第354話 王族の欲望
王城とは、魑魅魍魎が暮らす伏魔殿だ……。
王都に着いたその日のうちに、翌日を指定した招待状がギルド経由で届くなんて、絶対に監視されているし、何をやらされるのか、どんな目に遭わされるのかと戦々恐々だった。
だが、それらは俺の勝手な思い込みだったのかもしれない。
ファビアン殿下とエルメリーヌ姫から求められたのは、俺が王都までの道中で体験してきた事を話して聞かせる事だった。
ラガート子爵領の職業訓練場とは、どんな作りで、何をしている場所なのか。
エスカランテ領とは、どんな土地で、どんな人柄の者達が住んでいるのか。
グロブラス領の荒れ方は酷いのか、反貴族派はどんな不法行為を働いているのか。
王都に拠点を移そうとしていた三人組との出会いや、生糸の献上に向かっていたカペッロを護衛した話などを聞かせると、二人とも目を輝かせて聞き入っていた。
王族ならば、権力や金を使って好き放題出来る……という訳ではない。
実際、護衛を連れた状態でも、二人は第二区画の学院まで行くのが精々だ。
第二区画の外へ出るには護衛を増やす必要があるので、事前の届け出が必要となり、急に行きたいと思っても自由に遊びには行けないのだ。
だから情報に飢えている。
側近の者達や騎士からも話は聞けるそうだが、そこに色々な思惑や脚色が加えられるのが常だそうだ。
例えば騎士団絡みの話では、騎士団の汚点になるような話は隠され、手柄を立てた事ばかりが強調される。
「まぁ、それは仕方の無い事だと分かっているのだが、それほど騎士団が活躍し続けているならば、反貴族派なんてとっくに世の中から一掃されているだろう……なんて口にはしない分別ぐらいは私にもあるのだぞ」
ファビアン殿下の言葉に、護衛騎士のジゼルが渋い表情を浮かべている。
たぶん、殿下からは包み隠さず話せと言われ、騎士団からはオブラートに包んで話せ……みたいな感じで板挟みに遭っているのだろう。
「それにしても、エルメール卿はラガート子爵領から王都までの道中、大活躍の連続だったのですね」
「いいえ、姫様。自分が活躍出来たのは、周囲の人々の支えがあってこそです。一人では反貴族派の連中全員を拘束など出来ませんし、取り調べなども出来ません。人が一人で出来る事には限界がございます」
「そうでございますね。私も学業の傍ら、治癒士としての施術方法を学んでいるのですが、どれほど強い魔力や魔法に恵まれても、世にいる全ての病人、怪我人を癒す事など出来ないと思い知らされるばかりです」
エルメリーヌ姫は、将来光属性の魔法を用いて病気や怪我に苦しむ人を救いたいと思っているそうだが、そこにはまた王族という身分の壁が立ちはだかる。
何年も前にコボルトに潰された俺の左目を復元させてしまうほどの治癒魔法ともなれば、治療を受けたいと申し出る者は後を絶たないだろうし、必然的に身分の高い者、裕福な者が優先されてしまう。
それに、王族である姫様の近くに胡乱な人物を近づける訳には行かないから、それこそ貧困層の人々にとっては全く縁の無いものになってしまうのだ。
ていうか、さっきから姫様に顔を撫でまわされているんだけど、これ治癒魔法流してるよね、また顔だけ毛並みが艶っ艶になっちゃうよね。
昼過ぎから話を始めたのだが、もっと話せと二人から要求され、気が付けば窓の外には夏の夕暮れが迫っていた。
「まだまだ聞き足りないな。エルメール卿、夕食も食べていかれよ」
第六王子とはいえ、王族から誘われてしまったら断る訳にはいかないだろう。
また美味しい料理が堪能出来る……なんて腹積もりではないからにゃ。
あまり深く考えずに夕食を共にする事を了承して、食堂へと移動してから気が付いた。
ファビアン殿下やエルメリーヌ姫にも家族が存在しているのだと……。
前世の小学生の頃に、友達の母親から夕食を食べていきなさいと誘われて気軽にオーケーしたら、他所の家の一家団欒に一人で放り込まれる形になって居心地の悪い思いをした事があったが、そんなものの比ではない。
なにしろ、居並ぶ人々は一部の招待客を除けば全員が王族なのだ。
中央の席に座っているのは、この国の王様、バルナバス・シュレンドル国王陛下だ。
その周囲に座っているのが五人の王妃様、そして、それぞれの子供が思い思いの席に着いている。
その中には、以前俺に眠り薬を盛った第五王子エデュアール殿下と双子の妹セレスティーヌ姫殿下の姿もある。
作法に則って跪いて挨拶を述べると、殆どの者が好意的な視線を向けて来たが、エデュアール達からは意味ありげな視線を投げられた。
幸い、二人とは離れたテーブルに座ったのだが、近くには別の王族の姿があった。
「エルメール卿、我々の姉とは初対面かな?」
「以前、晩餐会にお招きいただいた時にお見かけいたしましたが、こうしてお近くに来るのは初めてです。ニャンゴ・エルメールと申します」
「ブランディーヌ・シュレンドルよ、よろしくね」
ファビアン殿下と同じくフロレンティア第四王妃を母に持つ第二王女ブランディーヌは、スラリとした長身のチーター人だ。
これもファビアン殿下と同様に、俺に対して新しいオモチャを見つけた……みたいな視線を向けて来る。
