第367話 到着前夜
港町タハリからダンジョンのある旧王都までの道程は、ダラダラとした上り坂が続いている。
これまでダンジョンは先史時代の地下都市だと言われてきたが、俺の予想では超高層ビルを中心とした商業施設が火山の噴火か地殻変動によって埋まったものだ。
七十階層を超える建物が埋まったとすると、降り積もった火山灰の高さは二百メートルぐらいになるだろう。
海に面したタハリから馬車で二日の距離と時間を掛けて、その二百メートルを上っていく計算だ。
旧王都には、二つの中心があるそうだ。
一つは、言うまでも無くダンジョン、そしてもう一つは旧王城で、現在は周辺の領地を治める大公一家が暮らしている。
ダンジョンの入り口は、直径百メートルほどのすり鉢状に窪んだ螺旋階段になっていて、その周囲には頑丈な壁が築かれているそうだ。
これは、ダンジョン内部から危険な魔物の群れが溢れ出して来た場合への備えだ。
かつて、ダンジョンから魔物が大量に湧き出て、旧王都の街は大きな被害を被ったそうだ。
その時の状況を教訓として、壁を築き、万が一の際には周囲から集中攻撃を浴びせられるようにしたらしい。
ダンジョンから壁の外側に出ると、冒険者を相手に装備を売る店、食糧を売る店、買い取りを行う店、宿屋、治療院、酒場などが壁の周りを囲む道に沿って建ち並んでいるそうだ。
最初は、ほんの数軒だったそうだが、ダンジョンに挑む冒険者が増えるほどに、周囲の街も栄え、同心円状に街が広がっていったらしい。
一方、現在は大公が暮らす旧王城は、籠城戦まで想定して農地や家畜まで飼育している新しい王城ほどの規模ではないが、堅牢さと壮麗さを兼ね備えた造りとなっているそうだ。
城の周囲は大公家の騎士団の施設で固められていて、その周囲に役所などの公共施設、そのまた周囲に富裕層の住宅地や商業地区が、碁盤の目のように広がっているらしい。
旧王都は、ダンジョンを中心に広がる同心円と、旧王城を中心として広がる碁盤の目がせめぎ合う街だそうだ。
「見えてきたぞ、旧王城だ」
タハリを出て二日目の午後、馬車が進む道の先に四つ並んだ塔が見えてきた。
旧王城の敷地に建てられた、見張りのための塔だそうだ。
見張りと言っても、旧王都は地理的にシュレンドル王国の中央付近にあるので、敵国が攻めてくるような状況は考えにくい。
塔が見張りの役割を果たすのは、ダンジョンから魔物が溢れ出た時ぐらいのものだろう。
旧王城の塔は新王都の大聖堂にある塔ほどは高くないが、平地の真ん中にあるので遠くからでも良く目立つ。
旧王城は西面の正門が、ダンジョンに正対する形で建てられていて、南北よりも東西に長い長方形の形をしているそうだ。
四つの塔は、北東、北西、南東、南西の四隅に建てられているらしい。
馬車に乗っているメンバー全員が御者台の後に集まり、旧王都の方向へと目を凝らしている。
「今夜は野営地で一晩過ごした後、明日からは新たな拠点探しに取り掛かるぞ」
「ライオスよぉ、せっかく道中でも稼いで来たんだ、宿に泊まってもいいんじゃねぇの?」
「セルージョ、ダンジョンの勝手が分からないうちは、まとまった収入は見込めない。パッとやるのは成果が出てからだ」
「ちっ、しゃーねぇな……」
タハリの街でも、船幽霊騒ぎを解決した後、だいぶ羽を伸ばしていたようだが、まだ遊び足りないのだろうか。
「ニャンゴ、俺達はダンジョンに挑むんだぜ。一つ間違えれば、潜ったまんま戻って来れないかもしれねぇんだ。楽しめる時に楽しんでおかないと、悔いを残すことになるぜ」
「んー……でも、それって今までも同じだったんじゃない? ワイバーンとか、ヴェルデクーレブラの討伐は命懸けだったしさ」
「そうだぜ、だから俺はいつも通りだろう?」
「あぁ、なるほど……」
言われてみれば、セルージョの振る舞いは今までと同じだ。
むしろ、俺達の方が気負っている感じだ。
「だが、収入が安定するまでは、バカ騒ぎはお預けだぞ」
「へーへー、分かってるって」
ライオスが引き締めるのも、セルージョが肩を竦めるのもいつも通りだ。
だとしたら、俺のいつも通りって、どんな感じなんだろう。
荷台の定位置に戻って首を捻っていたら、レイラに訊ねられた。
「どうしたの?」
「気が付かないうちに気負ってたのかなぁ、って思って」
「いいんじゃないの。みんな、どこかしら気負ってると思うわよ」
「えっ、レイラも?」
「気負うというほどではないけど、楽しみではあるわね」
「だよね」
地上七十階の建物を建てる技術は、まだシュレンドル王国では確立されていない。
高い塔はあるけれど、エレベーターは見た事がない。
先史時代の超高層ビルがどんな仕組みになっていたのか知らないけれど、今よりも進んだ魔法制御技術があったのは確かだろう。
