第339話 雨の道中

 カーヤ村を出たチャリオットの馬車は、ダンジョンのある旧王都を目指して進む。

 俺が騎士団の応援に出ている間、反貴族派によるケラピナル商会への襲撃は行われなかったそうだ。


 たぶんカーヤ村に関する襲撃は、ドーレがトップを務めていたアジトが担当していたのだろう。

 本拠地が俺と騎士団の手で制圧されてしまったので、その後の襲撃も行われなかったという訳だ。


 セルージョなどは、見回りだけの楽な仕事だったと笑っていて、なんだか俺だけバタバタと走り回っていた感じだ。

 本来ならカーヤ村には滞在しても一日程度だったはずだが、反貴族派どものせいで余計な時間を食ってしまった。


 遅れた分ペースを上げて進みたいところだが、朝から降り出した雨が次第に強くなってきていた。

 風も強く吹き始めていて、これでは急いで進むのは無理だろう。


 照りつける日差しが無いので、ここ数日に比べれば気温は低いのだが、湿度が上がった分だけ不快指数も上がっている。

 といっても、それは馬車の外の話で、馬車の内部は俺が空属性魔法で魔道具を作り除湿冷房しているから快適だ。


 反貴族派が出没する地域は通り過ぎたし、この天気では魔物が襲ってくる可能性も低い。

 場所によっては、道に水が浮き始めているので、ガドもゆっくりと馬車を進めているようだ。


 二頭の馬の蹄の音、車輪の転がる音、そして幌を叩く雨の音に包まれて馬車は進む。

 空属性魔法で雨除けと除湿冷房の魔道具を作ってしまえば、後はやる事は無いのでノンビリしていれば良いのだろうが、どうも昨日の話を思い出してしまう。


「難しい顔して、何を考えてるの?」


 レイラに抱えられながら物思いにふけっていたら、鼻先を指で突っつかれた。


「うん、反貴族派の中心人物は、何が目的なのか考えてた」


 昨日、反貴族派のリーダー、ドーレの尋問の後で、エーベントやバハロスと話した内容をザックリと要約して話した。

 するとレイラは一つ頷いてから、あっさりと言い放った。


「そいつらは、気に入らないことを力づくで思い通りにしようとする馬鹿野郎どもね」

「えっ……馬鹿野郎?」


 思わず聞き返した俺に、今度は馬車の後方をボンヤリと見張っていたセルージョが話に加わってきた。


「話の規模の違いはあれど、ギルドの酒場でイキがってる野郎みたいなもんだろう」

「そうそう、セルージョの言う通りよ」


 呆気に取られている俺に、レイラが話を続ける。


「ニャンゴは、世間からの猫人の扱いが良くなるように色々やってきたわよね?」

「えっ? うん、まぁ……」

「ニャンゴ自身が腕を磨いて、実績を残して見せたし、ラガート子爵にも色々お願いしたんでしょ?」

「うん、それぐらいしか俺にはできなかったけどね」

「とんでもない。ニャンゴのおかげで、猫人への風当たりは明らかに変わったし、それって凄いことよ」

「いや、俺だけの手柄じゃないよ」


 俺よりも、大規模な訓練施設を作ったり、手を尽くしてくれたラガート子爵の功績の方が遥かに大きい。

 それでも、俺が役に立ったと言われるのは嬉しいものだ。


「それでね、問題を解決するなら、ニャンゴのようなやり方が正しい方法であって、拳や剣や魔銃を使って物事を解決しようなんて馬鹿のやることでしょ」

「確かに……自分達が気に入らない事があるなら、正当な手続きで解決すれば良いのに、力づくで解決しようとすれば反発を招くだろうし、頭の良いやり方では無いね。というか、奴らの目的は、普通のやり方では解決できないことなのか?」


 魔銃などの武器や食糧、掛かっている費用は相当な額になるはずだが、そうした金や物を使っても正当な方法では変えられない物とは何だろう。

 再び考え込んだ俺に、セルージョが話し掛けてきた。


「意外と、すっげぇ下らない目的かもしれないぞ」

「下らない目的って?」

「王族でもないのに王様になりたいとか」

「いや、さすがにそれは無理だよ」

「たとえばの話だ。大体、反貴族派なんて名乗って貴族を襲撃するとか、まともな奴のやる事じゃねぇだろう。悪徳領主を排除するため……とか、貧しい住民を救うため……とか、そういう高尚な目的じゃなくて、もっと馬鹿馬鹿しい目的をバレずに上手くやってる……ぐらいに思ってんじゃねぇの?」

