後、兄貴と一緒に二人の布団を完璧な状態に仕上げた。
一度温風でフカフカに仕上げて、更に冷風で余分な熱を抜く。
ここにサラサラな手触りのシーツを敷けば完璧だ。
勿論、チャリオットのみんなの布団もバッチリ仕上げた。
体調を万全に整えるためには、良い睡眠は欠かせないからね。
そして、体調管理には食事も大事だ。
新しい拠点の片づけをしていたので、昼食はパンを齧っただけだった。
夕食は、セルージョが聞き込んできた近所の安くて美味いと評判の店に行ってみる事になった。
これからダンジョンに潜っている日が増えていくと、拠点には余り食材のストックが出来なくなるし、必然的に外食の機会も増える。
イブーロで通っていた倉庫街のパスタ屋みたいな、早い、安い、そこそこ美味い店を探しておけば後々便利だろう。
セルージョが聞きこんできた店は、新しい拠点から歩いて五分ほどの所にあった。
店の近くまで来たところで、フワ~っといい匂いが漂って来た。
「いい匂い……炒め物かなぁ……」
「ふふっ、ニャンゴのお眼鏡に適うかしらねぇ……」
旧王都で、新しい拠点で、新しい生活がスタートしたのだが、相変わらず俺はレイラに抱えられてしまっている。
まぁ、旧王都はイブーロよりも人通りが多いし、歩くスピードも速い気がする。
猫人がノンビリと歩いていると蹴とばされかねない。
まぁ、うちの場合、兄貴はガドが、ミリアムはシューレが抱えてるから大丈夫だ。
「八人だけど入れるかい?」
「一緒は無理だね、空いてる所に適当に座っておくれ」
セルージョが店の戸を開けて声を掛けると、女将さんらしい恰幅の良い中年の牛人の女性が空いている席を指差した。
四人掛けのテーブルに、ライオス、セルージョ、ガド、兄貴の四人と、俺、レイラ、シューレ、ミリアムの四人に分かれて座った。
「どっちにするんだい?」
「えっ、どっち……?」
「あぁ、あんたら初めてかい。うちのメニューは二種類だけだよ」
店のメニューは、レバニラ炒めライスと、卵炒めライスの二種類のみで、酒も出していないらしい。
ここもイブーロのパスタ屋同様、いわゆる牛丼屋方式で、パッと食べて、パッと帰るパターンのようだ。
レバニラ炒めと卵炒めを二つずつ頼んで、食べ比べてみることにした。
「はいよ、お待たせ!」
「早っ、ぜんぜん待ってないよ」
「ははっ、食べるのはゆっくりでいいよ」
牛人の女将さんは、ギュムギュムと大きな体をお客さんの間に割り込むようにして動き回り、次々に注文の品を配っている。
お客さんも慣れているらしく、背中を押された程度じゃ全く動ぜずに食べ続けている。
「なんか、活気があっていいにゃぁ……」
「さぁ、食べましょう」
俺が選んだのはレバニラ炒めライスの方だ。
レバーはオークのものを使っているそうだが、厚すぎず薄すぎず、絶妙な厚さでスライスしてある。
一緒に炒めてあるのは、ニラ、玉ねぎ、豆モヤシだ。
味付けには、魚醤が使われているみたいだ。
「うみゃ! レバーの濃厚さとシャキシャキ野菜が合わさって、うみゃ!」
「はい、こっちも食べてみるでしょ、あ~ん……」
「あ~ん……うみゃ! トロトロ卵とシャキシャキ筍が甘酢餡と絡んで、うみゃ!」
レバニラ炒めも、卵炒めも、少し深めの皿にご飯と一緒に盛られている。
ご飯はパラっとした長粒種で……。
「うみゃ! ご飯がお汁を吸って、うみゃ!」
「ほらほら、ニャンゴ、ご飯粒が付いてるわよ」
レイラに笑われようとも、この手のメニューは掻っ込むのが正しい食べ方なのだ。
食事を終えて新しい拠点に戻ったら、ライオスが淹れてくれたカルフェを飲みながら、これからの事を話し合った。
「これが、ギルドで手に入れたダンジョンの見取り図の最新版だ」
パーティー全員の視線が、テーブルに広げられた見取り図に注がれる。
「どう思う? ニャンゴ」
「うーん……思っていたよりも大きいですね」
ライオスが見取り図を広げた時に違和感を覚えたのは、イブーロで見た物とは縮尺が違っているように見えたからだ。
前に見た物だと、先史文明の地下都市と言われているダンジョンは、超高層ビルを中心としたショッピングモールに見えた。
ところが、目の前に広げられている見取り図では、ショッピングモールと思われた部分が遥かに大きく描かれている。
「これって、旧王都の地下いっぱいに広がっている感じですよね?」
「そうだな、こっちの透過図で見ると、そのぐらいの大きさがあるみたいだな」
地上の街並みと重ねて描いた透過図では、旧王都の半分ほどが収まってしまう大きさだ。
「ニャンゴの予想とは違っているのか?」
「そうですね。この大きさだと、本当に一つの都市と考えた方が良いのかもしれません」
「では、この周囲には、もう新しい建物は無いと思うか?」
「うーん……どうでしょう。新王都は、あれだけの広さなのにまだ広がってますよね。それを考えたら、まだ周囲に建物が無いとは言い切れないかと……」
と言ってはみたものの、嫌な予感が拭えない。
ちょっと重たくなった空気を吹き飛ばしたのはセルージョだった。
「ちっ、潜る前から湿気た面してんじゃねぇよ。無かったら無かったで、例の横穴を攻略すればいいだけだろ」
「セルージョも、たまには良いこと言う……」
「たまにじゃねぇよ!」
いつも通りのセルージョとシューレの掛け合いを見ていたら、悩むのが馬鹿らしくなってくる。
確かに、ここで考えていたって仕方ない。
全ては、ダンジョンに潜ってからだ。
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