そして、俺の推論が本当に正しいのか、早くダンジョン内部に入って確かめたい。
やっぱり気負うなという方が無理な気がする。
気負うのは仕方ないと割り切って、実際にダンジョンに入る時には冷静に行動しよう。
馬車が更に進んで、旧王都に近付くほどに街道脇にも店が増えてきた。
途中の店で訊ねたりしながら辿り着いた野営地は、まるで前世日本の道の駅か高速道路のパーキングエリアみたいだった。
多くの馬車が並び、近くには売店や食堂、酒場、炊事場、トイレ、風呂屋まであった。
「おぅおぅ、賑やかでいいじゃんか」
賑わう野営地の風景にセルージョが声を弾ませているが、俺としても異論は無い。
これから拠点としていく旧王都なんだから、賑わっていた方が良いに決まっている。
売店などが建ち並ぶ騒がしい一角からは離れて、野営地奥の比較的静かな場所に馬車を停めたら野営の準備に入る。
ライオスとガドは、馬を馬車から外して、近くの川に水浴びをさせに連れて行った。
セルージョは情報収集を兼ねて買い出しに行き、残った者は夕食の支度に取り掛かる。
兄貴が作った竈に鍋を載せ、空属性魔法で作った火の魔道具で熱して賽の目に切ったベーコンを炒める。
胡椒やニンニクで味付けしたら、ベーコンと大きさを揃えて切ったナスやピーマン、ニンジンなども一緒に炒める。
更にトマトを加えて炒めたら、そこにお湯とミルクを注いでスープを作る。
隠し味として、カリサ婆ちゃん直伝の香草パウダーを少々。
あとは、全員が揃ったところで鍋にパスタを直接投入すれば出来上がりだ。
拠点などで料理をする場合にはパスタは別で茹でるけど、野営地などでは一つの鍋で済ませられるようにスープで茹でてしまうのだ。
スープにも少しとろみが付いて、パスタによく絡まるようにもなる。
「熱ぅ、うみゃ、熱ぅ、タハリで買ったパスタ、モチモチでうみゃ!」
今日使ったパスタは、タハリの街で仕入れた品物で、少し割高だったけど、モチモチとした噛み応えでスープも良く絡んで美味かった。
夕食を食べながら、セルージョが拾ってきた旧王都の噂を聞く。
「ダンジョン関連だと、いくつかのパーティーが合同で最下層の横穴の攻略に着手するらしいぜ」
「ほぅ、何人ぐらいの規模なんだ?」
「嘘か本当か分からないが、百人単位でやるみたいだぜ」
「百人か……結構な規模だな」
セルージョとライオスが話している最下層の横穴は、俺の予測では地下鉄のような乗り物の通る穴だと思われる。
攻略が出来れば、更に先にも別の建物が見つかるはずだ。
「噂をしていた連中の話では、ダンジョン内部の発掘作業には陰りが見え始めているらしい」
「陰りというと?」
「出土品の出る割合が減っているらしい」
「掘り尽くしたってことか?」
「どうも、そうらしい」
ダンジョンが発見された当初は、未踏の地域に行けば必ず何かを手に入れられた。
それは金銀財宝であったり、使い道の分からない機械であったり、未知の物質だったり千差万別ではあったが、それでも何かを手にいれられた。
その後、ダンジョンの床面を辿って、竪穴から外に向かって掘り進むと、高確率で出土品を発見出来たそうだが、その出土品が減っているらしい。
出土品が減ったというよりは、ダンジョン内部を掘り尽くしたのだろう。
俺は、ダンジョンが大きな商業施設だったと考えている。
まだ内部に一歩も足を踏み入れていないが、おそらく全ての階層で、フロアの端まで掘り進んでしまったのだろう。
あとは、地上一階だった部分をどこまで掘り進んでいるかと、周囲に別の建物が存在しているか否かだ。
もし、前世日本のお台場のように、埋立地にポツンと大きな商業施設が建てられた状況だと、隣の建物までかなりの距離が開いてしまう。
そうした状況になっているのだとしたら、俺達に別の建物が見つけられるのだろうか。
胸の中に湧き上がってきた不安を土属性魔法の使い手であるガドにぶつけてみた。
「別の建物を見つけられると思う?」
「そいつは、現地に行って探ってみない事には分からんな。それに、仮に建物を見つけられなくとも、攻略すべき横穴は存在しておる。わざわざ旧王都まで出て来たのだから、不安に思うより、まずは楽しむべきじゃろ」
「そっか、それもそうだね」
確かにガドの言う通り、楽しまなければ損だし、それに出土品の割合が減っているならば、他の建物の存在を感知出来れば、うちのメンバー以外の冒険者からも協力が得やすいだろう。
「ダンジョンか……どこまで続いているのかな」
もし、俺の想像するように地下鉄まで存在しているならば、今俺達が寛いでいる地面の下にも都市が眠っているかもしれない。
ダンジョンに潜るのが、ますます楽しみになってきた。
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