第340話 拾った三人組

 ガシャン、ガシャン……ガシャン、ガシャン……


 街道を馬車で進んでいると、鉄の輪を鳴らす音が聞こえてきて、やがて遠ざかっていく。

 徒歩で移動している人達が、魔物を除けるために鉄の輪を鳴らしているのだ。


 魔物にとって金属がぶつかり合う音は、剣などの武器を持った人間を想像させるらしく、警戒させ近づかせない効果があるそうだ。

 グロブラス領を抜け、レトバーネス公爵領に入ってから、旅人の数が増えているように感じる。


「おーおー、暑そうだなぁ……」


 馬車の後ろを警戒しているセルージョが、追い越した徒歩での旅人を眺め、少し優越感に浸っているような口調で呟いた。

 チャリオットの馬車の中は、俺が空属性魔法で作った魔道具によって冷房が効いている状態だが、外は夏の日差しが照りつける炎天下だ。


 徒歩で移動をしている旅人の多くは、日差し除けの白い布を被り、鉄の輪を鳴らして歩いているが、その足取りは皆重たそうに見える。


「まったく、ニャンゴ様様だが、いざ外に出て戦うなんてことになったら、あっという間にバテちまいそうだぜ」

「弓を引くだけでバテるようじゃ、セルージョも長くはなさそうね……」

「なに言ってやがる、シューレだって休憩中に用足しに行く以外は、馬車から降りもしねぇじゃねぇか」

「そ、それは、馬車の守りを固めているからよ……」


 シューレは苦しい言い訳を口にするが、馬車から離れたがらないのはセルージョ達も同じだ。

 馬車の外は茹だるような暑さだし、馬車の内部は俺がレイラに抱えられていても暑いと感じない温度にしてあるのだから当然だろう。


 俺の場合は、個人的な冷房装置も作れるから大丈夫といえば大丈夫だが、それでも強すぎる夏の日差しは遠慮したい。


 ガシャン、ガシャン……ガシャン、ガシャン……


 また鉄の輪の音が遠くから近付いて来ている。


 ガシャン、ガシャン……ガシャガシャガシャガシャ……


 鉄の輪の音が近づいて来たかと思ったら、突然けたたましく鳴らされ始め、馬車は速度を落とし始めた。


「ん? 何かあったのか?」


 セルージョが呟き、全員の視線が御者台の方へと向けられる中、チャリオットの馬車は停止した。


「すみません、連れの具合が悪くなってしまって。次の町まで乗せてもらえませんか? それが無理ならば、水を分けていただけませんか?」


 聞こえてきたのは、聞きなれない若い女性の声だった。


「何人だ?」

「私をいれて三人です」

「後ろに回れ……みんな、ちょっと詰めてやってくれ」

「ありがとうございます!」


 ライオスの言葉を聞いて、馬車の荷台で寛いていたみんなが動きだす。

 どうやら徒歩で旅をしていた三人連れの一人が、この暑さで体調を崩してしまったらしい。


「ニャンゴ、後ろを開けてやれ……うわっ、ひでぇ暑さだな……」


 空属性魔法で馬車の後ろ側に作った壁を解除すると、馬車から降りて荷台のゲートを下ろしたセルージョが顔を顰めた。

 馬車の内部にも熱気が流れ込んで来そうなので、前世の知識を活用してエアカーテンを設置し、同時に一時的に冷却の魔道具を増やして冷房能力を上げた。


「すみません、ご迷惑をお掛けしま……えっ、涼しい」

「どうなってんだ?」

「いいから、早く乗れ」

「は、はい! すみません!」


 セルージョに急かされて、馬車に乗り込んで来たのは、十代後半ぐらいに見える男性二人女性一人の三人組だった。

 狼人らしい女性は荷物の他に短弓を、灰色熊人の男性は盾と剣を背負っているから冒険者なのだろう。


 もう一人の犬人の男性は、青い顔をしてグッタリしていて、二人に肩を借りてようやく立っている状態だった。


「ここに寝かせて」

「えっ、これは……?」

「いいから、早く」

「は、はい!」


 荷台の空けたところに空属性魔法で作ったクッションを敷いて、そこに犬人の男性を寝かせた。

 犬人の男性を寝かせると、二人は道端に置いてあった荷物を取りに行った。


「おう、もうちょい詰めてくれ、俺が乗れねぇ」

「あっ……すみません」


 狼人の女性は大きなリュックの上に座り、灰色熊人の男性はドラムバッグを抱えてからだを小さく縮めた。


「セルージョは、老化防止のために走ってついてきたら?」

「あぁん? 座ってるだけで体がなまってるシューレでもいいんじゃねぇのか?」

「わ、私は、ほら、ミリアムを抱えていないといけないから……」

「それなら、俺が代わってやっても大丈夫だろう」

「セルージョじゃ嫌らしく撫でまわされそう……」


 ミリアムのつぶやきに、御者台からも笑いが起こる。


「あのなぁ……まったく、俺を何だと思ってやがんだ。ニャンゴ、閉めてくれ。ガド、出していいぞ」


 セルージョがゲートを上げて乗り込んで声を掛けると、馬車はゆっくりと走り始めた。


「あなた達、カップぐらいは持ってるんでしょ?」


 レイラが冷蔵庫から水差しを出して来て三人に声を掛けた。


「はい……あぁ、冷たい」

「ほら、ディム、水だぞ」


 灰色熊人の男性に抱え起こされながら水を口にすると、ディムと呼ばれた犬人の男性の顔に少し生気が戻ってきた。

 たぶん、脱水症状と熱中症を起こしていたのだろう。


 狼人の女性も灰色熊人の男性も、冷たい水を口にしてほぉっと大きく息を吐いた。

 三人を乗せた辺りは周囲一面が畑で、日差しを遮るような場所も無かった。


「本当にありがとうございました。私はマリス、Dランクの冒険者です」

「俺はムルエッダ、Dランクだ。こいつはディム、同じくDランクだ」


 三人は幼馴染で、冒険者として活動してお金を貯め、王都に活動拠点を移そうとしている最中だそうだ。

 セルージョがBランクの冒険者だと名乗ると、マリスとムルエッダは納得したように頷き、シューレやレイラもBランクの冒険者だと知ると驚いていた。


 俺はあえてAランクだとは言わなかったのだが、名前を聞いてマリスとムルエッダは顔を見合わせた。

 まぁ、ディムを空属性魔法で作ったクッションに寝かせた時点で、情報を知っていれば気付いたのだろう。


「も、もしかして、ニャンゴ・エルメール卿でいらっしゃいますか?」

「そうだけど、そんなに畏まらなくていいからね。普通の冒険者として接して」

「は、はい……」


 普通でいいと言ったのだけど、マリスとムルエッダは背筋を伸ばして姿勢を改めた。

 自己紹介が終わった後で、話を切り出したのはセルージョだった。


「それにしても、王都に活動拠点を移そうなんて考えているにしては、準備がお粗末なんじゃねぇの?」

「すみません……水の魔道具が壊れてしまったみたいで」


 三人の属性は、マリスが風、ムルエッダが土、ディムが火で、水属性の持ち主はいない。

 水は水筒ではなく、魔道具を使って補充していたそうだが、その魔道具が魔力を流しても発動しなくなり、水分を得る手段を失ったらしい。


「魔道具を持っていても、魔力が乏しくなれば上手く使えない場合もあるし、今回のように壊れる場合だってある。最低限、小さな水筒は持っておくべきだし、可能ならば予備の魔道具も持っておくもんだぜ」

「はい、次の街ですぐ装備を見直すつもりです」


 よく考えてみると、俺も普段は水筒を持ち歩いていない。

 空属性魔法で魔道具を作れるようになってからは、水に困ったことが無いからだが、セルージョの言う通り魔力が枯渇した状態では魔道具を作れなくなる可能性もある。


「ニャンゴは、私といれば大丈夫よ」

「にゃ……にゃんで俺の考えてることが分かるの?」

「さぁ、なんでかしらねぇ……」

「にゃっ……の、喉はらめぇ……」


 レイラに喉をこちょこちょされて、思わずゴロゴロ言ってしまいそうになったけど、赤面しながら口許を両手で覆ったマリスに見詰められているのに気付いて思いとどまった。

 てか、シューレに喉を撫でられてミリアムが悶絶してるんだけど……。


 セルージョが水を向けて話を聞くと、ムルエッダが前衛を務めているのは予想通りだったが、マリスが中衛、ディムが後衛を務めているらしい。

 マリスは弓、風属性魔法を使いつつ、小振りの盾と剣を握って近接戦闘までこなすらしい。


「弓馬鹿のセルージョよりも遥かに有能……」

「うるせぇ、俺だって近接戦闘が出来ない訳じゃねぇぞ。ただ出番がねぇだけだ」


 チャリオットにおいて、セルージョのポジションは後衛だ。

 風属性魔法を誘導に使って、超遠距離からの弓での狙撃も出来るし、中距離からの速射での支援もこなす。


 ライオス、ガドと三人で活動していた頃から、前の二人が強力なので近接戦闘での出番は殆ど無かったらしい。

 実際、セルージョが剣を握って戦っている姿を見たことが無いが、身のこなしなどを見ると全く戦えない訳ではなさそうだ。


 ただし、容姿に似合わず、近接戦闘で強さを発揮するシューレやレイラとやり合った場合には分が悪そうだ。

 しばらく話を続けていたら、急に居住まいを正してマリスがセルージョに頭を下げた。


「あ、あの……王都までで結構なので、私達を同行させていただけませんか? 下働きとか全部やりますし、必要な経費もお支払いします。冒険者としての心得を教えて下さい!」

「いや、リーダーはライオスだからな……ライオス、聞いてたか?」

「あぁ、少し考えさせてくれ」


 次の町までの道中で相談を重ね、結局三人を王都まで乗せていくことになった。

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