第352話 学位

 王都の学院には、魔力回復の魔法陣について発見した当時に手紙を書いて出してある。

 前回王都に来た時に教わって帰った用途不明の魔法陣については、魔力回復の魔法陣を除くと他の魔法陣の用途は分かっていない。


 今回は、他の魔法陣の用途が分からなかったことと、魔力回復の魔法陣について実際に使った感じなどの補足説明をする予定だ。

 宿で王家から下賜された騎士服に着替えて、王都見物に出掛ける兄貴が迷子にならないように、ガドによ~く頼んでから学院を目指す。


 春に貰った騎士服だが、丈が短くなったという感じはしないので、あんまり体は成長していないのかもしれない。

 でも、ウエスト周りは少し余裕がある。


 イブーロに帰って冒険者生活に戻ったおかげで、体が引き締まったのだろう。

 断じて冬毛から夏毛に生え変わっただけで、中身は変わっていない訳ではないはずだ。


 王都の街は、イブーロに比べても人通りが多く、騎士服を身に付けていても普通に歩いていたら蹴とばされそうだ。

 なので、ステップを使って高い位置を歩いているのだが、これが少々目立ってしまっているようだ。


 空中を歩く騎士服を着た猫人……うん、宣伝して歩いているようなもんだな。

 指を差してエルメール卿だ! なんて言う者までいたから注目を集めてしまった。


「にゃっ、か、囲まれた……?」


 前後左右、二メートルほどの距離を保っているけど、グルリと周囲を取り囲まれてしまった。

 仕方ないから、上を通らせてもらおう。


 ステップを使って、二階ぐらいの高さを歩く。

 これなら、注目されても大丈夫だ。


「おい、どうなってるんだ?」

「馬鹿、あれがエルメール卿の空属性魔法だ」

「おぉ、空中を歩いていくぞ」

「どこまで行くんだろう。お城かな?」

「ついていってみようぜ」


 取り囲まれて身動きが取れなくなる心配は要らないけど、なんだか足下をゾロゾロと街の人達がついてくる。

 王都の人達は暇なのか……?


