第335話 制圧

「フベルは東、カークが北、ウルタゴは西の様子を見に行け! 部下に魔銃を持たせて牽制させろ、騎士共の数が多ければ、すぐに部下を知らせによこせ!」


 騎士団に向かって怒鳴り散らしていたクマ人の男の他に、一列下がった場所で部下に指示を出しているトラ人の男がいます。

 こいつが、このアジトをまとめているドーレとかいう男でしょう。


「ロブ、先手を取って足止めしろ!」

「へい、分かりやした! 手前ら、構えろ!」


 ドーレらしき男に指示されて、前線のクマ人の男が命令を下すと、反貴族派の連中が魔銃を構え、弓を引き絞った。

 一方の騎士達は、森の立ち木を遮蔽物としてジリジリとアジトに近付いて来ている。


 では、俺も打ち合わせ通りにやるとしよう。


「放てぇぇぇ!」


 騎士の先頭が、あと三十メートルほどに近付いた所でロブが号令を下し、反貴族派が一斉に攻撃を仕掛けたが……火球も矢も五メートルほど飛んだ所で見えない壁にぶつかって騎士達には全く届かなかった。


 反貴族派の前面に、攻撃を放つ高さに合わせてシールドを展開しておいたのだ。

 物理耐性強化の刻印付きだから、へなちょこな矢が当たった程度ではビクともしない。


「なんだ、どうなってやがる!」

「矢が落ちたぞ」

「うろたえる……ぎひぃ」


 反貴族派の連中が混乱する中で、更なる指示を出そうとしたロブに雷の魔法陣をぶつけて沈黙させる。


「撃てぇ!」


 直後に騎士達から放たれた火球と風の刃が、反貴族派のバリケードを吹き飛ばした。

 既にシールドは解除してあるから、騎士達の攻撃は邪魔されることなく効果を発揮した。


「何が起こっている……ぐぅ」


 ドーレらしきトラ人の男にも雷の魔法陣を食らわせたら、周囲の様子を見にいった連中の対処に移る。

 上空から見ると六人一組になった男達が、アジトの端から三方に目を光らせているが、当然ながら誰もいない。


 騎士団の主力というか戦力は南側にしかおらず、俺が粉砕の魔法陣で脅しただけだ。


「じゃあ、まずは北から始めるか……粉砕!」


 森の木々の上部だけを吹き飛ばすように粉砕の魔法陣を発動させると、ドーンという爆発音と共に、見張っていた連中に粉々になった木々が降り注いだ。


「うぎゃぁぁぁ……」

「痛ぇぇ……」


 オラシオ達を救出した時には、隠れている連中の真上を薙ぎ払うように爆風が通り過ぎたのだが、今回は手前二十メートルほどの所で発動させてしまったので爆風が直撃したみたいだ。


