第336話 オラシオの弱点
反貴族派のアジトを制圧した翌日、シューレ、ミリアムの二人と一緒に騎士団の野営地を訪ねた。
目的は、オラシオに風属性の探知魔法の基礎を教えてもらうためだ。
手ほどきはシューレにやってもらうが、ミリアムには訓練はこんな感じでやるのだという見本を務めてもらう予定だ。
基本的な魔力指数はオラシオの方がずっと上だろうし、慣れれば広範囲の探知も出来るようになるはずだ。
索敵能力の向上は、オラシオだけでなく仲間の身を守るのにも役に立つから、切っ掛けだけでも掴んでもらえればと思っている。
騎士団の野営地に行くと、歩哨をしている騎士見習いを始めとして、正騎士の皆さんからも挨拶と昨日の働きに対する労いの言葉を掛けられた。
人員不足が懸念されていたのに、一人の犠牲者どころか怪我人も出さずに反貴族派のアジトを制圧出来たのだから扱いが良くなるのも当然だろう。
滞在している天幕を訪ねると、オラシオは両手を天に掲げ、ザカリアスは両手を地面に付け、二人とも目を閉じたままジッとしていた。
「何してんの?」
「えっ……あっ、ニャンゴ! 昨日も大活躍だったんだってね」
「そうでもないさ、俺は俺の役目を果たしただけだよ」
昨晩は、カーヤ村に帰ってきた後、ケラピナル商会の方に戻ったから、アジトの制圧の後でオラシオ達とは顔を会わせていない。
そのまま騎士団に同行すると、取り調べとかにも参加させられそうだったから、パーティーの様子を見に戻ると言って逃げ出したのだ。
「騎士団の被害がゼロだったのは、ニャンゴの活躍のおかげだって、みんなが噂してたよ」
「まぁ、早めに主犯格を制圧するのには貢献出来たかな……それより、何してたんだ?」
「この前、ニャンゴが探知魔法の話をしてたから、使えるようにならないか試してたんだ」
「おぉ、上手くいきそうか?」
「ううん……全然ダメ。どうすれば良いのか分からなくて……」
「そうか、丁度いい、エキスパートを連れて来たぞ」
「えっ……」
俺が振り返ったところで、ようやくオラシオはシューレ達の存在に気付いたようだった。
「私がニャンゴの嫁のシューレ……こっちがニャンゴの愛人のミリアム……」
「えぇぇぇぇ! ニャンゴ結婚したのぉ?」
「馬鹿、冗談に決まってるだろう。本気にするな。二人ともパーティーの同僚だ」
まったく、素直なのはオラシオの良い所だけど、王国騎士になるにはちょっと頼り無い気がする。
「ニャンゴの幼馴染のオラシオです。初めまして」
「うん、君はとても素直だから、すぐにコツを掴めるわ」
「本当ですか!」
「私はニャンゴの何かしら?」
「えっ? パーティーの同僚……?」
「やっぱり、あんまり筋が良くないみたい……」
「えぇぇぇ……」
「はぁ……シューレ、オラシオで遊ばないでよ」
「ふふっ、挨拶代わりよ……」
オラシオとザカリアスは呆気に取られて、ミリアムはやれやれといった表情を浮かべている。
「とりあえず、探知魔法の基礎から教えてあげてよ」
「夫の頼みとあらば仕方ないわね……」
「あんまりふざけてると、今夜から冷房無しにするからね」
「むぅ……それじゃあ、真面目にやる……」
「ほら、オラシオ、始めるぞ!」
「えっ……あぁ、うん!」
ポカーンと呆気に取られていたオラシオを現実に引き戻して、シューレの講義を受けさせた。
シューレの指導を受けて探知魔法の基本的な練習を始めたのだが、オラシオには弱点があった。
「魔力の量は素晴らしい……でも、操作が雑すぎる……」
「すみません……」
オラシオ達は騎士訓練所に入って以来、とにかく強くなる事を求められ続けてきたそうだ。
基礎となる体を鍛え、筋力、持久力、そして魔力を増やすために、がむしゃらな訓練を受けてきたらしい。
そのため魔法を放つ時は全力という癖がついてしまっていて、探知魔法を使うはずが強風が吹き荒れて俺やミリアムは危うく飛ばされそうになったほどだ。
「魔力の操作は攻撃魔法の威力を上げるのにも大切な技術……同じ魔力でも鋭く、速く放てるようになれば、もっと攻撃力が上がる……」
「でも、どうやれば……」
「まずは風の強弱を思い通りに出来るようになる事……次に風の吹く方向を自由に操れるようになる事……風はあなたの属性なんだから、もっと深く感じとって……」
「はい、分かりました!」
「本当に……?」
「た、たぶん……」
この後、ミリアムが探知魔法の練習の手本を見せた。
風属性ではない俺には分からないけど、オラシオには微細な風のコントロールの違いが分かるらしい。
「すごい……こんなに緩やかな風が、あんなに遠くまで……すごい!」
オラシオに絶賛されて、ミリアムはドヤ顔で胸を張ってみせた。
シューレにしごかれて、猫背でしょんぼりしている時とは大違いだ。
オラシオがシューレやミリアムから指導を受けている間、ザカリアスは聞き耳を立てつつも地面に両手を付けて首を捻っていた。
「ザカリアスは土属性なの?」
「そうです。俺も土属性を使って探知が出来ないかと思って」
