第341話 術者の戦い
ランクが下の者に頼られたら、必要性を考慮しつつ出来る範囲で面倒をみる。
冒険者としての不文律の一つらしい。
ギルドの訓練場で、基礎的な戦い方や魔法の使い方は教えてくれるそうだが、仕事のやり方を手取り足取り教えてはくれない。
冒険者としての生き方は、先輩冒険者を見て覚えるものなのだ。
ただ、見て覚えろと言われても、分からないものは分からないし、無茶をすればアッサリ死ぬこともあるのが冒険者という稼業だ。
そこで、ランクが下の後輩冒険者から教えを請われた時には、甘やかさない程度に世話を焼いてやるのが先輩冒険者としての務めだそうだ。
王都まで馬車に乗せていってやるのは、少々甘やかしすぎのような気もしないではないが、雑用もこなし、必要な経費も支払うと言っているし、リーダーのライオスが許可したのだから、俺がとやかく言うことではないのだろう。
冷房が効いた涼しい馬車の中で休んだおかげで、しばらくするとディムは起き上がれる程度には回復した。
猫人の俺が言うのはどうかと思うが、ディムは冒険者として活動するには少々線が細い気がする。
ただ、魔力指数はなかなか高いそうで、火属性魔法の使い方にも長けているらしい。
主要な属性魔法の中で火属性魔法は、戦闘力としては一番高い。
風属性や水属性も攻撃が当たった瞬間のダメージとしては劣っていないが、火属性の場合は燃焼が継続することでダメージが大きくなる。
それに、見た目と熱気による威嚇の効果が大きい。
殆どの魔物は野生動物と同様に火を恐れるので、威嚇することで相手の動きを牽制でき、味方を有利な状況に導ける。
駆け出しの冒険者がゴブリンの群れに囲まれた……なんて状況でも、火属性魔法を使える者ならば生存の確率が上がる。
外見からは頼りなさを感じるディムだが、マリス達にとっては欠くことの出来ない仲間なのだろう。
行動を共にしてみると、マリス達は意外にも手際よく動く。
三人の経費を考えて、宿での宿泊ではなく野営を選択したのだが、設営作業もテキパキとこなして迷うことが無い。
良く考えてみれば、Fランクから活動を始めて、E、Dとランクアップしてきたのだし、俺なんかよりも長く冒険者として活動しているのだろうから、手際が良くても当然だろう。
「いやぁ、楽だなぁ……」
「なんだか、セルージョがどんどん駄目なオッサンになっていくようで心配だよ」
「何を言ってやがる。この程度で駄目になるほどヤワじゃねぇぞ」
「はいはい……」
セルージョは楽が出来ると喜んでいるが、竈の設営などの役目を奪われる形になった兄貴などは、少々手持無沙汰な様子だ。
普段はガドがやっている馬の世話も、マリスが指示を受けながらやっているし、料理はディムが担当している。
三人とも兄貴よりも体が大きいし、魔力も強いので手際も良い。
兄貴にしてみれば、自分との差を見せつけられているようで、少々劣等感を感じているようだ。
その点、ミリアムはマイペースで、いつもと変わらぬ様子でシューレに教わりながら魔法の訓練を続けている。
まぁ、ミリアムは普段も、余り設営の役には立っていないんだけどね。
ディムは、スープを作り、ナンのようなパンを手際良く焼いているが、メインディッシュを用意するのは俺の仕事だ。
今夜は、道中で仕留めたヤマドリの丸焼きだ。
馬を休ませている時に、畑の中にいるのを見つけて、空属性魔法で作った雷の魔道具でサクっと仕留めた。
ついでに、道の脇に生えていた香草も摘んでおいた。
肝臓、腎臓、心臓などの内臓も綺麗に洗って、こちらはディムがスープの具として活用している。
内臓を出したヤマドリは、中まで綺麗に洗って香草を詰め、内臓を取り出した部分と切り落とした首は縫っておく。
こうしておくと香草の香りが内部にしっかりと留まるのだと、カリサ婆ちゃんから教えてもらったのだ。
味付けは、勿論カリサ婆ちゃん直伝の香草塩だ。
道中、馬を休ませている時には、今日みたいに食材や薬草、香草を採取している。
食費が節約できるし、なによりも新鮮な食材を使うから美味しいのだ。
香草を詰めたヤマドリは、特製のオーブンでジックリと焼き上げる。
空属性魔法で作った火の魔法陣をヤマドリを囲むように六角形に配置し、更に周囲をケースで覆う。
ケースも透明だから、外から焼け具合を確認しながら火の調節が出来る。
空属性魔法を使った調理の様子を初めてみた三人は、目を丸くして驚いていた。
「おい、ディム。お前もエルメール卿みたいに複数の火で焙るようにすれば良いんじゃないか?」
「ムルエッダ、簡単に言わないでくれよ。一つの火の調節でも大変なのに、一度に六つも調整するなんて無理だよ」
「だけど、二つ同時ならば実戦でも使ってるじゃないか」
「あれは、一定の強さを同時にやってるだけで、あんなに微妙に調整するのは……」
「でも、やらなきゃ上手くならないだろう」
「まぁね……でも、何気ない行動にランクの差を感じちゃうよ」
「だな……」
たぶん、ディムが微妙な火の調整が出来ないのは、俺ほど食に対する拘りが無いからだろう。
仕留めた獲物は、鳥だろうと、魚だろうと、モリネズミだろうと、美味しくいただくのが供養というものだ。