「うわっ……ちょっとやりすぎた? つ、次は西に行こう」


 北側にいた連中は全員ダメージを受けたようなので、リーダーらしき男を雷の魔法陣で沈黙させてから西側に移動した。

 今度は、爆風が直撃しないように、斜め上へ向けて粉砕の魔法陣を発動させた。


 ズドーン……ズーン……


 粉々になった木々が、西側を見張っている六人の頭上へバラバラと降り注ぐ。


「こ、こんなの聞いてねぇ……」

「無理だよ、敵いっこねぇ……」

「馬鹿、戻れ! 逃げる……ぎゃっ」


 引き止めようとするリーダーらしき男を雷の魔法陣で黙らせると、五人の部下は女性や子供がいる建物へと逃げ込んでいった。


「うんうん、今度は上手くいったな。よし、あとは東側……って、いない!」


 最後に残った東側へ向かうと、見張っていた連中の姿が見当たらない。

 移動速度を上げて上空から探すと、森の中を山の奥に向かって進む六人の姿があった。


「まったく、面倒掛けないでくれるかなぁ……シールド!」


 六人の行く手を阻むようにシールドを展開すると、先頭の男が強かに顔をぶつけて転がった。


「がぁ……なんだ!」

「何かある……壁?」

「こっちだ! 痛ぇ!」

「ちくしょう、どうなってんだよ……ぎゃっ!」

「どうした?」

「分からねぇ……知らない痛みが……」


 シールドで行く手を阻み、威力を抑えた雷の魔法陣で脅したのですが、六人はアジトへ戻ろうとしない。

 まぁ、戻れば捕えられると分かってるから、戻りたくないのだろうが、俺としては戻ってもらわないと困るんだよね。


『アジトに戻れ!』


 空属性魔法のスピーカーを使って、六人の前方から警告を発し、同時にアジトの方角以外の三方を囲むように火の魔法陣と風の魔方陣を使って火柱を立てた。


『戻らなければ、焼き殺す!』

「ひぃぃ……」


 六人をバーナーで炙って追い立ててアジトへと戻ると、既に騎士団が制圧を終えていた。

 武器を捨て、抵抗を諦めた連中が、次々に後ろ手に縛り上げられている。


 騎士団の攻撃を食らって、怪我を負ったり死亡した者もいるようだが、全体の数からすれば少数のようだ。

 追い立てた六人が拘束されたのを確認して、俺も地上へと戻った。


「お疲れ様でした、エルメール卿」

「エーベントさんも、お疲れ様です」

「いやいや、我々は疲れたうちに入りませんよ。攻撃は殆ど受けていませんし、御覧の通りアッサリと制圧出来ました」


 どうやら、ドーレとロブの二人が昏倒したせいで、反貴族派の士気がガクンと落ち、ロクに抵抗もせずに降参したらしい。

 徹底抗戦されていれば、双方にもっと多くの死傷者を出す事になっていただろう。


「この後は、どうなるんですか?」

「今、土属性の者が粉砕の魔道具が埋まっている場所を探しています。それが終わったら、馬車を乗り付けて移送の準備を始めます」

「捕えた人たちは、どういった処分になるんでしょう?」

「今回は、我々王国騎士団が主導で作戦を行いましたので、処分に関しても我々が主導するつもりです。主犯格については王都に送って厳しい取り調べを行い、それから処分が決定されますが……その他の者は強制労働などの処分となるでしょう」」

「女性や子供は……?」

「これから検討します。こうした場合には、保護施設など収容するのが良いのですが、そういった施設がグロブラス領に存在しているのか、存在していてもキチンと機能しているのか確かめてからですね」


 ラガート子爵領の職業訓練施設のようなものが、グロブラス領にもあれば良いのだろうが、しみったれの伯爵がそうした施設に金を出すとは思えない。


「エスカランテ領やレトバーネス領に移送するというのは?」

「そうなる可能性もありますが、その場合にはそれぞれの領主様に許可をいただかねばなりません」

「そうですよねぇ……捕まえました、はい終わりとはいかないもんですねぇ」

「えぇ、この問題は、かなり根の深い問題ですので、簡単には解決できませんね」


 エーベントと話をしていたら、何やら言い争うような声が聞こえてきた。


「痛ぇな! 調子に乗るなよ、貴族の手下が!」

「何だと、この犯罪者が!」

「ぐぁ……ぐふぅ……」

「くそガキ、何しやがる!」

「うるさい、大人しくしろ!」


 視線を向けると、拘束された反貴族派の男達と言い争う革鎧の一団の姿があった。

 既に後ろ手に拘束されながらも、体当たりを食らわそうとして投げ倒されているようだ。


「お前ら、何してる!」

「今さらガタガタ言ってるな、大人しくしてろ!」


 さっきまで戦闘が終わって緩んだように感じられた空気が、また張り詰めていく。

 正騎士が慌てて止めに入ったが、双方の興奮が収まらず、火種が燻っている感じだ。


「あたし達が、何したって言うのよ!」

「そうさ、あたしらは何も悪いことなんかやってないわよ!」

「お母さーん……お母さーん……」

「子供に乱暴しないでよ!」


 更に別の方向からは、女性達が抗議する声が聞えてきて、エーベントが頭を抱えた。

 武力的な闘争は殆どせずに済んだのかもしれないけど、拘束はすんなりとは終わりそうにない。


 不穏な空気が漂う中で、一人の王国騎士が声を上げた。


「我々は王国騎士団の者だ。ここが反貴族派のアジトだという情報を得ているし、実際に投降の呼び掛けに応じず、魔銃や弓矢などでの攻撃を試みたのだから今さら見苦しい言い訳をするな! これから、お前ら全員を移送するが、反貴族派に協力した事情は十分に考慮するし、全員を問答無用で処刑するような事はしない。ただし、それはあくまでも大人しく従うならばだ。我々も極力手荒な真似は控えるが、こちらの指示に従わないのであれば、王国に対して反逆の意志があるとみなす! これ以上、無駄な血を流すような事態を避けるためにも、良く考えて行動しろ!」


 鍛え上げた巨躯にフルプレートの鎧をまとった正騎士が、戦場で命令を下すがごとき大音声で告げれば、反貴族派の連中も黙るしかない。

 こうした言葉で黙らせるような真似は、猫人の俺では難しいので羨ましいと思ってしまう。


 革鎧の一団は、オラシオやザカリアスの同期の連中だそうで、仲間がやられて気が立っていたのだろう。

 オラシオ達を思っての行動と思うと嬉しいと感じる反面、やっぱりまだ頼りないとも感じてしまった。


 街道の捜索が終わり、馬車が乗り付けられて移送の準備が再開されたが、この分だとカーヤ村に戻る頃には日が暮れていそうだ。

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