第366話 裏事情
船幽霊を演じて放火を繰り返していた犯人を捕らえて戻ろうとすると、官憲の係官が大きな手振りで岸壁の端に着けるように指示を出していた。
確かに岸壁の中央付近には多くの人が集まっていて、押し出されて海に落ちる人までいる始末だ。
「何だよ、中央の方が目立っていいじゃねぇか」
「えぇぇ……セルージョは、あんな所に突っ込んで行きたいの?」
「おぅよ、綺麗なねえちゃんに囲まれて、乳でも尻でも触り放題だぜ」
「はぁ……チャリオットの品位が落ちるからやめてよね」
「なに言ってやがる。それこそ冒険者の醍醐味だぞ」
「はいはい、そうですか、俺は遠慮しておきますよ」
マハターテを出発した頃は、やけにスッキリした顔をしていたけど、すっかり元のセルージョに戻ったようだ。
あまり旅の恥は掻き捨てとか、やらかさないでほしいんだけどね。
岸壁の端に移動すると、その一角には一般人が入れないように規制が行われていた。
官憲の他に商工ギルドからも応援が出ているようで、ギルド長のイェスタフの姿もあった。
「お疲れさまでした、エルメール卿」
「はい、あっさり片付いて良かったです」
「あいつらが船幽霊の正体ですか?」
「はい、人型の布に可燃性の液体を染み込ませて、火を着けたものを風属性の魔法で操って船幽霊に見せかけていたようです」
拿捕した船や載せられていた樽については官憲に引き渡し、商工ギルドには情報が共有される事になった。
冒険者ギルドや官憲からも詳しい説明を求められ、それはライオスにお任せ……とはいかずに日付が変わるころまで事情聴取に付き合わされてしまった。
翌日は、詳しい話を聞かせてもらいたいとギルド長のイェスタフに頼まれていたので、商工ギルドを訪ねた。
俺が犯人を捕まえた時の状況を話し、イェスタフからは官憲から伝えられた情報を教えてもらう約束になっている。
別にエビセンに釣られていった訳ではないからにゃ。
因みに、エビセンはエビットと呼ばれているそうで、箱でお土産も貰ってしまった。
「それで、犯人達は喋ったんですか?」
「はい、供述を始めているそうです」
昨晩、俺達が捕まえた犯人達の取り調べは夜通し行われていたらしく、一人は黙秘、もう一人は素直に応じているそうだ。
それによると、船幽霊の振りをして放火を行うように指示していたのは中堅どころの商会の会長を務めているファリエロという男で、すでに官憲が身柄を拘束しているらしい。
「ファリエロは魔道具を中心とした商売を営んでおりまして、将来性のある若手経営者として知られるようになっていました」
イェスタフが聞いた話によれば、昨夜の特殊船の動力には攪拌の魔道具が使われていたそうだ。
攪拌の魔道具は、魔導車の動力としても使われているので、そこからヒントを得たのだろう。
船幽霊に仕立てる布に染み込ませていたのは、潤滑用の粘度の高い油と着火性の高い揮発油を混ぜたものらしい。
簡単に火が着いて、簡単には消えない配合にしてあるようだ。
どちらも独創的な品物だし、まともに商売していれば儲かっていたのではなかろうか。
「そんな人が、どうして船幽霊の真似事をしようなんて考えたんです?」
「やはり、大手の商会の力を削ぐためでした……」
タハリの街には七大商会と呼ばれる大手商会の組織があるそうで、街の運営にも口出しするほどの隠然たる権力を持っているらしい。
普段は敵対……とまではいかないが、商売敵として鎬を削る関係だが、一度大きな利益が得られる案件や、自分達の利権が奪われるような事態になると一致団結するそうだ。
ファリエロ達中堅の商会からすれば、頭の上に大きな重しが乗っているような状態で、一定ラインを越えて事業を拡大させようとすると必ず横槍を入れられるらしい。
「その横槍というのが、どの程度のものを指すのか分からないけど、商売人としての公平性を欠くんじゃないですか?」
「そうなのですが、奴らの手口は法には触れない巧妙なものでして……」
イェスタフは、苦笑いを浮かべながらハンカチで額の汗を拭った。
どうやら、七大商会と呼ばれている大手の商会は、商工ギルドの手にも負えなくなってきているようだ。
外洋交易の拠点ともなっているタハリは、王家の直轄地だ。
手に負えないなら王家に陳情すれば……なんて簡単にはいかないのだろう。
「燃やされた大型船は、その七大商会が所有する船だったのですか?」
「はい、そうです」
「でしたら、ファリエロが怪しいとは思わなかったのですか?」
「ファリエロが所有している船も燃やされていましたし、他の中堅商会の船も燃やされています」
「なるほど、自分に容疑が掛からないように、早い時点で自分が所有する船も燃やしてたんですね」