 騒ぎを聞きつけて、通りに面した二階の窓を開けたお婆ちゃんが、俺の姿を見て目を丸くしていた。

 ごめんね、驚かすつもりはないんだけどねぇ……。


 ゾロゾロと俺を追いかけて来た街の人達も、ついて来られるのは第二区画へと入る門まで。

 ここは、ちょっと特権を使わせていただいて、貴族専用の入口へと向かう。


「おはようございます、エルメール卿」

「おはようございます、お騒がせしてすみません」

「いえいえ、不落の魔砲使いと知れば行列が出来るのも当然です」

「えっ、当然なんですか?」

「エルメール卿とエルメリーヌ姫殿下をモデルにした芝居が大評判でして……」

「えぇぇ! お芝居になってるんですか?」

「はい、勿論登場人物の名前は変えてあるみたいですが、黒猫人の騎士とお姫様の物語となれば……」


 芝居の話は「巣立ちの儀」の襲撃ではなく、旅の途中のお姫様を盗賊から救う黒猫人の騎士になっていて、あくまでも本人とは違うという設定になっているらしい。

 ただ、黒猫人の騎士は登場する時は左目に眼帯を付けていたり、助け出したお姫様に治癒魔法で目を治してもらう設定になっているようだ。


「王都の者達は、元々エルメール卿の活躍を聞き知っていましたから、少し設定を変えた程度では気付いてしまいますよね」

「もしかして、第二区画でも行列出来たりしますかね?」

「もしかすると……」

「これから学院に行く予定なんですが、空を飛んで行っても良いですかね?」

「あぁ……もっと高くという事ですね? 第一区画は不味いと思いますが、第二区画ならば大丈夫でしょう。それに、空を飛んではいけないという法律もありませんから」

「そうですね。では、お言葉に甘えて学院までは飛んで行きます」

「はい、お気をつけて……」


 検問所を出たところで、空属性魔法で作ったボードに乗って移動する。

 普段は腹這いで乗っているけど、今日は騎士服姿だから胸を張って立って行こう。


 学院まで放物線を描くつもりで、すいっと高度を上げると、足下からどよめきが起こった。

 ここはミリグレアム大聖堂の裏手にある門だから、礼拝に訪れている多くのファティマ教の信者が俺を指差して驚きの声を上げていた。


 ついでだから、大聖堂を空から見物させてもらおう。


「てか、凄いよねぇ……こんな高さ、どうやって建てたんだろう」


 白い大理石で作られた塔には、よく見ると幾つもの傷が付いていた。

「巣立ちの儀」を襲った砲撃の流れ弾が当たったものなのだろう。


 塔の天辺まで高度を上げると、第一区画の貴族の屋敷や王城も見渡せた。

 あんまり高い所から見下ろしていると、後で怒られそうだから、このくらいにして学院に向かおう。


 学院の門前に降り立つと、空から近づいて来る俺を見上げて驚いていた衛士が敬礼で出迎えてくれた。

 こちらもキッチリと敬礼を返す。


 実は、王都からイブーロに戻った後で敬礼の練習をしたから、春よりは様になっているはずだ。


「いらっしゃいませ、エルメール卿。本日はどのような御用件でしょうか?」

「ゲッフェルト学院長にお会いしたいのですが……」

「かしこまりました、お取り次ぎいたします」


 衛士に受付へ案内されると、受付の中もちょっとした騒ぎになり、すぐに学院長の下へと知らせが走って行った。

 俺は、そのまま係の人によって学院長室へと案内された。


 今日もいかにも魔法使いという感じのローブ姿の学院長は、部屋の外にまで出て両手を広げて出迎えてくれた。


「おぉぉ、ようこそいらっしゃいました、エルメール卿」

「ご無沙汰いたしております。手紙は届いておりますでしょうか?」

「勿論です。ささっ、立ち話もなんですので、どうぞ中へ……」

「失礼いたします」


 応接用のソファーへと場所を移すと、学院長は深々と頭を下げた。


「まずは、大発見をしていただいたお礼を述べさせて下さい。本当にありがとうございます」

「いえ、魔力回復の魔法陣を発見出来たのは本当に偶然ですから」

「例え偶然だとしても、発見の功績が色あせたりはしませんぞ。素晴らしい、本当に素晴らしい発見です」


 学院長の話によれば、これまで魔力を回復させるには魔力ポーションを飲むしか方法が無かったそうだ。

 魔力ポーションとして確かな効果を発揮する物は、大量生産が出来ず高価だ。


 それに魔力ポーションは、凄くにぎゃいのだ。


「既に、王国騎士が装備する鎧に組み込めないか試作が始まっております。実用化されれば、騎士団の戦力は大幅にアップされるはずです」

「そうですね。実は、もう実戦で使っているのですが、魔力切れを心配せずに戦い続けられるので助かっています」

「おぉ、もう活用されているのですね。さすがはエルメール卿」

「ただし、魔力切れは起こさないのですが、魔法を使い続ける事で蓄積する疲労までは軽減出来ないので、限界が無くなる訳ではないようです」

「なるほど……」


 アツーカ村を襲ったハイオークに率いられたオークの群れとの戦闘や、ミリアムの魔法の訓練を支援した感じなどを学院長に伝えた。


「素晴らしい、本当に素晴らしい。エルメール卿、冒険者を引退した後は刻印魔法の研究をなさってはいかがですか? きっと素晴らしい成果を残されますぞ」

「研究者ですか……確かに、それは面白そうですね」


 学院長と話をしていたら、廊下を慌ただしく走ってくる足音が聞こえてきた。

 ノックもせずにドアを開けて飛び込んで来たのは、刻印魔法の研究をしているリンネ先生だった。


「エルメール卿! エルメー……ぶべぇ!」

「この馬鹿たれが! ノックもせずに何をしている!」


 俺に向かって凄い勢いで抱きつこうとしたリンネ先生は、学院長の杖の一撃を鳩尾に食らって床に崩れ落ちた。

 いや、確かに怖かったけど、学院長そこ急所だからね。


 床の上で七転八倒させられた上に、起き上がったところで頭をポカリとやられ、ようやくリンネ先生は大人しくソファーに腰を下ろした。


「すびませんでした……」

「まったく、巣立ち前の子供じゃないんだから、シャンとしろ、シャンと! エルメール卿のおかげで学位を得て、研究室を構えるようになるのだぞ。少しは自覚を持て!」

「はい……」


 リンネ先生を散々怒鳴りつけた後で、学院長はこちらに向き直って頭を下げた。


「申し訳ございません、エルメール卿。私も肝心な話をお伝えするのを忘れておりました」

「肝心な話……ですか?」

「はい、エルメール卿には、魔力回復の魔法陣発見の功績によって学位が与えられます」

「はっ? 学位……?」

「と言っても、エルメール卿は冒険者として活動を続けられるのでしょうから、これまで同様に現場で刻印魔法を使っていただき、時々私共に情報を提供していただくだけで結構です」

「それって、研究報告の義務が生じる……という事ですか?」

「いえいえ、そうではございません。あくまでも協力の要請でございますし、研究資金といたしまして、年に大金貨十枚をエルメール卿の口座に振り込ませていただきます」

「えぇぇ、そんな大金……」

「いやいや、エルメール卿の発見が生み出す恩恵に比べれば、微々たる金額でございますよ」


 なんか、俺が学位を受け取るというのは既に決定事項のようで、また働かなくても貰えるお金が増えたようだ。

 なんだか、このままだと一日中ゴロゴロしているだけの駄目猫人になりそうだ。

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