てか、そのサマードレス、胸元が開きすぎじゃないですか、零れ出そうですよ。
「よ、よろしくお願いいたします」
そして、もう二人、俺をどう料理してやろうかと言わんばかりの視線を向けて来る人物がいる。
第二王子のバルドゥーイン殿下と第四王子のディオニージ殿下だ。
「お久しぶりです、バルドゥーイン殿下、ディオニージ殿下」
「春以来だな。その後の活躍も耳にしているよ」
「ありがとうございます」
「エルメール卿、私の近衛騎士になる気はないか?」
「申し訳ございません。未だ浅学の身ゆえ、世間で見聞を広めたいと思っております」
「ふむ、相変わらず強情だな……」
興味津々という表情を崩さないバルドゥーイン殿下に対して、近衛就任を断られたディオニージ殿下は少々興味を失ったようだったが、ファビアンに求められてダンジョンの話を始めると、また口を挟んで来た。
「なんだと、それではエルメール卿は、ダンジョンは古代の地下都市ではないと言うのか?」
「はい、まだ略図を目にしただけで現地に行ってみないと断定は出来ませんが、旧王都にあるダンジョンは遥か昔に地上に建設されたものだと考えています」
「そんな馬鹿な、ダンジョンの底まで、どれほどの深さがあるのか知っているのか?」
「はい、七十階層を超える回廊となっていると聞いております」
「それが、土に埋まった都市だと言うのか?」
「はい、そうです」
「話にならん……馬鹿げている」
ディオニージ殿下は呆れたような表情を浮かべてみせたが、他の四人は興味深げな視線を向けて来る。
中でもバルドゥーイン殿下は、口を挟まずに続きを促してきた。
ダンジョンの断面と、崩落したイブーロの貧民街の断面を比較して、大規模な地下都市を作ったとするならば、入り口が細い回廊だけというのは考えにくいという持論を話すと、何度も頷いてみせた。
「面白いな、実に面白い。火山帯の位置や季節風の向きを考えると、あながちあり得ない話ではないな。エルメール卿がダンジョンに出向いて、その仮説が証明されれば、これまでのダンジョンに関する常識が引っくり返るぞ」
「まだ、憶測の域を出ていませんが、これだけの建物が建っていたならば、周囲にも別の建物があったはずです。あるいは、都市丸ごとが埋まっているかもしれません」
ダンジョンから繋がっている未知の横穴は、地下鉄のような交通手段だったと俺は考えている。
未踏破の横穴を抜けた先には、別の都市が埋まっているのではなかろうか。
「エルメール卿、ダンジョンについての仮説が確信に変わったら、ファビアン経由でもギルド経由でも構わないから連絡をくれないか?」
「それは構いませんが、王国騎士団を発掘に投入されたりするのですか?」
「いや、そこまでは分からないが、未発見の建物や都市が存在するのなら、これまでに発見されていない魔道具、魔法陣の類が見つかるだろう。それはシュレンドル王国に必ずや大きな利益をもたらすはずだ」
「新しい発見によって、新しい産業が興れば、多くの国民が恩恵を受けられます。国全体を裕福にして、貧困に喘ぐ人達にも広く恩恵を届けるためには、王家のお力添えが不可欠です。その時には、是非お力をお貸しください」
大規模な発掘作業ともなれば、チャリオットだけの手には余る大事業となる。
王家内部に協力者が増えるのは願ったり叶ったりだ。
「勿論だ。ダンジョンか……いっそ私も王都を出て旧王都に居を移して発掘に携わるかな……?」
「兄上、まさか本気でそのような事をお考えではありませんよね。兄上には私を支えていただかねば……」
「はっはっはっ……ディオ、いくら私が好き勝手にしているとは言っても、簡単に居を移せる訳がないだろう」
「そ、そうですよね。失礼しました」
確か、「巣立ちの儀」襲撃で第一王子のアーネストが死亡した後、第三王子のクリスティアン殿下、第四王子ディオニージ殿下が横並びで王位を争い、それをエデュアール殿下が追い掛ける展開だと聞いている。
将来の王位を目指す人間が、兄に支えて貰うのを期待するのはどうなのだろう。
現在残っている五人の王子の中で、一番風格を感じるのはバルドゥーイン殿下だ。
自分は獅子人ではないので、王位を継ぐ権利は無いと考えていて気楽だからか、飄々としていながらも物事を深く考えているようで、この人に王になってもらいたいと思わせるものがある。
そういえば、グロブラス領で捕えた反貴族派のリーダー、ドーレが、首謀者は王族だ……なんて言っていたし、カバジェロ達を扇動したダグトゥーレという男は白虎人だという。
だからといって、白虎人であるバルドゥーイン殿下が反貴族派に関わっている……なんて到底思えない。
反貴族派から感じる陰湿さのようなものからは、バルドゥーイン殿下は一番遠い所にいるように感じる。
反貴族派は、旧王都に潜伏しているなんて話も聞くし、この先また遭遇するのだろうか。
食事の後も、バルドゥーイン殿下やファビアン殿下に引き止められ、宿に戻るのは随分と遅い時間になってしまった。
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