「おっしゃる通りです」
イェスタフが調べ直してみると、中堅の商会の船も燃やされて積み荷の被害も出ているのだが、いずれも古い船だし実際に申告された積み荷が積まれていたのか疑わしいそうだ。
「それって、もしかして他の中堅商会も仲間なのでは?」
「今の時点では何の証拠もありませんが、可能性としてはありそうです」
「だとしたら、また船幽霊が出没する恐れもあるんじゃないですか?」
「正直に申し上げますと、その可能性は十分にあり得ます」
供述を始めた犯人によれば、船幽霊を装った理由は自分達への疑いの目を逸らすと同時に、船ならば住宅街に燃え広がって多くの死傷者を出す心配が少ないからだそうだ。
「なるほど……確かに燃え広がっても船だけですし、船が沈めば自然に鎮火しますね」
「はい。ただ、供述をしている犯人が、今後も船幽霊で終わるとは限らないと言ってまして……」
「それは、船ではなく陸上の建物が狙われるという事ですか?」
「はい、その通りです」
「でも、ファリエロは捕えられたんですよね?」
「そうですが、他の中堅商会が仲間だったら……」
イェスタフは、しきりに額の汗を拭っているが、拭いたそばから汗が噴き出しているようだ。
「これは、その七大商会に釘を刺すしかないでしょう。手を組んで中堅商会を邪魔するようなやり方をしていると、次は自分の店が燃やされるかもしれませんよ……みたいな感じで」
「そうですね……」
「それに、陸地の建物が放火された場合、条件によっては街に大きな被害をもたらす可能性がありますよ。その場合、批判の矛先は七大商会にも向けられるんじゃないですか?」
「確かに、その通りです」
「たぶん、今回の騒動は中堅商会の不満の蓄積が限度を超えてしまったのでしょう。うちのパーティーのメンバーが、イェスタフさんは船幽霊を目撃したのではなく、犯人達がわざと見せたのではないかと言っていました」
「えっ! そ、そんな事は……あるかもしれませんね」
イェスタフが船幽霊を目撃したのは、何か手掛かりが掴めないかと夜の港を散歩するようになった直後で、それ以後は昨晩まで目撃できなかったらしい。
「ファリエロの意図は分りませんが、仮に商工ギルドに対しても不満を抱いているとしたら……」
「もしや、ギルドまで燃やすつもりでは……」
「そんな脅かさないで下さい、エルメール卿。ですが……無いとは言い切れませんね」
「中堅商会に対して七大商会が手を組んでの横槍を止めると、商工ギルドと連名で発表するなどの対策を行わなければ、不安が現実になってしまうかもしれませんよ」
商工ギルドの建物が燃えている様子を想像したのか、イェスタフはブルっと体を震わせて顔を蒼ざめさせた。
「エルメール卿、七大商会を説得するのに手を貸していただけませんか?」
「俺がですか?」
「はい、エルメール卿からの助言であれば七大商会の主であっても……」
「いやぁ……駄目でしょう。通りすがりで詳しい状況を知らない者が口出ししても反発を招くだけだと思いますよ。むしろ、犯人の供述やファリエロの主張を街の人々に知らせた方が効果はあるんじゃないですか?」
「そんな、一方だけの主張を認める訳には……」
「ですから、ギルドの公式談話としてではなく、噂として撒きましょう。昨日の今日ですから、街の皆さんの注目度も抜群ですし、効果はあるんじゃないですか?」
イェスタフは腕を組んで目を閉じ、少しの間考え込んでいました。
「そうですね。これはタハリの問題ですから、我々の手で解決しなければなりませんね」
「はい、ここは踏ん張りどころだと思いますから、頑張って下さい」
「ありがとうございます、タハリのために覚悟を決めます」
どうやらイェスタフも腹をくくったようで、先程よりも眼差しに力が漲っている感じがする。
「エルメール卿はダンジョンに向かわれる途中だと伺いましたが、いつごろタハリを離れるご予定ですか?」
「さぁ、それはリーダーのライオスに聞かないと分かりませんが、マハターテでも十分休養してきたので、早々にダンジョンに向かうと思いますよ」
「そうですか、旧王都までは馬車でも二日ほどの道程です。お時間のある時には遊びにいらして下さい」
「はい、ここまで来れば、美味しい魚にありつけそうですからね」
「それはもう、バッチリ保証しますよ」
この後、商工ギルドの食堂で昼食を御馳走になったが、イェスタフが太鼓判を押すだけあって魚料理は絶品だった。
馬車で二日の距離ならば、飛行船とかを使えば日帰りだって出来る。
ダンジョン探索に疲れたら、お魚うみゃうみゃしに来よう。
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