第355話 進路は南

「予定では数日滞在するつもりだったが、出発したいと思うんだが……どうだ?」


 ライオスの提案に反対の意見は無かったのだが、その後の方針については意見が割れた。


「じゃあ、このまま旧王都に向かうとしよう……」

「ちょっと待った!」

「どうした、セルージョ」

「旧王都に着いちまったら暫くはダンジョン攻略に掛かりきりになるんだ、その前にちょっと南を回って行こうぜ」

「南というと……マハターテか?」

「そうだ、ニャンゴやフォークス、ミリアムなんかは行ったことが無いだろうし、どうせなら見聞を広めておいた方が良いんじゃないか?」

「ふむ……どうだ、ニャンゴ?」

「どうだと聞かれても……」


 行ったことの無い街には行ってみたいと思うけど、ダンジョンにも早く行きたいと思うし、正直判断が出来ない。

 俺が迷っていると、セルージョが一言付け加えた。


「ニャンゴ、マハターテは海辺の街だ。美味い魚があるぜ……」

「にゃっ! 魚……」

「デカいカニとかエビとか、貝も豊富だな」

「カニ、エビ、貝……行く、行きたい!」


 マハターテは海辺の街で、時折外国の船も寄港するし、近隣では漁業も盛んだという。

 だとすれば、ダンジョンに籠る前に海の幸を堪能しておくべきだろう。


 ライオスやレイラが若干呆れ気味だけど、海の幸の誘惑には敵わないのだ。


「じゃあ、決まりだな。ライオス、行先は南だ」

「仕方ない、王都に滞在したと思えば日数も変わらないから、まぁいいだろう」


 かくして、チャリオットの馬車は王都の宿を出発して、一路南を目指すことになった。

 王都に到着する前は、あちこち観光して歩きたいと思っていたのだが、オラシオにも途中で会ってしまったし、滞在していると色々と面倒な事が起こりそうなので、さっさと出発する事に異論は無い。


「マハターテか……どんな魚を売ってるんだろう」

「まったく、ニャンゴは食いしん坊なんだから……」


 馬車が動き出した後も、レイラには呆れられてしまっている。

 どんなに呆れられても、海の幸を食べずにダンジョンに行くなんてあり得ないでしょ。


「レイラはマハターテには行きたくないの?」

「んー……行きたくない訳ではないけど、色々と面倒そうだから」

「面倒? なんで?」

「今は、夏だしねぇ……」


 そう言いながらレイラは、馬車の後方を見張っているセルージョにチラチラと視線を向けている。


「セルージョが、どうかしたの?」

「お、俺は、ニャンゴ達に美味い魚を食わせてやろうと思ってだな……」

「どうだか……」


 セルージョが妙に動揺しているように見えるし、なんだかシューレも意味ありげな視線を投げ掛けている。

 理由を考えていたら、レイラに質問された。


「ニャンゴ、マハターテには何があると思う?」

「えっ……魚市場?」

「はぁ……その魚市場があるのは?」

「えっと……漁港?」

「漁港があるのは?」

「……海?」

「海に面した陸地には、何がある?」

「岸壁……砂浜?」

「夏の砂浜には、どんな人達がいると思う?」

「あぁ……なるほど」

「馬鹿、俺はニャンゴ達に旬の魚をたらふく食わせてやろうと思ってだな……」


 レイラが言うには、マハターテには綺麗な砂浜があって、夏のこの時期にはバカンスを楽しむ貴族や金持ちが集まってくるそうだ。

 そして、砂浜には普段の窮屈な生活から解放され、水着姿で海水浴を楽しむ女性達がいるらしい。


 人生を変える出会いを求める者、ひと夏限りのアバンチュールを楽しむ者、一夜限りの火遊びを楽しむ者など、目的は人それぞれのようだが、出会いを求める男女が集まることだけは確からしい。