「なるほど……土属性だったら敵の位置だけでなく、建物の構造とか、洞窟や地下の様子とかも分かりそうだよね」
「あぁ、そうか……そんな使い方も出来るのか。俺は武術バカだから、腕っぷしが強ければ何とかなると思い込んでたんですけど……ちょっと考えを改めようと思ってます」
ザカリアスの武術の腕前が、どの程度なのかは知らないけど、先日の襲撃を教訓にして戦いに対する姿勢を改めようとしているらしい。
どれだけ腕の立つ人であっても、敵が待ち伏せしている所に突っ込んでいけば窮地に陥るし、騎士団のような組織の場合には、一人の窮地が全体の危機に繋がりかねない。
失敗を経て、やり方を改め、更に上を目指そうとする姿勢は好感が持てる。
オラシオは、良い仲間に恵まれているようだ。
「そういえば、ルベーロとトーレは?」
「二人は、俺達を罠に嵌めたガキが、昨日連れて来られた奴らの中にいないか確かめに行ってます」
「見つけたら、どうするつもり?」
「さぁ……処分を決めるのは俺達じゃないので……」
「ザカリアスは、どうしたい?」
「俺は……」
ザカリアスは地面から手を離し、右手の拳を額に当てて考え込んだ。
「オラシオが殺され掛けたのは許せない。だけど、あのガキが自分から、俺達を罠に嵌めて殺そうなんて考えたはずがない。騎士を悪者にして、自分たちの欲を満たそうとした奴こそ処罰しなければ駄目だ」
「じゃあ、子供は許してあげるの?」
「いいえ、ただ許すだけじゃ駄目です。きっと騎士団の処罰もそうなると思うけど、教育が必要です。この遠征に来る前に、反貴族派に参加する者の多くが貧しい村の出身だと聞かされました。俺の家は、そんなに裕福じゃなかったけど、それでも俺を学校に通わせてくれた。まぁ、俺はサボってばかりでしたけど……」
ザカリアスは、苦笑いを浮かべた後で続きを話した。
「それでも、少しは世の中の仕組みみたいなものを教わってきました。貴族が悪い、騎士が悪い、誰かが悪い……なんて言って暴力を振るうだけじゃ世の中は良くならないと、頭の悪い俺でも分かる。でも、反貴族派に加わる奴らや、その子供達には分からない。だから……教えてやらなきゃ駄目だと思うんです。何て言うか……飢えずに済むように飯を食わせて、ちゃんと教えてやれば、あのガキにだって分かるはずです。だから……だから、飯が食える環境と最低限の知識が得られる環境が必要なんだと俺は思うんです」
時々つかえたり、頭をガリガリ搔きながら熱っぽく語るザカリアスからは、自分達を騙した子供への怒りよりも、子供がそう思い込まされた環境への憤りが伝わってきた。
同時に、そんな状況を打開できない自分へのもどかしさも感じる。
本当に、オラシオは良い仲間に恵まれている。
「それは、僕らだけでは解決出来ない問題だよね」
「ですが、エルメール卿……」
「勿論、だからと言って何もしない訳じゃない。僕らは僕らに出来る事をやるだけだよ。王家や王国騎士団が、世の中を良い方向へ導けるように、僕らの出来る事をやろう」
「はいっ!」
この後、昼食を御馳走になっている時に、ルベーロとトーレが戻ってきた。
やはりオラシオ達を騙した子供は、昨日制圧したアジトに居た子供だった。
ザカリアスが予想した通り、子供は親と一緒に厳重な注意を受けた上で教育が施されるらしい。
それとグロブラス領には、あのアジト以外にもう一ヶ所大きなアジトがあるらしい。
女性や子供などはおらず、少々素性の怪しい者を含めた男ばかりが四十人ほどが滞在しているらしい。
そちらは、騎士団のみで急襲し、殲滅してしまうようだ。
カーヤ村近くのアジトが制圧されたので、チャリオットもケラピナル商会との護衛契約を打ち切って、ダンジョンへと向かう予定でいる。
オラシオ達と顔を会わせるのも今日までだ。
「じゃあな、オラシオ。次に会う時には、格好良いところを見せてくれよ」
「うん、必ず探知魔法をマスターして、自分も仲間も守れるようになるよ」
「おぅ、オラシオならば大丈夫だ」
「それで、ニャンゴ……シューレさんとは付き合ってるの?」
「馬鹿、本気にするな、オモチャにされてるだけだ」
「オ、オモチャ……って」
「馬鹿、考えすぎだ!」
「痛っ、痛いよ、ニャンゴ……」
身長差がありすぎるので、空属性魔法で作った棒でオラシオの頭を小突いた。
「そう、オラシオは考え過ぎ……ニャンゴとは一緒にお風呂に入って、洗ったり、洗われたりするだけよ……」
「えぇぇぇ……ニャンゴ、大人だ……痛っ」
「馬鹿な事を言ってないで、ちゃんと探知魔法の練習しろよ」
「分かってるよ……ニャンゴも元気でね」
「おぅ、またな!」
「うん、またね!」
今度はいつ会えるか分からないけど、あえてあっさりと別れを告げた。
じゃないと、涙が零れてしまいそうだから。
それに、オラシオとは、きっとまた会える。
俺達は、爺さんになってから自慢話をしあうんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます