第353話 王都はうみゃい!
お昼ご飯は、学院にあるカフェテラスで御馳走になった。
肉と魚介、それぞれ日替わりで二種類ずつ、合計四つのメニューの中からエビグラタンを選んだのだが、出来立て熱々でフーフーしないと食べられなかった。
でも、さすがに王族や貴族の子息も通う学院のカフェとあって、味は絶品だった。
ソースは滑らかで濃厚だし、エビはプリプリ甘々で……うみゃ!
あまりの美味しさに、思いっ切りうみゃうみゃしていたら、また注目を浴びてしまった。
今日は騎士服を着ているのだから、こうした場面では自重した方がよいのだろうか。
「う、うむ、うみゃいですなぁ……」
「それはそれは、お口に合ったようでなによりです」
うん、学院長に暖かい視線で見守られているのは、ちょっとだけ辛い……。
「と、ところで学院長、この後、お城に招待されているのですが、ファビアン殿下やエルメリーヌ姫殿下は在学中ではないのですか?」
「あぁ、その辺りは王族の方ですので……」
なるほど、王族ともなれば、いくらでも融通は利くというわけだ。
学院長達と食事中も、もっぱら話題は魔法陣についてで、レンボルト先生から教わった気体を発生させる魔法陣について少し話をすると、リンネ先生が凄い勢いで食い付いてきた。
ただし、どの魔法陣がどんな気体を発生させるとか、詳しい内容についてはレンボルト先生がレポートにまとめるからと明かさなかった。
学院長はレポートが提出されるのが楽しみだと言い、リンネ先生はお預けを食らったワンコみたいになっていた。
ダンジョンで活動を始めたら、地下での魔法陣の使い勝手など、気付いた事があれば手紙を出すと約束して、学院を後にして王城へと向かう。
第二区画の内部は再び空を飛んで移動して、貴族の屋敷が建ち並ぶ第一区画へと入る門の所からは高度を下げ、普通の人の目線と同じ高さまでに抑えておく。
まぁ、それでも立ったままで空中をスーっと移動していくのだから、すれ違う人は足を止めて視線を送ってくる。
変な反発とかを食らうと、ラガート子爵にも迷惑が掛かるかもしれないので、視線が合った人にはにこやかに会釈をしておいた。
王城の敷地へ入る門では、受け取った招待状に王家の紋章入りのギルドカードを添えて出したのだが、結果から言うと全く必要無かった。
門を守る衛士は、どちらも確かめる事もせずに道を開けてくれた。
「えっと、確認しなくて大丈夫ですか?」
「はい、騎士服を着て、空中を滑るように移動されて来る猫人の方は、エルメール卿しかいらっしゃいませんし、ファビアン殿下より来訪の予定を知らされておりますから大丈夫です」
「そうですか、では通らせていただきます」
まぁ、言われてみればその通りだ。
空属性魔法自体がレアだし、そこに名誉騎士の猫人なんてレア要素が加われば、偽物である確率なんて殆ど無いもんね。
そういえば、カペッロが遠路はるばる運んで来た生糸は無事に献上されたのだろうか。
随分と手間もお金も掛けて運んでいたけど、問題無く王室御用達と認められていれば良いのだが……。
宙に浮いたまま城の車止めへと近づくと、居並ぶ騎士達に敬礼で出迎えられた。
こちらも敬礼を返しながら、移動する高さを調整する。
見下すような高さだと生意気だと思われそうだし、あんまり低いと見下ろすのが大変そうだから、騎士達の目線よりも少し低い位置を移動する。
ただし、魔法を使用するのは玄関までで、そこから先はちゃんと地に足を着けて歩く。
勿論、騎士服と一緒に下賜された靴を履いている。
普段、靴なんか全く履かないけど、カビたりしたら大変だから手入れは怠っていない。
「ようこそいらっしゃいました、エルメール卿」
「ファビアン殿下、エルメリーヌ姫殿下のお呼びを受けて参上いたしました」
出迎えてくれたファビアン殿下の執事に、念のために招待状を提示し、腰の剣を外して預ける。
案内にしたがって廊下を進んでいくが、期待で口の中に唾液が湧いてきていた。
王城に来るのは色々と不安ではあるけど、絶品ケーキにありつけるかと思うと、昼ご飯を食べたばかりなのにお腹が鳴りそうだ。
うん、異世界でもケーキは別腹なのだよ。
玄関ホールを抜けて、北側の廊下に入った所で少しだけ緊張を緩めた。
前回の王都訪問の時も、ファビアン殿下やエルメリーヌ姫との会談は北側の建物で行われた。
そして、南側の応接室では、第五王子であるエデュアールに眠り薬を盛られたのだ。
俺にとって城の南側の応接室は、鬼門以外のなにものでもない。
案内された豪華な応接室では、メイドさんがお茶とお菓子を用意してくれた。
お茶は馥郁たる香りの素晴らしい物だが、お菓子は小さなクッキーが二枚だけだった。
前回は、チーズケーキにアップルパイ、シフォンケーキまであったのに、あまりの差にパチパチと瞬きを繰り返してみても、ケーキは現れなかった。
良く考えてみれば、前回はラガート子爵の次男カーティスと長女アイーダが一緒だった。
貴族として領地を預かる家の子供と、領地を持たない名誉騎士では扱いが違っていてもしかたない。
お茶をフーフーして香りを楽しんだ後、クッキーを口にする。
サクっとした軽い歯ざわりで、ふわっとバターの香りが口いっぱいに広がる。
極上の味わいだけれど、すぐに口の中で溶けて無くなってしまった。
「うみゃ……」
うみゃいけど、ちょっと寂しいし物足りない。
いやいや、三種類もケーキを食べていたら、また腹がタプタプしそうだから、これで良いのだろう。
応接室は日当たりも良く静かだし、冷却の魔道具を使っているらしく涼しいけれど、昼寝する訳にもいかないし、なんだか帰りたくなってきた。
こんな事なら、レイラと一緒に美味しいケーキ屋さんで、思いっ切りうみゃうみゃしていたかったにゃ……。
ポツーンと放置されて昼下がりの王城で黄昏ていたら、廊下から話し声が聞こえてきて、ファビアン殿下とエルメリーヌ姫の兄妹が姿を見せた。
ソファーを降りて跪こうとすると、すかさずファビアン殿下に止められた。
「あぁ、エルメール卿、そうした堅苦しい挨拶は抜きにしよう。元気そうでなによりだ」
「はい、ご無沙汰しております、ファビアン殿下、エルメリーヌ姫殿下」
「お会いしたかったです、エルメール卿」
ファビアン殿下もエルメリーヌ姫も、お気に入りのゲームを始める小学生みたいな目をしている。
だが、そう簡単にオモチャにされたりはしないからな。
ファビアン殿下とテーブルを挟んで座り、エルメリーヌ姫はなぜか俺の隣に座っている。
「姫様……?」
「そんな他人行儀ではなく、エルメリーヌとお呼び下さい」
「いやいや、そんにゃ恐れ多……」
隣に座ったエルメリーヌ姫は、さっそく俺の頬から顎へと手の平を滑らせて毛並みを堪能し始めた。
にゃにゃ、喉は、喉はらめぇぇぇ……。
というか、ファビアン殿下もニヤニヤ笑っているだけでなくて止めてくれ。
俺が目で合図をすると、ファビアン殿下は心得ているとばかりに頷くと、メイドさんになにやら合図を送った。
すると、メイドさんがファビアン殿下達にもお茶を淹れ、俺を含めた三人に直径十センチほどのケーキにチュロスを添えて持ってきてくれた。
まるで小さなホールケーキのように、色とりどりのフルーツが飾られている。
そして普通のケーキと違って、ひんやりとした冷気をまとっている。
「アイスケーキ……?」
「さぁ、溶ける前に食べよう」
なるほど、いくら冷房の効いた部屋とはいえ、アイスケーキでは溶けて崩れてしまう恐れがあるから直前まで冷やしておいたのか。
銀のスプーンで掬うと、思っていたよりも柔らかい。
「みゃみゃ? シャーベット……?」
フルーツが飾られていると思ったのだが、フルーツは全てシャーベットにされた後に、再びフルーツの形に盛り付けられたものだった。
「うんみゃ! 濃厚なチーズ風味のアイスクリームに、フルーツの甘酸っぱさがアクセントになって、うんみゃぁ!」
土台となっているアイスは、ティラミスのような味わいで、そのままでも十分に美味しいのだが、合わせるフルーツシャーベットを変えると全く違った味わいになる。
ベリー、マスカット、メロン、オレンジ……など、前世日本で食べたものとは微妙に味わいが違っているが、土台と組み合わせる楽しさがある。
「はい、エルメール卿……あ~ん!」
「あ~ん……うみゃ!」
いかんいかん、エルメリーヌ姫の方が年下なのに、俺よりもスラっと背の高い獅子人だから、ついお姉さんに食べさせてもらっている気分になってしまった。
てか、同じ獅子人だからか、エルメリーヌ姫ってどことなくレイラに似てるんだよね。
口が冷えてしまったら、細く焼かれたチュロスとお茶で温め、またアイスケーキを楽しむ……。
うーん……極上のうみゃ!
さっきまでの少し黄昏た気分はどこかに吹き飛んでしまい、心ゆくまでうみゃうみゃした!
やっぱり王都の食べ物は、うみゃい……てか、完全に餌付けされちゃってるよね。
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