 まさか、セルージョはダンジョンに行く前に嫁探しでもするつもりなのだろうか。


 それとも、単に欲求不満を解消していこうという考えなのだろうか。

 だが、そんな場所だとしたら、確かにレイラが行けば面倒な事になりそうだ。


「でも、ニャンゴが一緒にいてくれれば大丈夫ね」

「うん、レイラにちょっかい出すような奴は追い払ってあげるよ」

「ついでに、街で酔いつぶれちゃったら宿まで運んでね」

「みゃっ! そ、それは……頑張ります」


 まさか街中でレイラを抱えて歩く訳にもいかないだろうから、そこは空属性魔法のクッションに乗せてフワ~っと運んでしまおう。

 南へ向かう街道に入ると、白く塗られた箱馬車と度々すれ違った。


 箱馬車には魚のイラストが描かれていたりするので、どうやら鮮魚運搬用の馬車のようだ。

 冷却の魔道具を取り付けて、温度を下げた状態で運んでいるのだろう。


「まだ馬車が新しそうだから、一般的になったのは最近じゃないのか」

「そうね、私が前に来た時には、あんな馬車は走ってなかったわ」


 セルージョやレイラは、以前にもマハターテに行ったことがあるらしい。

 その頃には、冷却の魔道具が一般的ではなかったのだろう。


「色々な魔道具が広まって便利になるのはいいけれど、魔石が足りなくなるんじゃねぇの?」

「もう足りなくなり始めてるなんて話も聞くわよ」


 魔石が足りなくなれば魔石の値段が上昇して、当然買い取りの価格も上昇するだろう。

 そうなると冒険者の稼ぎは良くなる気がするが、ちょっと心配にもなってくる。


「魔物がいなくなっちゃったら、どうなるんだろう」

「はぁ? いなくなる訳ねぇだろう、イブーロのギルドで討伐の依頼が途切れたことがあるか?」

「それは……無いけど、みんなが冒険者になって一斉に魔物を狩り始めたら……」

「そんな冒険者ばかりの世の中が、成り立っていくと思うのか?」

「それは、そうかもしれないけど……」

「ニャンゴ、お前は色々心配しすぎだ。そういう規模のデカい話は、国の偉い人が考えるもんだ。俺達は、いかに稼いで、いかに人生を楽しむか考えていればいいんだよ」


 確かにセルージョの言う通りなのかもしれないけど、大気汚染や水質汚染、地球温暖化なんて話を聞いて育った前世の記憶を持っていると、どうしても考えてしまう。

 魔石という資源が枯渇したら、魔道具の文化は失われてしまうのではないかと。


 これから俺達が挑むダンジョンが、火山の噴火で埋もれた先史文明の遺跡だったとして、噴火の被害を受けなかった都市はなぜ滅んでしまったのだろう。

 ダンジョンからは魔道具や魔法陣などが発掘されていると聞いているが、今よりも優れた魔道具文明があったとしたら、それはなぜ伝わっていないのだろう。


 もしかして、魔石の枯渇によって滅んでしまったのではないか、魔石の奪い合いによって、大規模な戦争が起こって人類が滅亡してしまったのではないか……なんて考えるのは、考えすぎなのだろうか。

 妄想を膨らませていたら、レイラに頬をちょいちょいっと突かれた。


「ニャンゴは泳げるの?」

「泳げるよ。夏は川の淵で泳いで涼んでたからね」

「へぇ、猫人にしては珍しいわね」

「あぁ、水に濡れるの嫌がる人が多いからね」


 チラっとミリアムに視線を向けたら睨まれた。


「なによ。泳げないわよ、悪かったわね……」

「いや、別に悪いとは言ってないし、たぶん兄貴も泳げないと思うよ」

「大丈夫、ミリアムは私が鍛える……」

「ふみゃ! べ、別に泳げなくたって……」

「泳げなくてもいいけど、泳げた方がもっといい……」


 ニヤっと笑うシューレに、ミリアムは顔を引き攣らせている。

 これは、ビーチで特訓とか言い出しかねないな。


 それにしても、海水浴か……猫人になってからは初めてだし、たぶん機械文明が進んでいない世界だから海は綺麗だろう。

 マハターテは大きな湾に面していて、砂浜は遠浅だというから貝とか自分で掘って獲れるかもしれない。


 内陸の街であるイブーロでもルイベが食べられていたのだから、マハターテならば新鮮な刺身が食べられるだろう。

 地魚は、どんな種類がいるのだろう。


 アジとか、キスとか、メバルとかカサゴみたいな魚もいるのだろうか。

 お刺身、塩焼き、唐揚げ、煮つけ……一夜干しを焼いて、ご飯と味噌汁で朝食にしたいにゃ。


 その日の晩は、途中の街で野営したのだが、ツヨスジという街は眠らない街だった。

 王都からの道筋でも気になっていたのだが、マハターテから王都までの街道には街灯が立っている。


 街灯といっても、前世日本にあったような煌々と道を照らすほどの明るいものではなく、街道の道筋を示す程度の小さなものだ。

 それでも、その明かりを頼りに道を辿り、夜通し馬車を走らせる者がいるそうだ。


 朝に漁に出て、夕方水揚げされた魚を馬車に載せ、その日の晩にマハターテを出発し、翌日の昼過ぎには王都に届ける特急馬車があるそうだ。

 全ては魚の鮮度のためらしいが、当然輸送コストが掛かるし、魚の値段も高価になるが、それでも食べたいという人が王都にはいるのだ。


「かぁ、人間の欲望ってのは限りがねぇな。前に来た時は、もっと静かな街だったのにな」


 どうやらセルージョやレイラが来た当時は、今のような眠らない街ではなかったらしい。

 野営地で眠っていても、引っ切り無しに馬車が入って来ては、休息を終えて出発する音が一晩中続いていた。

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