「なるほど……」


 セルージョの話を聞いて、反貴族派に感じていた違和感が少し薄れた気がする。

 王族や貴族を襲ったり、一見すると世の中を良くするため、貧しい人のためみたいに思えるが、実際にはそうした人を道具のように使っているのは、もっとドロドロした欲望があるからだろう。


 そうした欲望を高尚な目的で包んで、バレないようにやっているだけなのだろう。


「でも、あれだけ資金を使ってるんだから、金儲けが目的じゃないよね?」

「だな……金はあって何か目的を果たしたい。地位とか名声……あるいは恨みだろうな」

「恨みかぁ……」


 ラガート子爵の車列を襲った連中を反貴族派に引き込んだダグトゥーレという男は、貴族が手を付けた使用人の母親から生まれたと言っていたらしい。

 母親は妊娠が発覚した直後に屋敷を追い出され、ダグトゥーレを女手一つで苦労して育てたが、若くして病死したという話だ。


 だとすれば、自分と母親を見捨てた貴族に対して恨みを抱いていてもおかしくはないが、その場合は自分達を捨てた貴族にだけ復讐すれば済む話だろう。

 使用人に手を付けて……なんて話は、なにも貴族に限ったことではなく、金持ちの家ならあり得る話だ。


 貴族と言う制度が悪い訳ではなく、個人の資質の問題だ。

 大金を投じて、貴族制度の崩壊を目指す理由にはならないだろう。


 馬車に乗っているだけで他にやる事もないので、自分の考えを話してみたら、レイラが意外なことを口にした。


「じゃあ、そのダグなんとかを捨てたのが、国王様だったら?」

「えぇぇぇ……」

「もしもの話よ」

「あぁ、そうか……もし国王様だったら、復讐は王制が崩壊すること……」


 手当たり次第に貴族を襲ったり、王族が臨席する王都の『巣立ちの儀』を襲撃したり、次期国王候補筆頭の第一王子を暗殺したり……話の筋は通る気がする。


「さっきは冗談で王様になりたいから……なんて言ったけど、案外本当だったりしてな」


 瓢箪から駒ではないけれど、セルージョの冗談は意外にも的を射ていたりするのだろうか。

 ただ、王家の醜聞だから、どこに確かめれば良いのかも分からない。


 王国騎士団長である、アンブリス・エスカランテならば知っているかもしれないが、聞いても教えてくれるとは思えない。

 それに、そのような人物が実在しているならば、とっくに手配されているだろう。


「その反貴族派とかいう連中、意外に旧王都に潜んでいたりするんじゃねぇのか?」

「えっ……旧王都に?」

「あそこは、元々王都があった場所で、ダンジョン絡みで発展を続けている。そして、ダンジョンの攻略を優先するために、お尋ね者の取り締まりが緩い……反貴族派なんて怪しげな連中が潜むには格好の場所だろう」


 確かにセルージョの言う通り、旧王都には反貴族派が潜伏するための条件が整っている。


「旧王都に反貴族派が……」

「ねぇ、ニャンゴ」

「なぁに、レイラ」

「そいつらを捕まえるのは、ニャンゴの仕事なの?」

「えっ? でも、俺も名誉騎士だから一応貴族と同等の扱いをされるし……」

「でも、ニャンゴは領地も持っていなければ、領民もいないし、そもそも名誉騎士になって一年も経ってないでしょ。反貴族派を捕らえるのは、長い間貴族としての恩恵を受け続けてきた者の仕事じゃないの?」

「そうだぜ、レイラの言う通りだ。反貴族派なんか、これまで貴族として甘い汁を吸ってきた連中に任せておけばいいんだよ。俺らがやるべきことは、ダンジョンの攻略、この一点のみだ。だいたいニャンゴは人が良すぎるんだよ。他人に調子よく使われすぎだ」

「そうかなぁ……じゃあ、そのセルージョの後の壁とか除湿冷房も切っちゃおうか……」

「ば、馬鹿……俺達はパーティーなんだから他人じゃねぇだろうが」

「それもそうか……」


 馬車の後ろを覆った空属性魔法で作った壁には、バラバラと大粒の雨が打ち付けている。

 解除すればセルージョは、濡れ鼠になりながら後を見張らなければならなくなるから必死だ。


「でもそうだよね。王都に行った時も、今回も、成り行きで反貴族派を捕まえたけど、本来は俺の仕事じゃないよね」

「そうよ、せっかく私と一緒にいるのに、そんな難しい顔してないでノンビリしなさい」

「そうだね、そうするよ」


 至高の柔らかさを誇るクッションに頭を預けて、雨の道中を楽しむことにしよう。

 寝ぼけた振りして、ちょっと踏み踏みしちゃっても良いよね……。

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