うん、今夜も上手く焼き上がりそうだから、早く供養してあげねば……。
「うみゃ! ヤマドリ、うみゃ! 脂がしつこくなくて、旨味がギュっと詰まってって、うみゃ!」
「んー……美味しい、ニャンゴが焼いてくれたから格別ね。はい、あ~ん……」
「あ~ん……うみゃ!」
ヤマドリを仕留めて調理した特権として、モモ肉の美味しいところをレイラと分け合って食べる。
マリス達が、口を半開きにして見てたけど、うみゃいものはうみゃいのだ。
夕食後の片付けもマリス達が買って出て、その間にミリアムはまた風属性の探知魔法の訓練を始めた。
シューレに教わっているので、かなり上達しているようだが、ダンジョンに到着するまでに更に精度を上げておきたいらしい。
兄貴も、ガドに教わりながら、土属性魔法の練習をしている。
マリス達の存在が刺激になっているのか、いつもよりも熱が入っているようにみえる。
「あの……シューレさん、その風属性魔法の練習方法を私にも教えていただけませんか?」
「いいわよ……」
マリスも風属性の持ち主だが、魔法はもっぱら攻撃に使っているらしい。
シューレから説明を聞きながら、少し離れた場所で魔法の練習を始めたのだが、マリスが魔法を発動させるとミリアムがピクっと反応した。
どうやら、ミリアムが広げている探知の範囲に、マリスの魔法が干渉し始めたのだろう。
それまでの集中が途切れて、ミリアムの尻尾が苛立たしげに左右に揺れる。
一時間ほど練習を続けている間、ミリアムの苛立ちが収まることはなかった。
「じゃあ、次は風の取り合いをしてみて……」
「風の取り合いって……何ですか?」
マリスが首を傾げた一方で、ミリアムは何やら意味ありげな笑みを浮かべる。
「風属性同士で戦う場合、相手の風に干渉しあうことになる……それは、探知でも攻撃でも一緒……」
探知ならば風を乱して感知されないようにしたり、攻撃の場合、狙いを逸らすように風を吹かせたりするそうだ。
「一度やってみせるから、良く見ていて……」
シューレは、ミリアムと十メートルほどの距離を取って向かい合った。
頷き合った直後に、ふわっと風が吹いたが、風属性を持たない俺には何が起こったのか分からないまま勝負は一瞬で決したらしい。
だが風属性の持ち主であるマリスは、息を飲んで言葉を失っていた。
「凄い……他人の風を奪ってしまうなんて……」
どうやらシューレは、ミリアムから風の支配権を奪い取ったらしい。
経験の差を考えれば当然の結果なのだろうが、それでもミリアムは悔しそうな表情を隠さないでいる。
「じゃあ、次はミリアムとマリスでやってみて……」
「は、はい!」
なるほど、ミリアムが笑みを浮かべていたのは、マリスの方が冒険者としてのランクは上だけど、風属性魔法ならば勝てるという自信の現れだったのだろう。
でも、単純に魔力の強さならばマリスが上回っていそうだけど、ミリアムが思うような結果になるのだろうか。
自信ありげなミリアムと、対照的に少々緊張気味のマリスが十メートルほどの距離を取って向かい合う。
「では、始め……」
「あっ……」
先程よりも少し強い風が吹き抜け、マリスが小さく声を洩らした。
今度は、あっさりとミリアムが勝利を手にしたようだ。
シューレが何やら小声でマリスにアドバイスを伝え、直後に二回戦が始まる。
「始め……」
シューレの号令と同時に、さっきよりも更に強い風が吹き抜けた。
そして、さっきは一瞬で終わったが、今度は勝負が決するまで三十秒ほどの時間が掛かった。
三回戦、四回戦と回を重ねるごとに、勝負が決するまでの時間は伸びてゆき、吹き抜ける風も強さを増していった。
どうやら初心者であるマリスは魔力ゴリ押しでの勝負を挑み、対するミリアムはテクニックでの勝負をしているらしい……全然見えないけど。
見物している俺とレイラの周囲には、空属性魔法で風除けの囲いを作っておいた。
でないと、土埃が吹き付けて来るのだ。
六回戦を超えたあたりから、マリスがコツを掴み始めたのか、勝負が決するまでの時間が急に長くなった。
マリスの緊張も解れてきたようだし、ミリアムの表情からは余裕が失われている。
「うにゅぅぅぅ……ふにゃぁぁぁ……」
とうとう、風に押されてミリアムが転がり、マリスが初勝利を収めた。
すると、今度はシューレがミリアムに何やら耳打ちをした。
負けた途端、へにょっと地面に落ちたミリアムの尻尾が、再びピンと上を向く。
「始め……」
ミリアムが起き上がって準備が整ったところでシューレが開始の号令をかけたが、今度はさっきまでのように強い風が吹き荒れなかった。
変化を感じ取ったマリスが表情を鋭くし、対するミリアムも少し前かがみの姿勢で魔法を操る。
「うにゃぁぁぁぁぁ!」
十分を超える戦いの後、歓喜の雄たけびを上げたのはミリアムだった。
どうやら、ミリアムのテクニックがマリスのパワーを上回ったらしい。
この後、ミリアムとマリスがヘトヘトになって座り込むまで対戦が続けられ、見守っていたシューレは満足そうに何度も頷いていた。
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